留守番

や劇帖

留守番

 人類のほとんどが地球から飛び出してしばらく経ちました。この『しばらく』というのは僕たち道具の感性なので、人間のそれとは違うかもしれません。人間にしても相……何とか理論だの走法ドライブだの跳躍ジャンプだの(もしくはもっと違った何か)で僕たちとは違った時間を生きているかもしれませんが。

 僕は黒電話の付喪神つくもがみです。実際の妖怪変化ではなく、既存の概念から名前を頂いた、もう少し別の何かです。少しの科学と呪術めいた力とによって立ち上げられた存在に付喪神というラベルを貼ったもの、といったところでしょうか。見た目は古式ゆかしい手足の生えただけの黒電話です。

 僕たちの役回りは留守番です。家を飛び出しはするけれど、故郷を捨て家財を処分するのは忍びない。先祖の墓守りはほしい。そういった、捨てられない人には捨てられない、ともすれば重き荷となる古きものものを僕たちは長く預かっています。始まりは都市圏への移動でしたが、最終的にはそれらもまとめて古き都として荷となりました。

 人々が帰ってくることは恐らくありません。飛び出したいと思い、飛び出した時点でその可能性はほぼないのです。ならば処分に未練はないはずですが、なかなかそうもいかないのがしがらみ﹅﹅﹅﹅というものです。もちろんそういったしがらみ﹅﹅﹅﹅に囚われない人もいますが、囚われない人はもっと早くに飛び立ちます。最後の最後に残された人たちの、未来の可能性や人生設計の一環とも違う、もっと別の感情のために僕たちはここにいます。

 足踏みミシンが庭先で草むしりし、二層式洗濯機が古い歌を歌っています。僕がいるこの町は田舎で、それ故にいかにもといったものが仕舞い込まれていた兼ね合いもあって風情があります。

「結局感傷だから形ばかりの延命ではあるんだが、それにしては大掛かりでな。大掛かりになってしまったというべきか」

 長尺脚立がそんな風に言います。「だからおれらに住ませて切り盛りさせる。おれらはタダだしまあまあ長く保つようにされている」

 僕は脚立に乗って表玄関の丸型蛍光灯を替えます。

「それにしては甲斐性があると思いますよ。あ、水拭きもしときますね」

「おう」

 頭上では丸型蛍光灯があるはずのない明かりを灯し、手を振ります。交換した側は物置に向かって走り出しました。しばしの休息です。

 そのまま仏壇の掃除に移ります。

「そういえば、東京の御方はあれからどうなったのでしょうか」

「タイラの方ならとりあえずは収まったそうだ。移動は先送り、まあそうなるわな。土地に根差しておられるわけだし」

「そう簡単にあちらからこちらへとはいきませんしね」

 僕らも大概ふわっとした存在ですが、それだけに襟を正さずにはいられません。

 大方の作業を終え、休憩のために縁側へ向かいました。

 一服している時、飛行機雲が伸びました。僅かな人の形跡です。何とはなしに嬉しくなりました。

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