KAC20247 赤の他人の私たち

霧野

第1話 憂いの色

 スマホを見ながら歩いていたら、肩に衝撃を受けた。弾みで腕に掛けていた紙袋を落としてしまい、中に入っていた色とりどりの紙袋や小箱が道路に散らばった。


「あ、ごめんなさい!」


 ぶつかった若い女性は慌てて身を屈め、散乱した荷物を拾い上げ始める。


「あー、こっちもごめん。スマホ見てたわ」


 荻原橙子も、紙袋の口を大きく開けて落ちた荷物を回収していく。全てブランド物のアクセサリーや時計、香水などだ。未開封のものも見受けられる。


「あの、これ……入れちゃっていいですか?」

「あ、うん。あり…」


 紙袋を広げながら顔を上げると、拾った品を差し出す女性と目が合い、たじろいだ。彼女は静かに、ポロポロと涙を流していたのだ。


「ごめん、どっか怪我した?」

「いえ、違うんです。これは……大丈夫ですから」

「そう? ならいいけど。拾ってくれてありがと」


 女性は拾ったものを紙袋にそっと入れると、会釈して歩き出した。何とはなしに見送っていた橙子だったが、女性がマンションのゴミ置き場の扉に手をかけたところで思わず声をかけてしまう。


「ねえ、アンタ。それ捨てる気?」


 女性は驚いた顔で振り向き、戸惑いながら涙を拭った。


「ええ、まぁ」


 橙子はツカツカと歩み寄り、無遠慮に彼女の荷物に手をかける。


「まぁ…じゃないよ。それかなりいいカメラだよね? 本体はともかく、レンズだけでも結構するでしょ、これ」

「はぁ……でも、もう要らないですし。処分しろと叱られたので」


 そう言うと、赤くなった目に新たに涙を溢れさせる。


「もったいないって。何があったか知らないけどさ、捨てちゃダメだよ」

「でも……確かカメラは不燃ゴミでよかったはずで…」

「そうじゃなくて! せめて売ろうよ、って話」


 ああ……と視線を落とし、彼女は声を振るわせた。


「いいんです……早く手放してしまいたいから」

「でもまだピッカピカじゃん。売れば幾らかになるよ、勿体ない」


 確かにそうですけど……と言いたげな表情だったが、何かに気づいたように顔を上げる。


「あの、よかったらこれ、差し上げます。何度か使っちゃいましたけど」

「いやいやいや。さすがに見ず知らずの人からそんなもの貰えない。客にブランド品貢がせるのとは訳が違うって」


 彼女の頬に、さっと赤みが差した。


「ごめんなさい! もしかして私、とても失礼なことを」

「いや、そーいうんじゃないから。別に失礼じゃないから気にしないで」


 しきりに恐縮する彼女を宥め、橙子は大きな紙袋を掲げて見せた。


「今日アタシ、これ売りに来たの。アンタも一緒に行かない?」

「えっ」

「近々引っ越すんで、なるはやで荷物減らしたいんよ。で、店によって買い取りの得意分野があるんだけど、今から行く店の近くにカメラ系に強いとこあんだわ。ちょうどよくない?」

「えっ……あ、はい。え?」


 橙子は強引に彼女と腕を組み、ズンズンと歩き出す。


「アンタ、名前は? アタシはトーコ。ほら、だいだい色の、橙子ね」

 ウィッグのオレンジ色のインナーカラーをつまんでふるふると振ってみせる。


「あ、私は美春と申します。多田美春です」

「可愛い名前じゃん。行こ、ミハル」


 橙子の勢いに呑まれ、半ば引きずられて行く美春の目からは、いつの間にか憂いの色が消えていた。



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