四代目花火師、異世界に召喚される(KAC20247参加作品)

高峠美那

第1話

 それは突然の出来事だった。


 尚孝なおたかが学習塾から道路に足を踏み出した瞬間、足元がいきなりまばゆい光に包まれたかと思うと、そのまま魔法陣に吸い込まれていたのだ。


 光の中、誰かに会ったような気がする。しかし…覚えてはいない。とにかく気がついた時には、尚孝はやたら重厚感のある部屋の真ん中に立っていたのだ。


「うわぁ。これが異世界転生ってやつかぁ」


 部屋を見渡せば、そこが現代の日本ではないことは一目瞭然。

 高い天井から下がるロウソクのシャンデリア。壁一面の本棚には、何が書いてあるかわからない背表紙。


 おまけにジロジロと値踏みしている二人は、尚孝と年齢はかわらないように見えるのに、その格好は、映画やアニメで見るいかにも魔法使いです…というような格好なのだ。


「スルー。人が現れたぞ…」 


 どうやら茶髪のぽやんとしている少年がスルーというらしい。尚孝はこのスルーの魔法でこの世界に呼ばれたようなのだが…どうせならこっちの金髪のイケメンに呼んでもらった方が、物語的にはヒーローとかになっていたような気がして、ちょっとばかり残念だ。


「うっ。そうだよねー。おっかしいなぁ」


「…おまえ、今夜のパーティーで、みんなが喜ぶ演物を考えていたんじゃないのか?」


「うーん。そうなんだけどなぁ。なんでキミが出て来るんだろう? キミ、もしかして面白いダンスでも踊れるの?」


「……」


 十中八九、キミ…と言われているのは尚孝だが、どうやらスルーは魔法の言葉だかなんかを失敗したせいで尚孝が呼ばれたらしい。


「やーごめんね。僕、まだうまく魔法が使いこなせなくてさぁ」


「ほんと、お前って不器用だよなぁ。強い力は持っているのにさ」 


 そんなことは、尚孝にとってはどうでもいい。それなのに、スルーはひたすら反省しきりだ。


「なんで、僕ってこんなどんくさいのかなぁ。この前も花に水を上げようとしたら色々な花の氷ができちゃうし、噴水の水を止めようとしたら、止めるどころか銀色の水竜を呼び出しちゃうし」


「ああ、あの時はほんと焦ったぜ! 先生や上級生がみんな駆り出されて、水竜を湖にかえしたんだよな」


「そうなんだよ! だから今度は、すごく慎重に力をセーブしながらやったつもりなのに…なんで地味目なキミなの?」


 あまりの言われように、さすがに温厚の尚孝でも腹が立ってくる。


 確かに尚孝は魔法なんか使えない。竜だって呼び出せない。それでも、尚孝には尚孝のプライドがある!


「さっき、パーティーの演物って言ったよね。それじゃあ、僕にやらせてよ!!」


 

  *   *   *


「さあさあ、宴もたけなわではございますが、収穫祭を祝うパーティーの演物も残り最後の一つとなりました! 披露するのは、当代最悪の魔法少年、歩く爆弾とまで言われた、あのスルーの演物!! さあ、皆さん準備はいいですかぁ?」


 学園の生徒達が小馬鹿にするように笑い出した。どうしたって聞こえてくるそれに、 よくわからない正義感みたいなものが尚孝の中に湧いてくる。


「ねぇ、ナオタカ。僕自信ないんだけど…本当に大丈夫なの?」


 スルーが心配そうに尚孝の顔を覗いた。


「俺は、ナオタカを信じてるぜ。だからスルーも自信もてよ。だっておまえがナオタカを呼んだんだからな!」


「そうだよ。勝手に僕を呼んどいて、失敗しましたなんて言わせないからね! 僕は、四代目を継ぐんだから!」


「四代目?」


 尚孝は力強く頷く。どうやって収穫祭の会場に声を響かせているか分からない声は、相変わらず生徒達の笑いを誘っていた。


「さあ、スルー! 今夜はどんな魔法で私達をあっと驚かせてくれるの? 先生方も準備はいいですか? 我々生徒は、今度は火竜でないことを祈りましょう!!」


 どっと笑い声が上がった。その時だった。


 トス…と小さな音のあと、ヒュルルル…と光が夜の闇に昇る。


 まさか、本当に火竜を出したのか…と、大人達が真っ青になった瞬間!


 ドーン!!


 夜の闇が一瞬で明るくなったかと思うと、爆音とともに空に大きな花が咲いた。そして次々、次々と火の光が空に上がり、続けざまに赤や黄色、白や金銀の花火が打ち上げられたのだ。


 尚孝の足元には、まだまだいくつもの花火玉が転がっている。


「すごいな。これ全部ナオタカが作ったのか?」


「うん。そうだよ。材料は全部スルーに魔法で出してもらったんだけど。花火玉は今も昔も手作りなんだ」


「へ〜」


 スルーの親友なのだというカロンが、興味深そうに花火玉を見比べる。


「本当は一つの試作に二十回ぐらい打ち上げを試すんだよ。けどまあ、今回はぶつけ本番ね」


 尚孝が二人と話をしている間も、打ち上げ花火は次々と夜空を彩る。


「花火には光が尾を引いて広がる『きく』と光が点で広がる『牡丹ぼたん』があるんだ!」


 花火玉は江戸時代から作り方はほとんどかわらない。それでも花火玉の中の『星』には、空中でいかに花火玉が割れた時に大きく光や煙を放って飛ばせるか考えたし、『割り薬』には『星』を四方八方に広がるよう慎重に、なおかつ安全に作った。全て父親の見様見真似。


「…すごいや。ナオタカは花火師の四代目なんだね」


「うん!」


 より鮮明な色を目指して、絶えず実験を重ねていた祖父や、父を見ていた尚孝は、家業を継ぐつもりなどはなかった。

 だけど、こうしてひたすらに花火を見上げて喜んでいるみんなの顔を見ていると、もっと綺麗な花火を作ってやろう…という花火師の血がうずく気がする。


「ねぇ、僕、元いた世界に戻れるのかなぁ?」


 スルーと顔を見合わせていたカロンが眉を下げて「分からない」と首を振った。しかし、スルーは尚孝の手を握って力強く頷く。


「大丈夫! 僕、もっともっと魔法の勉強して必ずナオタカを元いた世界に戻すよ!」


「…うん」


 ヒュルル…ドーン! ドーン!! 


 空で開く青や赤といった様々な色が、みんなの心をわくわくさせる。


「…きれいだな」


「そうだね」


 カロンもスルーも、夜空を彩る花火に見入っていた。


 その日からスルーが魔法学園でバカにされることはなくなったらしい。そして尚孝はというと…。


「わぁ! 先生大変です! 教室の天井から雨が降り出して止まりません!!」


「先生ー!! 学園の運動場で雪ダルマが走り回っています!」


「また、スルーだなー! カロンとナオタカも! 三人とも来なさーーい!!」


 今のところ尚孝は、まだ元いた世界には帰れていない。しかし学園生活は毎日が賑やかだ。




           おわり

 


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四代目花火師、異世界に召喚される(KAC20247参加作品) 高峠美那 @98seimei

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