「僕の『いろ』になってくれ」皇子様はそう言って少年の股間に魔道具を向けた

綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中

「いろ」にあたる漢字は「愛人」?「情婦」?それとも「セッ・・・

「愛するジュキエーレちゃん、この魔道具を使ってボクちゃんの愛人いろになってくれ」


 エドモン殿下の言葉に俺は首をかしげた。


「色?」


 お貴族様の洒落た言い方で伝えられてもなんの事だか分からねえ。いや、それより気になるのは――


「この魔道具、なに?」


 俺は殿下が差し出したピンクのスティックを手に取った。スティックの右端には金色の羽根が生えたハートが、左端にはルビーのように赤い魔石がくっついている。


 殿下は胸を張って堂々と答えた。


「魔力を込めて股間に向けるとピンクの光線が放たれるんだ。やってみてくれ」


「ピンクの光線を浴びると、どうなるんだ?」


 俺は警戒心マックスで尋ねた。ピンクという色だけですでに嫌な予感しかしないというのに、変態殿下と名高いエドモンが使用を勧める魔道具なのだ。


 俺を宮殿に呼び出した使用人は、「エドモン殿下がお待ちです。ジュキエーレ様お一人でおいで下さいとのご命令です」と伝えてきた。なぜ俺一人でなければならないのか? 恋人のレモネッラ嬢と一緒ではまずいのか? この変態殿下、また何か企んでいるんじゃないか?


「ジュキエーレちゃんってば疑り深いなあ。その魔道具を使えばボクちゃんと一般的な形で色事いろごとができるカラダになれるのさ」


「一般的な色――なんだって?」


 また聞き慣れない言葉を使って俺をけむに巻こうとしやがる。


「ボクちゃんは繊細なジュキエーレちゃんを、その優しい性質にふさわしいカラダに変えてあげたいんだ!」


 ドッカーン! 


 殿下の言葉は廊下から鳴り響いた爆発音にかき消された。


「なんの音だ!?」


 これ幸いと廊下に飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、魔獣と戦う恋人の姿だった。


「レモ!」


 俺は思わず声を上げた。二足歩行の巨大なトカゲが、牙の生え揃った緑色の口でレモをくわえていたのだ。


「ジュキ! 無事!?」


 トカゲの口の中でもがきながら、レモが俺を見下ろす。


 ん? なんで俺が無事かどうか心配してるんだ?


 妙な違和感に眉をひそめたとき、


「ボクちゃんの使役獣が暴走してる!?」


 後ろから殿下の聞き捨てならない驚愕の声が聞こえた。


「誰も部屋に入ってこないよう、見張りをさせていたのに!」


 諸悪の根源はお前かー!


 胸ぐらをつかんで問いただしたいが、相手は第二皇子。しかも使役魔獣が暴走している以上、彼にはなすすべがないだろう。


 俺は全身に精霊力をみなぎらせた。


「レモ、今助けるからな!」


 俺は水の精霊王であるホワイトドラゴンの末裔。白竜の力をこの身に宿して戦えるのだ。


 精霊力が体中にみなぎると同時に服がはだけ、俺の背には真っ白い竜の翼が現れた。


「巨大トカゲめ、レモを放せ!」


「ギョギョエー!? リュリュリュウジンサマ!?」


 巨大トカゲはもともと丸い目をさらに大きく見開き、あんぐりと口を開けた。


「キャー、落ちる! 聞け、風の精センティ、シルフィード――」


 トカゲの口から自由になったレモは、空中で慌てて風魔法を唱え始める。


「レモ!」


 俺は翼を羽ばたき、彼女を受け止めた。


「おおおー! さすがジュキエーレ殿!」


「かわいいだけじゃなかったんですね!」


 廊下で観戦していた衛兵たちが、拍手しながら口々にほめそやす。戦力にならねえ困った奴らだが、暴走した魔獣を止められるほどの力はないのだろう。巨大トカゲはぱたぱたと走って逃げて行った。


「ジュキ、助けてくれてありがとう」


 レモが俺の肩に頬を寄せたとき、廊下の向こうから複数人の足音がせわしなく近づいてきた。


「ジュキくん、無事でしたか!?」


 先頭を走ってくるのは魔法学園で教師を務めるセラフィーニ師匠。そのうしろからは、たくさんの衛兵を引き連れた皇后様が、彼女にしては珍しくドレスの裾を持ち上げて大股で歩いてくる。


 俺が無敵なのを知っている師匠がなぜ、俺の身を案じているんだ? 先ほどのレモといいなんだか妙だ。


 首を傾げていたら駆け寄ってきた師匠が、


「失礼」


 突然俺の股間に手を伸ばした。


「ひゃんっ」


 思わず甲高い声を出して内股になる俺に、


「よかった。男の子のままですね」


 師匠は安堵の笑みを浮かべた。


「どういうこと?」


 俺の問いに師匠が答える前に、皇后様の冷たい声が大理石の廊下に響いた。


「お前たち、第二皇子エドモンを捕えなさい」


「母上、なぜです!?」


 悲痛な声で問うエドモン殿下に、皇后様は冷ややかな眼差しを向けた。


「お前は窃盗罪により、一ヵ月間のサン・ロシェ修道院送りとなりました。頭を冷やしてきなさい」


「母上、誤解です! 確かに僕はこの魔道具を持ち出したけれど――」


 殿下の手にはピンクのスティックが握られている。


「これを使えばジュキエーレちゃんを今みたいな中途半端な状態じゃなくて、本物の女の子にできるんです!」


 なんだよ、中途半端な状態って!!


「母上だってジュキエーレちゃんを女の子にしたいはずでしょう!?」


 追いすがるエドモン殿下に、皇后様は軽蔑しきった一瞥をくれた。


「愚か者の息子よ、お前と一緒にしないでおくれ」


 見るのも耐えられないといった表情で首を振り、


「全く風流を解さないとは、貴族の風上にもおけない息子だわ。ジュキエーレさんは十六歳の美少年なのにソプラノの美声で歌えるところに価値があるの。完全な女の子にしちゃったら色香も情緒も失せてしまう」


 ん? なんの話をしているんだ? 確かに俺は高い声で歌えるけれど――


「エドモン、あなたは性別と声の美学も、異性装の魅力も理解していない」


 皇后様はきっぱりと言い切った。俺の腕の中でレモがコクコクとうなずいているのも謎である。


 放心状態で衛兵に縛られるエドモン殿下に、今度は師匠が近づいて、


「私からも一つよろしいでしょうか、殿下」


 静かに話しかけた。


「使役魔獣を暴走させるほど、お心を乱すとは私の魔術の授業を忘れてしまったのですか?」


 そういえば師匠は、殿下が魔法学園学生だったころの指導教官だったっけ。


「使役魔獣が術者の精神に紐づいていることは覚えておいでですね?」


「だって仕方ないじゃないか!」


 殿下は子供みたいな顔で師匠を見上げた。


「色っぽいジュキエーレちゃんを目の前にしたらボクちゃん、興奮しちゃうんだもん!」


「修道院で祈りの日々を過ごされることをお勧めします」


 師匠の呆れ声に見送られ、エドモン殿下は皇后様と衛兵たちに引き立てられていった。


「よかったわ、ジュキ!」


 レモが俺の首に腕を回して抱きついてきた。


「女の子にされちゃわないで」


「待ってくれ。色々話が見えないんだが――」


 困惑する俺に、レモは早口で状況を説明し始めた。


「私は今日、師匠に古代の魔導書を翻訳する手伝いをしてもらう約束をしていたの。でも師匠の寄宿舎を訪れたら、結界が張ってあって中に入れなかった。師匠が無断で約束を破るなんてあり得ないから、結界を解除して入ったのよ。そしたら師匠が寝ていたの!」


「私はエドモン殿下の魔法で眠らされていたんです」


 師匠が口をはさむのも構わずレモは言葉を続けた。


「私は魔法で師匠をたたき起こしたわ。そうしたら開発途中の魔道具を盗まれたって言うじゃない」


「あのピンクのスティックか。一体あれ、なんなんだ?」


 俺の問いに師匠は淡々と説明した。


「心と体の性が不一致で悩んでいる依頼者のために開発した魔道具なんです。まだ開発途中で実用化には至っていませんが、一定期間なら男性を女性に変えられる機能を持っています」


 エドモンめ、やはりとんでもねえものを俺の股間に使おうとしていやがった。


「師匠の話を聞いて私はすぐにジュキを助けにきたの。師匠には皇后様のところへ訴えに行ってもらったわ。相手が第二皇子では、権力を笠に来て迫られたら、私もどこまで太刀打ちできるか分からないから」


 レモの意外な発言に俺は目を見開いた。


「あんたは俺を女の子にしたい勢力かと思ってたぜ」


「何言ってるのよ! ジュキはそのまんまでいいの。何も変わらなくていいわ!」


 レモは俺の頬に指先をすべらせた。


「今のままのジュキが最高に魅力的だから。私はありのままの君が大好きなのよ」


 レモ……。俺は胸がいっぱいになって、目をしばたきながらうつむいた。


「ありのままの俺か。俺、ダメなところもたくさんあるのに。多分、殿下が俺を騙しに来るのも、俺がきっぱりとした態度を取らないからだし」


「何言ってるの、ジュキ。あなたはとても心の広い人だから、誰かを怒ったりしないでしょ?」


 レモは無駄に俺の唇を撫でながら、


「ジュキはそうやって優しいからかっこいいの。いつも『仕方ねえな』って受け入れてくれるのは、君が強いからこそなのよ」


 ああ、こうやって俺の欠点も全部愛してくれるレモだから、俺はこの娘とずっと一緒にいたいんだ。


 いとおしさがこみあげてきて、俺はもう一度レモを抱き寄せた。


「ふふっ」


 レモがくすぐったそうに笑う。


「かっこいい少年なのに女の子にされて恥じらってるジュキが色っぽくてそそられるから、今のままでいてね」


 ん? レモのやつ、なんか変なこと言ってね?


 だが俺が聞き返す前に、師匠が謝罪してきた。


「二人には面倒をかけてしまいました。私も魔道具の管理を徹底せねば」


「ほとんど完成しているようなものだもんね」


 レモの言葉に、しかし完璧主義者の師匠は首を振った。


「異世界からやって来た、飼い主を魔法少女に変身させる猫さんの力を研究して作った魔道具なんですが、魔法少女用の魔術を転用しているせいで男性が女性になるだけでなく、年齢が幼くなってしまう問題がまだ未解決なんです」


「幼女になれる魔道具ってのも需要ありそうだけどな?」


 俺の言葉にレモがハッとした。


「まさかジュキ、幼女になりたい!?」


 なんでだよ!? 絶句する俺に、


「私はジュキが変わりたいなら、止めないわ。ジュキのすべてを愛しているから、未来のジュキも全部好きなの」


 まっすぐ見つめて言い切った。


「レモ――!」


 俺はまた感動して彼女を抱きしめてしまう。


「あ、それじゃ使ってみます?」


 何を勘違いしたのか、師匠がピンクのスティックを差し出してきた。


「使わねえよ!」


 不機嫌な俺の声が宮殿の廊下に響いたのだった。




─ * ─




今回は女の子にならずに済んでよかったね! さて次回はどうかな?笑 と思っていただけたら、ページ下から★で応援してくださいね!


異世界から来た猫ちゃんの話は、KAC2024第三回お題『箱』参加作品です。

https://kakuyomu.jp/works/16818093073310173261


女の子にされそうな危機を回避しながら活躍するジュキの冒険物語『精霊王の末裔』本編はこちらから!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100

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