第2話 思い出の色
橙子はズンズンと勇ましく歩を進めていく。そのピンクゴールドの派手なスニーカーに目が引き寄せられ、美春は思わず話しかけた。
「その靴、凄いですね。初めて見ました」
「あ、これ? 客に買わせた」
なんでもないという顔で、ひょいと足を蹴り上げて見せる。
「ほら、底がギザギザで可愛いっしょ」
「……なんだかすごく強そうです」
「あはは。でしょ? 歩きやすいし、お気に入りなの」
今日の橙子はオフホワイトのチェスターコートに白のスウェットパンツ、トップはゴールドラメのボトルネックセーターという出立ち。ウィッグは明るい茶髪にオレンジのインナーカラー。仕事は遅番だし、長い距離を歩くためスポーティーな装いだ。
対して美春は白とベージュのボーダーシャツにカーキ色のざっくりしたロングスカート、キャンバスシューズに淡いグレーのダウンコートと、どこか野暮ったい。
「ミハルは今日仕事休み?」
「ええ……休みというか、謹慎……」
「え。謹慎て、何したのよ。ちょっと店入ろ。話聞きたい」
有無を言わせず入ったカフェで話を聞き出した橙子は、手を叩いて大笑いした。
「あっはっは、アンタそれ! がっつりストーカーだってば」
「でも私、そんなつもりじゃなくて」
「だってその前にも、勝手に弁当作ったり手紙渡したりしてたんでしょ?」
「はい……私、恋愛とか疎くて」
「いくらお嬢様学校出身だからって、今時そんな人いる?」
椅子の上で縮こまっていた美春は、さらに身を縮めた。
「憧れてたんです。そういうの……」
「完全に黒歴史だ」
「でも、はっきり断られて以来、直接接触するのはやめました」
ああ、腹痛い…と、橙子はオレンジフラペチーノを飲んだ。
「…それで近所に引越しか。それはともかく、盗撮はヤバい。自分で楽しむためだけって言っても、ガチ犯罪だかんね?」
「そういうものでしょうか…」
「だって知らないオッサンがこっそりアンタの後つけ回して写真撮ってたら、どうよ。キモくない?」
「でも、私は女だし…」
「カンケーねえから。男でも女でも、ダメなもんはダメ。完全にアンタが悪い」
しょんぼりしつつも、美春はまだ若干不服気だ。
「ミハルさ、基本的に『男は女から好かれれば無条件に嬉しいはず』とか思ってない? それ、間違いだから。いや、喜ぶ人もいるだろうけど、そう思わない人も一定数いるわけ」
「それは……」
「おまけに会社のデータ覗き見たとか。ミハル、アンタ相当ヤバいよ。そりゃ伯父さんに叱られるって。むしろ警察沙汰にならなくてよかったってぐらい。アタシはしがないキャバ嬢だけど、それぐらいはわかる」
ハッキリと断言され、美春は流石に俯いた。
「……ごめんなさい」
橙子は組んでいた足を下ろし、テーブルに肘をついた。
「いやアタシに謝られても。ま、そういうアタシも客の極秘情報盗み出そうとして殺されかけたんですけどね」
「えっ?!」
「いやマジで。それで店辞めて引っ越すんだわ」
「こっ、ころ……」
「いくら悪運強いって言っても流石にね。相手とバッタリ鉢合わせなんかしちゃったらヤバいじゃん? これを機に、都心の方に戻ろうかな、って」
言葉も出ない様子で青ざめる美春に、橙子はあっけらかんと笑った。
「やだー、ドン引きしないでー。黒歴史だけどー」
なんだか面白くなってしまい、さらに追い打ちをかける。
「おまけにアタシ、ホストの借金バックれて逃げる気だからね」
「橙子さん……」
「そんな激ヤバなアタシから見ても、ミハルはガチでヤバい」
「ぐっ…」
「アンタ天然でストーカー体質みたいだから、色恋沙汰には気をつけた方がいいと思うよ。もうさぁ、その親の決めた婚約者? とやらを好きになれる方向に頑張った方がいいんじゃない?」
ハッとした表情で橙子を凝視する。数秒ののち、美春はぐったりと背もたれに寄りかかった。
「それは思いつきませんでした。相手の人、たしかに悪い人ではないんです……ただ……」
「まあ、色恋はね。思い通りにならないのはわかるけど」
美春は鮮やかなルビー色のクランベリーアイスティーに手を伸ばし、大きく一口飲んで、「はぁ…」とため息を吐く。
「好きな人は引っ越しちゃったし、新しい住所はわからないし……諦めるしかないのかな」
「いや、まだ諦めてなかったんかい」
「別に彼とどうこうなりたいわけじゃないんです。ただ、見ていたいだけで」
「だーかーらー……まさかアンタ、盗聴とかしてないよね」
「………」
「してんのかーい!」
「……少しでも声が聞きたくて」
「やめなさい。即座にやめなさい。マジ捕まるから! ああ、怖いこわいコワイ。お嬢様怖い。もうヤダこれ以上聞かない。ほら、行こう。さっさと買い取り済ませよう! そんで未練断ち切りな!」
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