第3話 反省の色



 橙子の部屋には色とりどりの衣服が散乱していた。カメラを売った金で買った美春の服と、引っ越しに際して捨てようと思っていた橙子の服だ。


「ほら、ミハルこの色似合うじゃん」

「えええ? 派手じゃないかな」

「ううん、色白だし絶対似合う。このジャケットと合わせてもいいし」


 鏡の前であれこれと服を当ててみて、次々にベッドの上に積み重ねていく。


「せっかく春なんだしさ、綺麗な色着てアゲてこーよ。ほら、アゲー! って」

「あ…あげぇ〜?」


 美春は頬を赤くし、両手で顔を隠した。


「……恥ずかしいです」

「あはは、無理しなくていいけどさ。着るもの変わると気分も変わるから」

「本当にこんなにもらっちゃって、いいの?」

「うん。いいの。どうせ金にならないものばっかだし気にすんな」


 あはは、と笑って吟味を続ける。


「服はねー、売っても安いんだわ。それならミハルが着てくれた方が嬉しい。引っ越しの荷物も減るしね。あ、カバンはあげないよ? また別の店で売るから」


「ねえ、橙子さん」


 鏡から視線を外し、美春は橙子を見つめた。


「どうして、今日会ったばかりの私に、ここまで親切にしてくれるの?」

「えー、そうだな……」


 橙子も手を止めて、少し考える。


「会った時さ、ミハル泣いてたじゃん? それなのに、ぶつかったことちゃんと謝ってきて、落ちたもの一緒に拾ってくれたじゃん」

「うん……?」

「そんな子をさ、ほっとけないよね」

「そんなの、普通だと思うけど」

「そうかもしれないけど。この子、いい子だなって思った。アタシ仕事柄、人を見る目には自信あんの」


 美春の目に、再び涙が光る。橙子はすかさずティッシュを取って手渡した。


「ほらー、泣かなーい。アンタ、純粋すぎて暴走しちゃったけど、いい子じゃん。そういう子はさ、綺麗な色の服を纏ってニコニコしてるのが似合うんだから。こんな、パステルカラーみたいな、ね?」

「……ありがとう。橙子さん、引っ越しちゃうの寂しいな。せっかく知り合えたのに」

「バぁカ。こんなキャバ嬢と付き合ったっていいことないよ。アタシ結構クズだし」

「そんなことない!」

「アンタが知らないだけー」


 ベッドの上に積み上げた服を手頃な紙袋に詰め込んで美春に持たせ、その他の服を手早く片付け始める。そろそろ出勤準備の時間だ。


「店までタクるから、一緒に乗ってきなよ。そのまま家まで乗って帰ってもいいし」

「じゃあ、駅まで乗せてもらおうかな。そこからは電車で帰ります」

「そ?」


 様々な荷物でいっぱいの狭い部屋には座る場所すらなく、美春は所在なく壁に寄りかかって橙子の身支度を眺めた。

 パンツから艶のあるピーチ・ファズのスカートに着替えた橙子は、手早くアクセサリー類を取り替え、メイクのチェックを行う。


「ねえ、橙子さん」

「んー?」

「何かお礼、したいんですけど」

「えー、さっきカフェでドリンク奢ってもらったじゃん」

「そうじゃなくって。あの…ホストの借金って、いくらあるの?」

「30ちょっとかな。それぐらいなら飛んでも追っかけてはこない……って、ミハル。アンタそれ、払おうとしてる?」

「それぐらいなら、なんとか」


 ものすごい勢いで振り返り、橙子は美春に詰め寄った。


「それ、すっごい失礼」

「え…」

「アタシはね、自分でリスク背負って生きてんの。客から金巻き上げんのも、失敗してボコられるのも、飛ぶのもアタシの自由。肩代わりなんてされたくない」

「ごめん…」

「めっちゃ腹たつ。これだからお嬢は」


「でも!」

 橙子のストレートな怒りに触れて身を竦めていた美春が、意を決して背を伸ばす。


「支払うべきものを支払わないのは、よくないと思います……」

「はぁ?」

「……私なんかが言うのも、アレだけど……」

「そうだよ。アンタには関係ない」


 美春は橙子の目を真っ直ぐに見据えた。


「関係なくない。素敵なお洋服もたくさん貰ったし、それに橙子さん、すごく親身になって怒ってくれたもん。だから私も、駄目なことは駄目、って言います。ねぇ、私もストーカーやめるから、橙子さんもお金返そう?」


 睨みつけていた橙子の顔がわずかに歪み、ついには吹き出してしまう。橙子は堪えきれず笑い出した。


「何よそれ。アンタほんとバカ」

「そんなに笑わなくたって。私、真剣に」

「……わかったよ」


 橙子はプイと顔を背け、ハンドバッグに手を伸ばす。


「払うよ。別に金が無いわけじゃないし」

「ほんと?」

「ほんとだよ、うるさいな」


 毒づく橙子の声に、まだ笑いが滲んでいる。スマホを取ってアプリを立ち上げ、手慣れた仕草でタクシーを呼ぶ。


「ねえねえ、新しいお部屋、遊びに行きたい」

「くんなし」

「橙子さんのお店も行ってみたい」

「だから来んな」


 玄関へ向かう橙子に押しのけられた美春は、ぴょんぴょんと弾む足取りで橙子の後を追う。


「じゃあ、今度ご飯行きません?」

「行かない。ほら、靴履いて。もう行くよ」


「アカウント探してフォローしますね」


 白いパンプスを履きながらドアを開けた橙子が、振り向いて叫ぶ。

「アンタ、今度はアタシをストーカーするつもり?」


 橙子の脇をすり抜けて外へ出た美春は、道路を見下ろしながら「やだ、もう」と笑った。


「そんな人聞きの悪い…あ、橙子さん。タクシー来ましたよ」



 階段を駆け降りていく美春の背中を眺めながら、色を失った橙子が思わず呟いた。


「反省の色、なし……」




終わり

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KAC20247 赤の他人の私たち 霧野 @kirino

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