銀次の恋の物語

タカナシ トーヤ

銀次と緑

「♪こっこぉ〜ろのぉ〜、そっこ〜まで〜、しぃびれ〜るよ〜なぁ〜、あらよっと。」


銀次ぎんじはお気に入りの歌を口ずさみながら、ずれてきた草履を宙に舞い上げて履き直す。


家と家が隙間なく隣接し、くねくねと曲がりくねったその裏道を、いつものように空缶を蹴りながら歩く。茜色の夕日が眩しすぎて、銀次は目を細めた。


「あとでここらの空き缶でも集めにくるとすっか。」

銀次は顔見知りの家の塀の脇に、空き缶を軽く蹴飛ばしながら集める。


カラコロ‥カラン


ふと振り返ると、道の奥に見慣れない女がだらしなくしゃがみこんでいる。


黒く長いストレートな髪に、赤紫の色っぽいパーティドレスをきている。肩紐が腕までずり落ちて、はだけたドレスから柔らかそうな胸の谷間が見える。

こんな田舎道に似つかわしくない、まるで落ちぶれた歌手のようなオーラを放つその女の佇まいに、銀次はごくりと唾を飲んだ。


「ねーちゃん、大丈夫かぁ?」

思わず声をかける。


「あぁ??」

うつろな白い目で女は顔を上げた。

髪を掻き上げたその女の手足は血色が悪く、顔には茶色いしみが目立ち、目つきも鋭い。綺麗‥とは言えないが、不思議と色気がある。若い頃はさぞ美人だったであろう。

銀次の胸の鼓動が高鳴った。


「二日酔いか。飲みたきゃまだやるぞ」

銀次は手に持っていたワンカップを女に差し出した。

「今日は酒はいいんだよ、もう。色々と酷い目にあってさ。」

酔いが覚めないのか、薄紅色にそまったその頬が女の魅力を増していた。

「一緒に飯でも食いにいくか?」

「あんさん、いい男だな。あたしは、みどり。あんたは?」

「俺ぁ、銀次ってんだ。よろしくな。」

緑は、コクリと頷いた。




空が深い青に染まった。

さっきは勢いで緑を誘ったが、銀次はまるで女に縁がない人生を送ってきた。

男4人兄弟、学校も男子校。社会に出てからはずっと工事現場で働いてきた。

おピンクな経験の少ない銀次は、オシャレなバーなんて知らない。

いきつけの居酒屋村さ来むらさき へと向かった。


看板を見るなり緑は難色を示した。

「もう少し、ムードとか作れないもんかね!」

緑の瞳が、少し灰色に翳った気がした。


「すまねぇすまねぇ、洒落た店とかわからんもんでよ。」

「いいんだよ、別に。」

そう言って髪をかきあげる緑の耳元で、青緑の綺麗なピアスが揺れた。

胸元には銀のネックレス、手には大きな金色のリングがいくつも、緑の指先をいろどっている。

—あぁ、コイツは若い頃、色々といい思いをしてきたんだろうな。—

銀次は、緑のあられもない姿を勝手に妄想した。


店を探して町中に来た。電柱の向こうに「‥BAR」という文字が見えた。



「バーがあったぞ。あそこに行こう。」

銀次は緑の手を取り、バーに向かった。






「BARBAR」




赤と白と青の回転する光の横で、

角刈りのおっさんが鏡に向かっている。





銀次はチッと舌打ちした。




「ふざけないでよ。あたしが決める。」

緑は少し苛立ちながら銀次の手を引き、スナックへ向かった。



カランコロン。



「おー!緑ちゃん、久々だねぇ」

えいちゃん、久々。今日は歌わせてもらうわよ。」

「なんだぁ、緑ちゃんくるんなら、もっと観客呼んどけばよかったよ。」

永ちゃんは少しがっかりしながら笑った。



「なんだぃ、おめぇさん、歌手なんかい。」

銀次は驚いて緑に尋ねた。

「まぁ、プロではないけど、アマチュアでね。細々とスナックに営業回らせてもらってるんよ。」



成る程。緑の身に纏っていた只者ならぬ雰囲気はそこから来ていたのか。銀次は妙に納得した。


「ねぇちゃんよ、俺も昔は演歌の銀ちゃんって言われててよ。歌は得意なんだ。」

「あらそう。じゃあ何か歌ってみせて。」

「おぅよ。永ちゃん、『初恋』のレコードかけてくれ。」

永ちゃんは棚から丸い大きなレコードを取り出し、機器にセットした。


「さ〜み〜だ〜れはぁ、"緑"いろ〜。か〜なしくぅ〜させ〜たよ〜、ひとりの午後はぁ〜」

銀次はこぶしを握りながら熱唱する。

拳を握る歌でも、熱唱する歌でもないが、緑への想いを込めてつい銀次は熱くなる。


「あんさん、うまいじゃない。じゃあ私も恋愛ソングを。フフッ。」


可愛く笑った緑の入れたレコードは『桃色吐息』だ。


ハスキーボイスな緑の歌声に、銀次はうっとりした。

「こんな俺だが、バラードも得意なんだぞ」

銀次の入れたレコードは『ワインレッドの心』


ガラにもなく、バラードを切なく歌い上げる銀次を見て、緑の顔は赤く染まっていった。

調子に乗った銀次の勢いは止まらない。次は『色つきの女でいてくれよ』だ。


連続で曲を入れる銀次に、他の客も迷惑そうにしている。



「なぁ緑ちゃん、いつものいこう、いつもの」

永ちゃんが言った。


「そうね。」



緑は迷うことなく棚から1枚のレコードを取り出してきて機器にセットした。

十八番おはこなのだろう。



切なげなピアノのメロディが聞こえてくる。

目をつぶって美しい音に聴き入る銀次。




緑は大きく息を吸った。





くれないだぁー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



激しいドラムのビートとともに、緑はその長い髪を振り乱してヘッドバンキングを始めた。




—そう、緑はロックシンガーだったのだ—



銀次は驚きのあまり、目を白黒させてしばし呆然とした。









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銀次の恋の物語 タカナシ トーヤ @takanashi108

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