第25話 悪意


 玲奈たち一行は、アロンソを先頭に貨物室に向かっていた。カルディナンの兵士たちは、船体の大きさに対して、通路が狭すぎることや、全ての扉が水密ドアになっていることには、特に気に留めなかった。


 この船の通路の外側には、大砲が格納されており、それに気付かれれば『対応D』――皆殺しとなる。


「ここです。どうぞ」


 アロンソは貨物室への扉を開くと、カルディナン兵士を中に招いた。


 貨物室は広く、軽い荷物であればかなりの量を積載できる。しかし、積荷は重い鉄と銅なので、それらの容積は、貨物室の広さに対して少ないようにも見えた。


「なんだ、たったこれだけだと? 貴様、何か他に隠している積荷があるのではないか?」

「無茶言わないで下さいよ。これ以上鉄だの銅だの積んだら船が沈んじまいますよ」


 ちなみに鉄は500キロ、銅は300キロである。


 カルディナン兵士は、鉄と銅を睨み、数秒黙った後、何か閃いた様子で口を開いた。


「でゅふふ、おい! お前ら! この積荷を運び出せ!」


 アロンソは思いもよらない物言いに、さすがに焦ってカルディナン兵士をぶっ飛ばしそうになった。


「ちょ! 何言ってんだアンタ! なんで運び出すんだよ!」

「この鉄は金を含んでいる。銅も同じだ。貴様らはこそこそと金を運び出し、関税を免れる気だろう」


 とんだ言いがかりだ。玲奈は、この時点でコイツらが初めから積荷を狙っていたのだと察した。


「ねーねー、なんで金が含まれてるってわかったの? アンタの体からはX線でも出てんの?」


 玲奈の問いかけに、思わず日阪がクスクスと笑う。


 しかし、カルディナン兵士の言いがかりスキルは玲奈の想像の斜め上を行く、呆れたものだった。


「ふん。見ればわかる。これは金を含んだ鉄と銅だ。間違いなどない」

「ぐっ! ムッカッツック! ぶっ飛ばすぞデブ!」

「おーっと、恫喝だ。時々いるのだよ。そうやって自分の罪がバレて――」

「兵士殿」


 顔を真っ赤にして足をダンダン床に踏みつける玲奈を庇うように、西明寺が間に割って入った。


「我々には見ただけで金が含まれているとわかる原理が理解できんのじゃ。もっとわかりやすく説明してくれんか? どうやって見分けたのじゃ?」

「サイメイジ殿、これは私の20年の経験から導き出された確かな目による――」

「答えになっとらん。原理を説明せえと言うとるんじゃ」

「うぐっ、それは……」


 西明寺は明らかに怒りの表情をあらわにし、鋭い目つきで兵士を睨んだ。そして、たじたじになった兵士の様子を見て、西明寺がトドメの一撃を繰り出す。


「これはデルマイラ海将に報告が必要かのう」


 デルマイラはカルディナン帝国、海軍海将である。西明寺は彼と仲が良く、剣の腕は互角で、よく立ち会いをする仲だった。


 彼の名前を出したことで、貨物室の兵士たちは一気に弱腰になった。


「サ、サイメイジ殿! どうやら私の見間違いだったようだ! これは鉄と銅で間違いない! お前ら、船に戻るぞ!」


 慌てて撤収を始めるカルディナン兵士たちを見て、玲奈とピノ、日阪がケラケラと笑う。


「やーいやーい、ばーかばーか」

「くっ! この小娘が! 覚えておけっ!」


 カルディナン兵士たちは光の速さで自分たちの船に戻ると、船はコトコトと外輪を回しながら去っていった。


「総員通達。対応C終わり。お疲れ様でした」


 玲奈は、甲板で背伸びをすると、気持ちのいい風に当たって涼んだ。同じく風に当たる西明寺に問いかける。


「デルマイラ? 仲良しなの?」

「ああ、幼少期からの付き合いでな。話のわかる男じゃ。ワシには彼がさっきのような横暴を指示するとは思えなんだよ」

「どこにでもいるだろ。上司の目を盗んで汚職に走るバカなんて」


 そう言いながら、日阪はさっきのバカの情報を調べている。名前を名乗らなかったので、顔写真だけで探すのは骨が折れそうだった。




***




 船は順調にカルディナン領海を通過して、セントウルグ聖王国の領海に入ろうとしていた。


 セントウルグ聖王国は、聖母エネーリアを崇拝する宗教国家だ。国民は、生後間も無く洗礼を受け、エネーリア教の信者となる。


 エネーリア教はカルディナン帝国、リンデロン海王国、サビワナ連邦共和国にも広く布教しており、グロノア=フィル大陸で最も影響力がある宗教だ。



 日坂は知っている。



 このエネーリア教が勇者を召喚していることを。それは表向きは聖母エネーリアの加護により成しているとされているが、実際は邪神『ネルギス』に祈りを捧げているのだということを。



「ありゃま。じゃあ国民は皆んな騙されてるの?」

「そうなるな。カルディナン国民にとっちゃ、勇者は悪い魔族をやっつける正義の味方だからな。その勇者を生み出す聖母様は偉大ってわけだ」

「ワシもそういう風に教育されてきたのう」


 談話室で玲奈と日阪と西明寺がしみじみと水を飲む。ピノは新しい彫刻を作り始めた。玲奈の彫像を作るのだと意気込んでいる。

 レヴィンは魔銃の整備を始めた。セントウルグ領海を過ぎると、また海獣の生息地だ。彼は戦闘に備えて準備を怠らない。



 船は穏やかに帆を張り、向かい風にも関わらず南へ進んで行く。セントウルグ聖王国の南側には、大陸西海岸に縦長の国土を有するゲイブリック王国がある。


 そこはのどかな人間と獣人の国。争いを好まず、カルディナン帝国による勇者派遣の要請も断固として断った強い王が治めている。


 国王『ガリアナ・ゲイブリック』


 彼女は『古代人族』の獣人。


 その運動神経は3000キロという縦長の国土を全力で走り切り、あらゆる道具を使いこなし、縄張りを守るために極めて理性的な群れを作る。手先が器用で、工芸品を特産品として、他国と貿易している。


 また、海の漁も盛んであり、領海には数多くの漁船が行き交っている。



 玲奈達は、今まさにゲイブリック王国の領海に突入しようとしていた。


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魔王女転生〜魔族領開拓史〜 あんぽんタソ @anpontaso

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