第24話 航海



――魔族領領海。南西部。



 船は猛烈なスピードで南へ向かっていた。しかし、その船に迫る勢いで何かが追いかけてくる。


 マダラはモニターから目を逸らしていたことを悔いながら、スタスタと部屋の出口へ向かった。


「俺がやる。速度を落とすな」

「了解! 総員に通達。各自持ち場を守れ。『接客』は組長が対応する。以上」


 玲奈達はこんなオモシロイベント見逃すわけにはいかないので、素早く船尾に向かうマダラの後を追った。


 船尾へ続く廊下で、1人の隊員とすれ違う。彼は弓を持っていて、熱意溢れる眼差しで声を張った。


「組長! 俺にやらせて下さい! 1発で仕留めて見せます!」


 マダラは数秒立ち止まり、黙って彼の目を見つめると、「ついて来い」と一言。

 彼の名はエバンス。隊員随一の弓の名手で、その矢は1キロ離れた小さな的も中心を外さない。明るく元気な体育会系で、ツカツカと早足で進むマダラを追いながら、玲奈達に自己紹介を始める。


「自分、エバンスと申します! 必ず姫様をお守りしますので、安心して見ていて下さい!」


 玲奈達も自己紹介しながらマダラの後を追うと、階段を抜けて船尾甲板に出た。甲板は広く、船のスピードにより下り坂のように傾斜している。


 マダラは集中して船の後方を広範囲に索敵した。すると、200メートル後方の辺りに巨大な影を見つけた。

 それとほぼ同時に、西明寺とエバンスが海面の影に気付く。


「デカいな。まるでクジラかそれ以上じゃ。それにあの動き……まるでゴキ〇リじゃぞ」


 西明寺の衝撃的な発言に、玲奈達は巨大なゴ〇ブリを想像してしまった。



 瞬間!



ザバーーーーーーン!



 それはゴキブ〇ではなかったが、玲奈の目には確かにおぞましい光景が映った。


 それはまるでイルカのように美しい弧を描いて体を湾曲させ、海面から飛ぶように船に向かってくる巨体であり、長い触覚と沢山の足が、海水を撒き散らしてキラキラと輝いていた。


「ぎゃーーー! でっけーフナムシだーーー!」


「キシャーーーーー!」


 黒く艶のある甲殻を備える巨大な『チャーキーテーラー』は、海面から勢いよく船に飛び掛かり、これを沈没させるべく空中から体当たりを敢行する。


 玲奈達は巨大なそれの影に覆われ、マダラとエバンスと西明寺以外は、恐れおののいた。


「うぎゃーーー! クロノス! 出番! アレ何とかしてーーー!」


 しかし、クロノスは出てこなかった。なぜなら、マダラは既に迎撃の構えを取っており、西明寺はいつでも剣撃を飛ばす準備が整っている。


 そして何より、エバンスの殺気が周囲に撒き散らされていた。

 エバンスがぎりぎりと音を立てて弓を引くと、矢の先端に炎が渦を巻いて集まってくる。その炎はやがて矢全体を包み込み、エバンスの集中力を極限まで高めた。


 エバンスには、まるで時が止まったかのように見えている。その中で、自分はゆっくりと矢の向きをコントロールしているのだ。それは自由自在であり、矢がどのように放物線を描くのか、それがどこに当たるのか手に取るように見えていた。



 エバンスの瞳がギラリと光る。



 遂に矢は放たれ、轟音と共に目にも止まらぬスピードでチャーキーテーラーの頭部に命中した。

 矢の勢いは渦巻き止まらず、奴の胴体を内側から破壊しながら、背中へ突き抜けて行く。


ドパーーーーーン!!!


 チャーキーテーラーはトンネルのような大穴を開けられ、飛んできた方向とは逆向きに吹き飛び、紫色の体液を撒き散らしながら、船後方の海面へと消えて行った。


「っふぅ。よっし! 任務完了!」

「いい集中力だった。よくやったな」


 西明寺は妖刀を異空間へと収納し、ホッと一息ついた。


「何じゃい今の攻撃は。あんなもん食らったらカケラも残らず消し飛ぶぞい」

「この船の乗員は精鋭だ。あの程度のこと、誰でもできる」




***




 その後の航海は順調に進み、一晩明けた頃にはカルディナン帝国領海に入っていた。


 船は沖を進み、なるべくカルディナン国籍の船と出会わないよう、且つ遠回りし過ぎないように絶妙な距離で大陸沿いを移動していた。


 カルディナン帝国とセントウルグ聖王国の領海を通り過ぎるまでは、船のスピードは目立たないよう30ノット程度(時速55キロ程度)とし、帆も展開して帆船を装う。


「あー、蒸しイモと塩の組み合わせは最高なんじゃー」


 玲奈はデンプンのほのかな甘味と塩のコンビネーションに、確かな懐かしさと感動を味わっていた。

 朝食に野菜が食べたいという玲奈の要望により、その日のメニューは蒸しイモとウインナーと目玉焼きになったのだ。


 コッタナを蒸すという調理法がなかった異世界の住人達は、ホクホクの食感に舌鼓を打った。


「マルダ、俺は2時間ほど寝る。何かあったら起こせ」

「組長、最低でも5時間は寝てください。組長が寝てくれないと俺らも寝られませんよ?」


 マダラは、マルダの忠告には耳を貸さず、現在ブリッジで船を操縦している隊員2人分の食事を持って食堂を出て行った。


「マルダの言うとおりだねー。上がちゃんと休まないと、下は申し訳なくて休めないよねー」


 玲奈の言う通り、体育会系のエバンスは目の下にクマを作り、気合いと勢いで朝食をむさぼっている。


ベシッ


 それを横で見ていた先輩隊員のカルラは、エバンスの頭を叩いて「メシ食ったらクソして寝ろ」と、女性にして乱雑な態度で彼を労った。


 日坂は、そんな仲良しな隊員たちを見て、3人ほど庶民風の漁師のような服装で朝食を食べていることに気付いた。


「あれ? なんであんな格好してんの?」

「ああ、あれは万が一、警備やら他の漁船やらに接触された時のためのフロントだ。アイツらが表に出て対応する」


 マルダは蒸しイモをモリモリ食べながら説明した。


「なるほどのう。準備は万端というわけじゃな」


 その時、チャーキーテーラーに襲われた時とは、また違った警報が鳴り響く。今度は警報というよりは船内アナウンスのお知らせ音のような響きだった。



ファン、ファン、ファン



『コンタクト。ターゲットは中級巡洋艦。カルディナン海洋警備と思われる。対応C。フロントは至急――』


 放送を聞き終える前に、漁師の服装をした3人組が急いで部屋を出て行く。


「あたしらも行っていい!?」

「あー……迷いますね……服装的には問題ないか。んー、相乗りの冒険者を装ってください。行き先はゲイブリック王国。故郷に帰るでも何でもいいんで、適当に言い訳を考えてください」


 玲奈はワクワクしながら尻尾などを隠して人型に擬態した。レヴィンはお気に入りのコートを脱いで角を隠した。


「行こ行こ! ピノ! カルディナンの兵士ってどんな感じ!?」

「うーん、堅い感じ。大丈夫かな、姫様、バレないようにね?」


 玲奈達が甲板に出ると、漁師に扮した3人の隊員たちが、カルディナン兵士に対応していた。

 カルディナン海洋警備の巡洋艦は大きく、玲奈達が乗っている貨物船と同程度の大きさだった。


「だーかーらー! 俺たちゃゲイブリックに向かってる最中なんですよー!」


 3人組の中でも年長のアロンソが声を張り上げる。すると、カルディナン側の甲板には6人ほどの兵士がこちらを見ていて、その中でも1番偉そうな奴がこう切り返した。


「そんなド田舎に何の用だ!? だいたい何でこんな沖を進んでいる!?」

「何の用があったってアンタには関係ないっしょ!? ここを進んでんのは風向きと風力の都合だよ!」


 玲奈はこっそりとアロンソに伝えた。


「ゲイブリックはあたしの故郷ってことで。名前はレレーナ・フユーツ」

「了解」


「怪しい船め! 出国証明書と航行許可証を見せろ!」


 その頃、ブリッジではマダラと操縦担当の2名が、いつでも船体側面の大砲を撃てるように準備していた。


「いつでも行けます」

「まだだ。今沈めると生き残りが出るかもしれん」


 カルディナン巡洋艦は、マダラ達の船に側面を突き合わせ、タラップを掛けて6名ほど乗り込んできた。


『総員通達。扉の鍵を閉めろ。許可なく殺すな。以上』


 アロンソはカルディナン兵士6名を甲板で待たせ、船長室から偽造した出国証明書と航行許可証を取り出した。それと同時に魔道具で音声が繋がっているブリッジに報告する。


「組長、かなり横暴です。力技も視野に入れていいでしょうか」

「なるべく穏便に済ませろ」

「了解」


 甲板ではカルディナン兵士が西明寺に気付いて驚きのリアクションを取っていた。

 西明寺はカルディナンでは有名人で、知らないのは田舎の村人ぐらいである。


「え!? サイメイジさん!? 何でこんな所に!?」

「ああ、この子の故郷まで旅をしとるんじゃよ。たしかゲイブリックは工芸の里よな? ワシも彫刻の腕を磨こうと思ってな」


 西明寺の彫刻が、皇帝に献上される程の腕前であることを知っていた兵士は、たじたじになって他の面子にケチをつける隙がないか探る。


「うぐぐ、お前は何だ! 職業は!?」

「あー、俺も勇者だよ。一応ね」


 日坂はカルディナン兵士が「積荷を見せろ」と言い出さない限り、こちら側に付け入る隙はないと確信していた。見せかけの偽装は完璧である。


 そこへアロンソが出国証明書と航行許可証を持ってきて兵士に見せる。


 兵士は目を皿のようにして書類を確認した。書類の偽造は完璧で、カルディナン帝国の証明印や、航行ルート、予定時刻まで、現在の状況と齟齬そごがない。


「ぐぐぐ…………この積荷、鉄と銅を見せてもらおうか」


 玲奈達は積荷まで偽装しているかどうか知らなかった。日坂は気付かれない程度に神妙な顔付きとなる。


 しかし、アロンソは動じない。それどころか極めて面倒そうな振りをする余裕もあった。


「あー、ったく。こっちですよ」


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