第12話 救いと依存の狭間

 穏やかな朝、僅かに開かれた窓の隙間から柔らかい陽光が差し込んで来る。

 じんわりと汗ばむ身体。

 微睡と戦い続ける意識。

 彼女は、じっと動かずに粛々と周囲と自身の変容を感じ取りながら、両膝を付いて吊り下げられたボロボロのタペストリーに祈りを捧げている。

 その姿は、普段の粗暴で露悪的な振る舞いとは似ても似つかないものであり、一種の神秘性を感じさせるものだ。

 祈祷とはかくも、表面に現れない人間の奥底を映し出すらしい。


「……」


 そのような様子を一眼見た少女は、思わず開いた扉を閉じそうになった。

 時計を見る。

 短針は、10を指していた。

 約束の時間である。

 彼女は、ただ軽い気持ちで迎えに来ただけだった。


「……ん?」


 首の付け根に大きな傷跡を持つ女は、右眼を開いて扉の方に視線をやる。

 そして一言、時間か、と小声で呟いた。


「すみません、配慮が足りませんでした」

「あ?いや、時間になってもこうやってたのは私の方だろ?お前が謝ってどうする」

「前に一度、怒られたことがあって……」

「祈ってる途中に水を差すな、ってか?」

「そんなところです」

「ふぅん。……ちょっと待ってな。すぐ用意する」


 ぽんぽん、とサリナの頭を数回叩くとヴィオラは、インナー姿では出かけられないとばかりに、衣服とベルトが並ぶハンガーラックへと手を伸ばした。


「まぁ、確かに。祈ってるヤツってのは、大抵の場合、自分の内面と向き合ってるもんだろ。それを邪魔されたら、不快に思うヤツも多いのかもしれねぇな」

「内面、ですか?」

「そう、内面。お前、祈れって言われたら、何を考える?」


 背中ばかりこちらに向けて一方的に喋っていたヴィオラは、突然振り向いてサリナと視線を交差させる。

 祈り、内面。

 心の中の柔らかい部分に触れられたような気がして、彼女は思わず眼を逸らした。

 ただ、それからハッと気付いたように前を向き、そして俯く。


「思ったより、デリケートな話題だったみてぇだな?悪いな、もう分かってると思うが、そういうのを気遣うのは苦手なんだ。無理して答えなくてもいい」

「……」

「要は、そういうことを考えるだろ?って話だ。小さいことだろうと、大きいことだろうと、人には言いずらいことをな」

「いつものヴィオラさんからは想像もつかないような言葉です……」

「ウッセーな。色々な側面を持ってるからこそ人間なんだろーが」

「でも、分かる気がします。身共がお世話になった人も、そういうことを祈りの中で吐露してたんだと思います。だから、邪魔されるのを嫌ったのかも」


 一瞬、ヴィオラは、コートに袖を通す手を止めて、まじまじとサリナを眺めた。


「なんですか?」

「いんや?なんでも」

「手、止まってますよ。早く準備してください」

「悪い悪い」


 せかせかと彼女はベッドの上に散らばった部品を纏めてポーチに詰め込む。

 何がしかの動物の皮だろうか、シーツを汚さないように敷かれたそれの上に乗せられた金属パーツからは微かに油の香りがしていた。

 あぁ成る程、今日の“調査”の為に銃とナイフのメンテナンスをしていたのだろう。

 サリナは、その瞳で辺りを見渡しながら納得する。

 そして、健気にもロビーで二人を待ち続けているであろうマーキュリーのことを思いながら、あくびを噛み殺すのだった。



 階段を下り切って、一階のロビーに出ると、明らかに不機嫌そうな様子で腕を組んでいる男が隅に立っているのが見える。

 思わずヴィオラは、げっ、と声を漏らしたが、そのような不快音をマーキュリーが聞き逃すわけもなく。笑った顔にも怒った顔にも見える表情で彼は、彼女を遠くから威圧した。


「ほら、行きますよ。どうして立ち止まるんですか?」

「どうして、ってアレが見えねぇのか?」

「見えますけど。怒られるのは当然じゃないですか。祈祷は免罪符になりませんよ」

「それは、この世界とお別れする準備ができた、ということですか?」


 アウローラ山脈に広がる氷河のように冷たい空気が、背筋を駆け上る。

 思わず額に手を当てるヴィオラを傍に、サリナは背後を振り返って頭を下げた。


「すみません。時間が掛かってしまって」

「良いんです良いんです、あなたに罪がないことくらい、僕は分かってますから」

「んだよ、私に罪なんて……」

「あるでしょう?」

「あるな。すまん」

「すまん、じゃないですよ。前の会議でも遅刻してませんでしたか?」

「アレは、旦那が無罪放免にしてくれたじゃねぇか!」


 見事な逆ギレである。

 彼女の剥製を美術品、或いは愚か者の見本として博物館に寄贈すれば、大層喜ばれるに違いない。


「太々しい人ですね……。その言葉は、放免にしてもらった側が言う言葉じゃありませんよ?」

「悪かったって。次は気をつけるさ」

「そういう人は大抵、次も遅刻するんです」

「でも、それ以外言いようがねぇだろ」

「はぁ……」

 

 マーキュリーは呆れる余り、思わず嘆息した。

 仲間でなければ、腰に刺した拳銃を抜いていてもおかしくない。


「……まぁ、良いでしょう。このまま引き摺って時間を無駄にしてもしようがありませんからね。ささっと情報共有だけして、解散と致しましょう」

「ん?今日も、別行動なのか?」

「はい。具体的な目標が定まるまでは、できるだけ手分けして広範囲を調査した方が効率的ですからね」

「まぁ、納得できる理由ではあるな。ただ、私たちの情報を聞いたら、お前もこっちに来たくなるかもしれねぇぞ?」

「ほう?そこまで仰るのであれば、自信があるんですね?」

「まぁ、ある程度はな」


 お手並み拝見、とばかりに彼は軽く鼻を鳴らすと、ゆっくり歩き出す。

 そのままロビーを抜けて外へ出ていく勢いの彼の後を、二人はついて行った。


「そういえば、トランシーバーは使わないんですか?」

「あぁいうのは、すぐにでも伝えるべき情報がある時だけ使うもんだろ?常態化すると扱いが適当になるしな」

「つまり、トランシーバーから音が出た時は、展開が大きく動く何かが起こった、という合図でもあるわけですね。出る時は、心してくださいよ?」

「……分かりました」

「ハハ、そこまで固くならなくて良いんですよ、サリナさん。……それで、お二人が得た情報というのは?」

「オーラムに会った」


 彼の足が止まる。

 それでも眉ひとつ動かさないのは流石の一言だが、今回ばかりは、彼の感情が手に取るように分かるヴィオラであった。


「どこで?」

「カフェで。ただ、どうやらあっちが私たちを狙って接触して来たみてぇだ」

「これはまた、中々なビッグネームですね。しかも、悪い意味で」

「あぁ。昨日もよく分からんやつに絡まれてたな。あんなのがどこにでも居る都市で、よく穏便に追放できたもんだ」

「国土が一定以上あり、政治に無関心な民の多い大半の国ならば寧ろ、追放に漕ぎ着けていたかすら怪しいでしょう?」

「ま、大抵はバレずに勝ち組入りしてるんだろうな」

「……それ以外の場合は?」


 サリナがこともなげに問いかける。

 暫し、マーキュリーが答え方に窮するのを見計らって、代わりにヴィオラが口を開いた。


「殺されるだろうな」

「はぁ……」

「理由?もしかしたら、恨みを買っちまったのかもしれねぇ。もしくは、より大きな存在の利益の邪魔になった可能性もある。まぁ、そういうことに手ェ染めたヤツの末路は大抵、頂点かどん底か、そのどちらかさ」

「……オーラムさんは、どん底、なのでしょうか」

「いんや?」


 彼女は、後頭部を掻いて欠伸をした。


「命あるだけ儲けもん、だろ」

「死んでしまえば、償うことも、這い上がることも、できませんからね。話はしたんですか?」

「勿論。まぁ、アイツのペースに巻き込まれる形ではあったがな。中々愉快なヤツなんだが、独特のオーラがある女だった」

「どんなことを?」

「どうやら、ナラゴニア教会がモンテドーロで布教活動を始めようとしてるらしい。アイツは、それを止めたいんだと」

「ナラゴニア教会……」


 彼は足を動かしながら、顎に手を当てる。

 よく考えようとする時、いつもマーキュリーはこうするのだ。

 顎に手を当て、少し視線を落として黙りこくる。

 そして、一度こうなると長い。


「……おい」

「あ、はい」

「今は会議中だろうが。突然、自分の世界に入んじゃねぇよ」

「すみません。少し考え事を。にしても、ナラゴニア教会が布教、ですか。仮に成功したならば、この都市は混沌の渦に叩き落とされてしまいますね」

「だろ?だから、今日の午後は、私とサリナにオーラムを交えて、アイツが突き止めたとかいう、教会のモンテドーロ支部に近づいてみるつもりだ」

「……」


 再び、彼は長考に突入した。

 またか。ヴィオラは思わず、銃かナイフで目を覚まさせてやろうか、と考慮し始める。

 ただ、彼女がその手を振り下ろすよりも前に、マーキュリーは再び喋り始めた。


「サリナさんも、行くんですね?」

「だから、そう言ったろ」

「いや、これはヴィオラさんではなくサリナさんに答えて貰いたいんです」

「……身共、ですか」

「もしくは、このように問いかけを言い換えても問題ありません。そのような、罠の可能性すらある任務に同行することを決めたのは、サリナさんですか?」

「……」


 サリナは、バツが悪そうに視線を逸らす。

 ただ、その行動で以て、マーキュリーは回答と理解した。

 もしかしたら、問いかけるよりも先に、彼の中で答えは出ていたのかもしれない。

 その眼は、何かを憂いているようであり、また何かを案じているかのようだ。


「ヴィオラさん。彼女から、自らの過去について聞いたことは?」

「あ?んなこと、あるわけねぇだろ。あぁ、さっき、お世話になったヤツの祈祷の邪魔して怒られた、って話は聞いたけどな」

「成る程。サリナさん」

「……はい」

「僕が思うに。事情を話さず、同僚を危険な場所へと招き入れるのは、不義理と受け取られても仕方がないことですよ」

「不義、理」


 回らない呂律を思い切りぶん回して、かろうじてサリナの言葉は紡がれる。

 幸運なことに、二人は彼女の声を咀嚼できていた。

 立ち止まって、周囲の木陰から座れる場所を見つけ出す。

 サリナが、どうにかして思考の渦から抜け出そうとしている中、出口へと導くようにヴィオラは手を引いて、柔風の吹く日陰のベンチへと腰を下ろした。


「……どうだ?」

「……」

「そのモゴモゴしたままの口から、しっかり私に分かる言葉で説明できる気分にはなったか?」

「身共、は、不義理になりたくはありません」

「誰だってそうだ」

「すみません、軽率な行動でした」

「謝るな。同行を決めたのは私の意思だろうが。お前の欠点は、すぐに謝るところだぞ」

「あなた程図太くなってしまったサリナさんは見たくありませんね」

「生きる為に必要だから図太くなったんだよ」

「全く、太々しい……」


 彼が言葉を失っている間に。

 ヴィオラは身体を背もたれに預け、葉と葉の間から降り注ぐ優しい光に耳を傾けた。

 彼女は確かに、せっかちな人間だ。

 自分は遅れるクセに、マーキュリーの長考を待つ気なんてさらさら無い。

 それに、喫茶店でコーヒーを待つだけでも多少気が急いてしまう。


「……」


 ただ、こういう場面に限るならば。

 まぁ、待つのもそこまで嫌いではなかった。


「ヴィオラさん」

「なんだ?」

「少し、話を聞いて貰えますか?」

「好きなだけ話せ。ここは人気も少ねぇからな、誰も聞いちゃいねぇよ」

「分かりました。……身共の、出身のことです」

「ガルカか?」

「はい。その民族は、一夜にして姿を消しました。私を除いて、誰一人残らず」


 もう、十何年も前のことだ。

 ヴィオラも当時は、ゴミを漁って食い繋ぎ、そこら辺のごろつきと殴り合って物を奪い取るような存在でしかなかった。


「あぁ、知ってるよ」

「当時の身共は、生まれたばかりの赤子に過ぎません。ですから、ここまで辿り着くには、物心が付くまでお世話をしてくれる存在が不可欠でした」

「それがその、祈りの邪魔をするなってキレた奴か?」

「ふふ。そう聞くと、なんだか酷い人みたいですね。でも、身共の記憶に残っている彼女の姿はどれも、優しいものばかりです。激しい感情からは程遠い……掴もうと手を伸ばせば、握り潰してしまいそうな程か細い光、そんな人でした」

「恩人、か」


 ヴィオラは、何かを思い出すように天を仰いだ。


「はい、まさしく。ただ、その人は今生きていません」

「円満な別れに恵まれねぇな、お前ってヤツは」

「ガルカ族の里がどこにあるか、ヴィオラさんはご存知ですか?」

「いや?全く」

「アトラス山脈の西の麓です」

「……アトラスの西?」

「はい。そこは、汚染された土地と隣接する、“健常者たちの最前線”が目と鼻の先にある場所だったんです。そして、私が匿われたのはその近隣でした」


 ヴィオラは、声を出して相槌を打つのをやめた。


「彼女は、徴兵されたんです。ナラゴニア教会と戦う征伐軍の一人として。そして、二度と帰ってきませんでした」

「……」

「もう、いちいち言語化しなくても良いですよね。身共の仇は、3つあります。1つ目は、ガルカ族を滅ぼした何か。2つ目は、ナラゴニア教会。そして、3つ目は」

「拝樹教、か」

「まさか。そこまで身共は盲目じゃありません。病床に伏せる人間まで、特攻兵器として駆り出すことを決定した異端審問軍の上層部に、ですよ」

「……」

「拝樹教は基本的に善良なものだと身共も考えてます。何しろ、恩人である彼女は、拝樹教の信奉者でしたから。そして、だからこそ、彼女は病がちな身体を投げ捨ててでもナラゴニア教会と戦う覚悟を持ててしまったんだと思います」


 ただ。

 サリナは、拝樹教の教会で、拝樹教の司祭に育てられながら、今はそれを信仰していない。

 その事実が、ヴィオラの何かを揺さぶっていた。


「ナラゴニア教会の悪名、悪行を、身共はよく知っています。そして育ての母は、それを止める為に散っていった。身共が彼らを恨むのが正当かはまだ、よく分かっていません。ただ、身共もまた、彼女の意思を継いで、教会の悪意には全力で抗いたいと思うんです」

「だから、あんなに乗り気だったんだな?」

「……はい。でも、少し考えれば分かることです」

「何がだ」

「オーラムさんは、話してみた感触では信頼の置けそうな人でした。しかし、実際の所あの人は、不祥事を起こして表舞台から追放された悪党です。そんな人の提案に対して、盲目に乗っかった上に、ヴィオラさんまで巻き込もうなんて……身共は……」

「おい!」


 彼女は思わず、声を荒げて立ち上がった。

 顎に手を当てていたマーキュリーの肩が跳ねる。

 一方、サリナはそこまで感情を乱していない様子で、ヴィオラを見上げた。


「言っただろ?私がアイツに同行することを、最終的に決めたのはこのヴィオラ=プロフリゴだ。私は、私の意思で決定した、それだけだ。サリナ、お前が責任を負うべきなのは、自分自身に対する決定だけだ。他人の責任まで背追い込もうなんて、思い上がりも大概にしろ」

「……」

「ただ、事情は分かった」


 そして、サリナの頭に優しく手を乗せ。

 彼女の表情を覗き込んだ。


「罠だぁ?知るか、気になるっつってんだろ?行くぞ、ナラゴニア教会の支部とやらに」

「……はい」

「良いな?マーキュリー?」

「事情を知らずに向かうのは不健全と感じただけのこと。元より同意するつもりですよ。今日はそちらを優先してください」


 マーキュリーはそう言ってからメモ帳を取り出すと、さささと何か書き出して切り取った。


「それならば、こちらからは1つだけ」

「ん?何かあんのか?」

「旦那様から、任務用の資金が振り込まれています。折を見て、必要な分だけ引き出しておいてください。こちらは、窓口の番号とパスワードです」

「なんだ、意外とホワイトだな」

「資金面は潤沢な職場だと思いますよ。その分、任務がハードになることも往々にしてあるのですが。改めて、気を引き締めていきましょう」

「おう」


 無造作にメモを折り畳んで胸ポケットにしまうヴィオラ。

 どことなく適当そうに見えてしまうが、これこそ彼女の通常運転である。


「その口座は3人で共用のものなので。使い過ぎに注意してくださいね」

「心配すんなって。ギャンブルに使って良い金とそうじゃねぇ金の区別くらいできるさ」

「一応、釘を刺しているだけですよ。それでは、この辺で解散にしましょうか」

「マーキュリーさんは単独行動するんですね。身共とヴィオラさんが教会の支部に向かっている間、どうされるんですか?」

「ノープランというわけではありませんが、これから考えるつもりです。……この都市は地上と地下の二層構造になっている、という認識で問題ありませんね?」

「他のどんな場所にスラムがあるのかは知らねぇが。ま、そういうことなんだろ」


 少なくとも、オーラムが二人を連れて歩いたあの地下空間は、モンテドーロ全体の需要を賄える程広いものではなかった。

 同じ地区のどこか、はたまた別の地区に、同じようなスラムが形成されている可能性は高いと考えるべきだろう。

 そして、それらはモンテドーロ公式の地図には一切載っていない。


「ならば、僕はそちらを調査しようと思います」

「じゃ、これで決まりだな。問題が発生したら連絡する」

「了解です。トランシーバーが鳴らないことを祈っていますよ」

「マーキュリーさん、今日も一人にしてすみません」

「良いんですよ。あなたがこれから向かう場所だって、調査に値するものなんですから。それでは、幸運を」


 冷たい表情、冷たい語調、冷たい視線。

 マーキュリー=ヴァレンティヌスという男はいつもそうだ。

 言葉の字面は兎も角、その態度は感情を失ったかのように一貫している。

 ただ、今ばかりは、本気でこちらの安全を願っていることがよく分かった。

 不思議な人である。


「……行ったか」

「身共達も出発しますか?」

「そうだな、ここに座っていても仕方ねぇ」


 そう言うと、彼女は両腕を天に向かってぐっと伸ばし、声に鳴らない呻き声をあげた。


「んんんんん……っと、良し!じゃ、美味いもんでも食って元気づけるか!」

「ステーキが食べたいです」

「おっ、乗り気だな。肉好きか?」

「はい」

「じゃ、そうするか。確か、この辺にモンテドーロのブランド牛を使った店があったような……」


 ヴィオラの脳裏に浮かぶのは、アルカヘストから託された潤沢な資金。

 資金というものは、必要に応じて使うもの。

 それなら、モチベーションの維持に使うのだって、問題ないだろ?

 マーキュリーには悪いが。

 彼女は、口角を吊り上げて笑う。

 その表情はお世辞にも褒められたものではなかったが、最早注意する人間を失った二人を止められる者は何処にも居なかった。

 尤も、資金提供者がここに居たとして、それを咎めることは無かっただろう……。

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