第11話 オーラム探偵事務所

 薄汚くも血の通った建物、出店、人々のやり取りを流し見しつつ、てくてく、と数分歩き続けて。

 辿り着いたのは、やはりお世辞にも誉められたものではない見た目の掘立小屋であった。

 一応二階建てになっており、一階には営業時間外らしいスナックが入っている。


「……オーラム探偵事務所ォ?」


 彼女は怪訝そうな表情を浮かべながら、でかでかと掲げられた看板に書かれた文字を読み上げた。


「ふふん。かっこいい看板っすよね!この集落で一番の職人にお願いしたんすよ!お気に入りっす!」

「お前がそう言うなら、私からは何も言わねぇでおくか……」


 どこか自慢げなオーラムを一瞥した後、再び建物の上方へと視線を戻すヴィオラ。

 看板の素材となっている木は、明らかに腐っているのだが。

 わざわざ指摘するのも野暮な話である。


「素材の木。アレ、腐ってませんか?」

「おい!私よりお前の方が空気読めねぇでどうするんだ馬鹿野郎!」

「アッハハ!味ってヤツっすよ。あ、じ。ね?」


 人差し指をフリフリと揺らして、彼女は自慢げな様子を崩そうとしない。

 どうやら本当に、あの看板を気に入っているようである。

 ヴィオラは、オーラムのペースに飲まれじ、とばかりに話を切り出した。


「それで?あの中に入ったら色々説明してくれるんだろうな?」

「勿論っすよ。わざわざここまでついてきて貰って申し訳ないっすけど」

「いや、まぁ同行に同意したのは私の方だ。別に文句垂れるつもりはねぇよ」


 それに今は、どんな些細なものであろうと、この都市の情報が喉から手が出る程欲しい。

 そこら辺を歩いている平民が語ることは兎も角、かつてモンテドーロの頂に立っていた女の口から語られる言葉ならば、得られるものもあるに違いない。


「じゃ、入って良いっすよ!階段には気をつけてくださいっす」

「おう……」


 今にも足場が抜けそうで怖い。

 慎重に、体重の掛け方を加減しながら3人は登ることにした。


「ここは元々、下水道のバルブを管理する人たちの仮眠場所だったんす。だから、比較的綺麗なんすよ」

「これで、ですか?」

「ま、スラムの一角ってこと考えれば綺麗な方だろ」

「そんなものですか」

「そんなものだ」


 軽口を叩きながら、玄関周りに置かれている廃材をかき分けて中へと入る。

 果たして広がっていたのは、思っていたよりも小綺麗な空間であった。

 掃除の行き届いた部屋には、幾何学模様のカーペットが敷かれており、その上に一対のソファとテーブル、小さな花瓶が置かれている。

 そして。


「お姉さま、お帰りなさい。遅かったね?」


 むくりと少女が起き上がる。

 丹念に磨き上げられたガーネットのように美しい瞳を持った、ちょうどヴィオラの腰くらいの身長の子供だ。


「……ハッハッハ。良い子にしてたっすか?来客は?」

「無かったよ。ずっと寝てたから、気づかなかっただけかもしれないけど」

「そうっすか。それなら、まだまだ寝てても良いっすよ?ただ、アタシはこの人たちとおしゃべりしなきゃいけないんで、外に遊びに行くことをお勧めするっすけど」

「うん!じゃあ、お隣の部屋行ってるね!」

「静かにしてっるすよ?」


 風のように彼女は、その場を去っていく。

 丁寧に引き戸を閉じると、一転してその場は静けさを帯びた。


「……」

「あの子は?」

「どう説明したら良いっすかね?居候みたいなものっすよ。スラムには親のいない子供なんて溢れてるっすから」

「そりゃそうだろうが……」


 にしては、中々小綺麗な少女であった。

 漆黒のドレスに、鉄製であろう鈍色の髪飾り。

 髪飾りこそ、びっしりと錆びていて拾い物であろうと想像できるが、あのように幾重にも層のあるドレスをこのような場所で維持するのは至難の技に違いない。

 汚れるだけなら、まだ幸運な方だろう。


「ま、彼女のことは良いっす。きっと邪魔にはならないっすから。好きな場所に座って良いっすよ!」

「おう。サリナ、先に座っていいぞ」

「……分かりました」


 使い古されていないのか、中々高反発で座り心地の良いソファ。

 歩き疲れた彼女らの身体にとっては極楽である。


「気の利くサービスは何も無いっすけど。まぁ、話だけでも聞いていって欲しいっす」

「元よりそのつもりだ。ただ、何が目的で私たちを招いたんだ?」

「助けて貰ったお礼……ってのはどうっすか?」

「どう、って聞いてる時点でカムフラージュなことはバレバレだろうが。さっさと吐け」

「フフ。ま、至極簡単なことっす。あなた方にお願いがあるからっすね」

「はぁ」

「つれない返事っすね」


 明らかに訝しんだ様子でヴィオラは、オーラムを見つめる。

 オーラムという称号の意義を知っているヴィオラにとって、オーラムとは警戒すべき対象に他ならないのだ。


「あぁ、そうっす、先に確認するっすけど」

「あぁ?」

「皆さんは、月牙泉からモンテドーロの危機を救いにきた助っ人っすよね?」

「……」


 なんで知ってる、という言葉が喉から出かけた所で、彼女は唇を噛み締めた。

 いちいち疑問を尋ねていたら、話が進まない。

 それに、どうしてか、この女がヴィオラ達のプロフィールを知っていても、然程不思議ではないのであった。


「沈黙はイエス、ということで進めるっすよ。そこで、協力して欲しいことがあるっす」

「まぁ、言ってみろ」

「……ナラゴニア教会、というのはご存知っすか?」

「!」


 バン!と机を両手が打ち鳴らす。

 思わず立ち上がっていたのは、サリナであった。

 そして数秒、焦点が合わずにフルフルと瞳孔を震わせたかと思うと、力感なく崩れ落ちるように座り込む。


「大丈夫っすか?」

「……大丈夫です。続けてください」

「ヴィオラさんの方は?」

「まぁ、拝樹教の怨敵だしな。ある程度は知ってるさ。今も聖地の異端審問軍が現地で戦ってるって噂だろ」


 アトラス山脈の更に向こう側、汚染された土地と俗に言われる、大陸西側の沿海部にて。

 彼らは「黄昏の代行者」を名乗る何者かを頂点に置き、「黄昏の女神」なる存在を崇拝する。

 既存概念の冒涜と侵蝕とは、至上の喜びにして、「黄昏の女神」による抱擁。

 全てを飲み込む大海嘯とは、この上ない恵み。

 ある世界連合の元帥はこう彼らを表現したという。

 ナラゴニア教会とは、私たち人類の中から生まれた癌細胞である、と。


「なんだ、皆さん意外と知ってるっすね」

「まぁ、常識の内だろ」

「……先程は、教会の排斥が目的だと聞こえました。まさか、ここまで奴らの手が?」

「いや、それはまだっすね」

「まだ、ですか」


 サリナは、ほっと一息吐いた。


「何があった?教会と確執でも?」

「確執という程のことじゃありません。……続けてください」

「はぁ。ここは深追いしないでやる。ただ、いつかは教えろ」

「はい、いつかは」

「……それで、教会の排斥ってのは?まだ影響が及んでないってなら、目的と矛盾するんだが」

「いや、厳密に言えば影響は及び始めているところっす。先日、「三隻のナレンシフ」の内の一隻がモンテドーロに入ったことを確認しました。彼は……この都市で、かの直視してはならない教えを広める気で居るようっすね」


 ずうん、と重い空気が流れる。

 「三隻のナレンシフ」——それは文字通り、3人で構成されるナラゴニア教会の大幹部。「黄昏の代行者」を通じて「黄昏の女神」の神託を拝受し、つつがなく遂行する実践者でもある。

 つまり、教会の大物が、この都市までやって来ているというのだ。

 これは、あまりに。あまりに、大問題である。


「これは、人民に広く周知させてはいけない情報っす。一度知れ渡れば、民衆の混乱を抑え込めないどころか、却って彼らが教えを広め易い土壌を醸成することに繋がってしまうことは、火を見るより明らかっすから」

「だから、無理矢理こんなところまで連れて来たってわけだ。じゃ、粗方アンタの目的を聞き出した所で、私の質問に答えろ」

「はい。覚悟はしてたっすよ」

「そう気を張るな。私が聞きたいことはただひとつ。アンタ、私たちを狙ってあのカフェで騒動を起こしたな?」


 どこか不快そうに、彼女はその問いを口にした。

 そう、多少なりとも善意でした行動が、誰かの掌の上だった。

 これ程気に触ることはそうそう無い。


「イエス!」

「チッ。何がイエス、だ?あ?」

「これでも結構調べて、それで虱潰しに行動したんすよ?結局、当たったのがあのカフェだった、ってだけっす。まぁ、あそこに居る可能性は高いと思ったっすけど」

「はぁ?」

「フフ。あの場所、教えたのはアレキサンドライトっすよね?」

「……」


 どうして知ってる?

 いや、違う。

 ヴィオラは溜息を吐いた。

 この様子を見るに、アイツが教えたわけじゃあない。


「あの子に、あのカフェを教えたのはアタシなんすよ。美味しかったでしょ?あそこのコーヒーと紅茶」

「……」

「でも、彼女がまだ覚えてくれていたのは嬉しいっすね。もう10年は前のことっすから。とはいえ、美味しさはそれでも変わりなかったっす」

「解せねぇな。アレキサンドライトがアタシ達に教えない可能性もあるだろうが」

「いや、無いっすよ。あの子、信頼の証として好きなものを共有するところがあるので。もし外してたら、アタシの理解度が足りてなかったってことで諦めてたっすけどね」

「チッ。アンタら、犬猿の仲じゃねぇのか?まるで惚気てるように聞こえるんだが」

「惚気、か。ま、そういう見方もできるかもっすね。彼女はアタシのこと嫌ってると思うっすけど、アタシはそうじゃないっすから」


 彼女は、眼尻を上げながら机の上の花瓶を見つめた。

 しっかり水をあげられていないのか、差された数本のアネモネの花弁は少し萎れている。

 オーラムに釣られてそちらをじっと見ていると、仄かに甘い香りが漂ってきた。


「ま、アタシがお二人を狙って接触したのは事実ってことっすね。バレバレだったっすけど、芝居に付き合ってくれてありがたかったっす」

「……まぁいい。アンタらの関係性に深入りしてる時間はねぇからな。それで、本題に戻ろう。ナラゴニア教会の排斥とのことだが、具体的にプランはあるのか?」

「協力してくれるんすか?」

「私も拝樹教を信仰する人間の一人だ、お偉いさん達が躍起になって戦ってる相手と矛を交えるくらいなんてことねぇよ。それに、昨今モンテドーロを賑わせている誘拐事件、奴らも関わってる可能性だってあるしな」


 かの教会は、正体不明の力を用いて大波を引き起こすような奴らだ。

 本当にこの都市までその魔手を伸ばしているのなら、あのように不可解なこともやってのけるだろう。


「意外っすね。拝樹教の信仰者ってのはどこにでもいるものっすけど、ヴィオラさんがそこまで信心深い信徒とは、思ってもみなかったっす」

「悪かったな。色々あったんだよ」

「いやいや、そんな悪いだなんて。まぁ確かに、拝樹教者であるなら、それだけで動機になり得るっすよね」


 サリナさんの方は?とオーラムが話題を振った所で。

 ずっと俯いたまま口を噤んでいた彼女は、はっと顔を上げた。

 その表情は苦悶に歪められていたが、しかしまだ瞳だけはしっかりとしている。


「本当に大丈夫なんすか?」

「大丈夫です。是非、身共も協力させてください」


 芯の通った声だ。

 オーラムはこれ以上詮索することなく、その言葉に笑顔で以て応えた。


「じゃ、決まりっす!とはいえ、まだノープランなんすよね」

「はぁ?」

「仕方ないじゃないっすか!教会勢力が侵入を試み始めたのはほんの一週間前程度の出来事なんすから!ろくな情報網の無いアタシじゃ、情報収集で精一杯っすよ」

「……まぁ、そういうことにしておくか」

「ただ、彼らが現在根城にしている場所は、既に特定済みっすから。明日はその場所に偵察に行こうと思っているっすよ」

「そこから、計画を練ろうってか?」

「ま、そんな所っすね。勿論、皆さんも来るっすよね?」

「オイ、どうして確定事項みたいな言い方をする?」


 ただ、明日以後やるべきことを決めかねていたのも事実だ。

 マーキュリーと話し合い、雲を掴むような現状より僅かながら光明を見出すことができれば御の字であろう。

 無理矢理予定を作り出すくらいなら、誘拐事件よりもずっと分かり易く目の前にあるナラゴニア教会という脅威を追いかけてみるのもひとつの手ではあるか。


「ハハハ。冗談、冗談じゃないっすか!来れるなら、で良いっすよ。勿論、情報は後々整理した上で共有するっすから。お二人は、盟友ですからね!」

「盟友判定が緩すぎるだろ」

「……身共には、地道な見回りよりもこういう現場での調査の方が性に合っていますから。差し支えなければ、オーラムさんに同行したいです」

「まぁ今なら、関連するかもしれない、って免罪符も使えるか」

「え!来てくれるんすか!」


 明らかにテンションが上がった様子で、彼女は机に身を乗り出した。

 太陽のように輝く黄金の瞳を、より一層煌めかせている。

 最早、暑苦しい上に鬱陶しい域に達していた。


「チッ。もう一人の仲間に相談した上で、だ。アイツが何かしらの理由で拒絶したなら、私は少なくとも彼方さんの案を優先する。ナラゴニア教会の一件はあくまで、私にとってはサブに過ぎねぇからな」

「……」

「良いっすよ!それなら、少し余裕を持って集合するっす。えっと……地図は持ってるっすか?」

「持ってるが」

「少し見せくださいっす〜」


 彼女は立ち上がって、ヴィオラ達の座るソファへと回り込む。

 そして、二人の肩の間に頭を挟んで、サリナが取り出した地図を興味深げに眺めた。


「あ!あのカフェにマークついてるじゃないっすか!やっぱりあの子が教えてたんすね〜!」

「顔が近ぇんだよ。それに、そんなことはどうでも良いだろうが。どこ集合なんだ?ん?早く言わねぇと、その整った顔に裏拳叩き込むからな」

「わはー、怖いっすね。えっと、それなら……」

「身共らが宿泊している場所はここです」

「おい!そんな簡単に教えるなって」

「じゃ、間取ってここっすかね。ペリドット区のカテドラーレ・クリゾベリッロの前っす。ジョイエッリ程じゃないっすけど、中々立派なカテドラーレっすから、分かり易いと思うっすよ」


 徐にモンテドーロ南部の一点を指さすオーラム。

 カテドラーレ・クリゾベリッロ。どうやら、ペリドット区の本庁が座する場所らしい。


「ふぅん?ペリドットの管轄区域の庁舎なのに、名前はクリゾベリッロ……つまり、アレキサンドライトなんだな」

「あっ、よく知ってるっすね」

「クリゾベリッロってアレキサンドライトのことなんですか?」

「そうっすよ。ここら辺の言い方っすね。まぁ、こういう食い違いは主にアタシのせいなんすけど……」

「あぁ……」


 道すがら聞いたことだが。オーラム、という称号は唯一無二のものであって、容易に次代へ引き継げるものではないのだという。

 つまり、この眼前の浮ついた女がやらかした結果、オーラムという称号そのものまで吹き飛んでしまったというのだ。

 そして、その穴を埋める為に、オーラムの右腕であったアレキサンドライトがその後釜に付いた。

 それでは、元々アレキサンドライトが統治していた区域は、一体誰が管理するというのだろうか?


「はい、お察しの通りっす。ペリドットという称号と、それに付随する区域は、アタシが消滅した結果新しく創設されたもので。歴史が浅いんすよ」

「それなら、庁舎の名前くらい変えてしまえば良かったのでは?」

「そう簡単な話じゃないんすよ。カテドラーレは元々、ゴールドラッシュで成り上がった人々が、富を恵んでくださった大地に感謝する為、自治組織に貸与したことが始まりっすから」

「富を恵んでくださった大地に感謝する、だぁ?」


 わざわざ外国からやってきてまで金を貪るような人々に、そのように慎ましい感情があるものか?

 彼女は頬杖をつきながら、表情を歪ませた。


「ハハッ!ま、本当のところは、自分の財を見せつけるとか、徳をひけらかすとか、そんなところだと思うっすよ。でも、元ボスの立場からは口が裂けてもそんなこと言えないっす」

「口に出てますよ」

「だからまぁ。ジェムストーンマフィアがいくら幅を利かせたとしても、持ち主固有の権限は変わらず貸与主たる一族にあるわけっすね」

「その一族が許可しなくちゃ、名前は変えられねぇってか?」

「ペリドット創設のあれこれについて、アタシは当事者じゃないっすから、ただの推測になるっすけど。まぁ、そんなところじゃないっすか?マフィア側の要求が通ってるなら、とっくのとうにあそこの名前はカテドラーレ・ペリドートになってるはずっすよ」


 カテドラーレ・ペリドート。

 それはそれで、少し違和感がある、か。

 どこに行っても政治的な話は退屈だ、とばかりにヴィオラは溜息を吐いた。

 そして、意を決したように立ち上がる。


「もうお帰りっすか?」

「集合場所も決まったしな。あぁそうだ、時間は?」

「お昼過ぎ、14時頃でどうっすか?そうすれば、大体夕方頃には件の場所に到着して、情報収集ができるはずっす」

「了解。先に行っておくが、アンタと連絡取る手段は一つも無ぇ。だから、14時を過ぎても来なかった場合、先に向かってくれ。その場合、明日、日を越すまでにはこの事務所へ情報共有に来るからな」

「良いっすよ〜。アタシも、そこまで長居するつもりは無いっすからね。それじゃ、明日の14時、ペリドット本庁舎で!」


 サリナを脇に、玄関の方に足を向けたところで、彼女は勢いよく立ち上がった。

 どうやら、ちょうど良いところまで見送ってくれるらしい。


「おい」

「ん?なんすか?」

「あの子、扉の隙間からこっち見てるぞ」

「え?」


 ヴィオラが指差す先を、オーラムは見つめる。

 そこには果たして、引き戸の隙間から虎視眈々と3人を凝視する紅い瞳があった。


「うわっ!なに怖いことやってんすか!」

「あはっ!何の話してるのか気になっちゃって!」

「邪魔しちゃダメって言ったじゃないっすか!ほら、閉めて閉めて!」

「はーい」


 ピシャリ。素直だ。


「はぁ。困った子っすね」


 オーラムはやれやれ、と汗を垂らしながら頬を掻く。

 ふむ。中々、仲が良いようである。

 感じていた視線が消失したことを感じ取ると、ヴィオラは再び出口の方へ向き直った。

 殆ど扉の役割を果たしていないガタガタの玄関の向こうで、サリナは既にこちらを待っている。


「ん、来ないのか?」

「うーん。今日は結構疲れちゃったし、アイスティー浴びたせいで洗濯物も多いんで。やっぱりこの辺りでお別れにしておくっす」

「ふぅん?じゃあ、行くからな」

「はい。また明日会おうっす!」

 

 彼女は、その場で腕を大きく振り、二人を見送る。

 その様子はまるで、日光を浴びる向日葵のようだ。

 どちらかというと熱血寄りな人物という意味でも、イメージに合うかもしれない。

 散らばったガラス片を踏み破りながら、ヴィオラは事務所を出る。

 先には、今にも踏板が抜けそうな急勾配の階段が待ち構えていた。

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