前日譚5【選択】
「………おね、え、ちゃ…………?」
「…なんだ、姉弟か。また丁度いいな。」
そういってテイマーに男が何かを投げる。咄嗟に受け取ろうとした手を引っ込めると、地面に落ちたのは小さなナイフだった。
嫌な予感がする。テイマーの、獣としての勘が働いたのか、嫌な汗がじわじわと溢れ出す。
「_____選べ。姉を自分で殺して自由になるか、姉を生かす為に俺の元に来るか。」
嫌な予感は的中し、テイマーはぐにゃりと視界が歪むような感覚を覚える。
テイマーはまだ8歳、本来ならばまだ元気で明るい、親の庇護下にあるべき子供。そんな子供に酷な選択を突きつける男は、姉の体を蹴飛ばし、テイマーの方へと出す。
「3分で決めろ。まだ微かだが息はあるようだからな、最期の別れをしてもいい。」
___まだ、生きてる?
男の声に咄嗟に、姉の体を揺すり、呼びかける。
男はその様子を見下ろし、静かに懐中時計を取り出した。
「おねーちゃん!おねえちゃん!!おねがい、おね…おねがい、だから…!!!」
酷く必死な声。
その声に目を覚ましたのだろう。テルミネの閉ざされた瞳はほんの少しだけ開き、テイマーを見る。
「……ッて、ぃ゛…ぁ゛ー…」
喉が焼けているのだろう。酷く聞きづらい声だった。
ただ、テイマーは目を覚ましたことが嬉しかったのだろう、ぶわりとそこで涙が溢れ、姉を強く抱きしめた。
「おねえちゃん!ねえちゃん!!よかった、よ゛、かっ゛た゛ァ…!!!」
ボロボロと涙をこぼしたままのテイマーを見ても、姉は微笑まず。
姉はまた、口を開く。
「……ぃ゛………ぇ゛、な゛、さ……ッ」
「…?」
聞き取りにくい。
何を言っているのかわからず、テイマーは姉の言葉を聞き取ろうと耳を澄ませる。
「に゛……げ、ぁ゛さ……ッ、ぃ゛…!!」
__逃げなさい。
それを理解した途端、テイマーは勢いよく首を横に振る。
「や…やだ!!いや!!ぼく、いっしょにいる!!」
「ゎ゛、がま、ま゛、ぃ゛う、なッ!!!!!」
一際大きな声を出せば、姉は大きく咳込み。また喉が痛むのか、苦痛の表情をテルミネは浮かべた。ただ…すぐに、テイマーを睨みつけた。
「ぁ…な゛、たは!!!!生きな、きゃ……いけないのッッッ!!!!!」
途端に、はっきりとした声を出した姉。
思わず大きな声に目をギュッ、とつぶるテイマー。そしてそんなテイマーの体を抱きしめるような、温かい感覚。
「……あぁ、面倒なことになった。」
男のそんな声が聞こえると同時に、"ビキッ、バキッ!!!!"と、音が聞こえた。
恐る恐る目を開けたテイマー。見えたその光景に、パチパチ、と何度もまばたきをする。
「お前ら、あの"イカレ兎"の子供か。」
「親は研究所ではそんな素振りすら見せなかったくせに、子に目覚めたのか。」
「私たちの母さんを、そんな風に呼ぶな!!お前たちのせいで、母さんが、母さんがどれだけ傷ついたと…ッ!!」
怪我一つない姉は、自分を抱きしめながら、大きな声で男を怒鳴りつける。
"…どうして?"なんてテイマーは思うと同時に、抱きしめられている筈が酷く肌寒いことに気づく。テイマーはすぐに周りを見た。
___そして、炎ではなく、全く正反対のものが、自分たちを囲んでいることにも、気がついた。
そこにあるのは、"氷柱。"
テルミネとテイマーの周りには霜が降り、そこを中心として、テイマーを、眼の前の男を遥かに勝る大きさの…恐らく、2mほどの、氷が、無数に地面から生えていた。
「__女の方の子兎、名は?」
そんな本来ならばあり得ない光景に、男は全く驚かない。静かに、テルミネへと問いかけた。
テルミネもまた、男が驚かない事を気にせず。男を睨みつけ、そのまま、テイマーを抱きしめるのをやめ、庇うように前に出た。
「____私は、テルミネ。母の名前は、ソフィア。聞き覚えはあるでしょう?…貴方の、名前は?」
「…あぁ、聞き覚えはよぉく、あるとも。俺はロスター王国特殊部隊【グンター】所属。
部隊長、"ダンデス・グロッサム"。」
「…そう、ダンデス。覚えた。」
テルミネの顔は、ダンデスと名乗った男へ向けられる。睨み続けたまま、テルミネは、再び口を開く。
「テイマー、立ちなさい。走れるでしょう?逃げなさい。」
テイマーは、その言葉に声が出なかった。
足手まといなのはわかる、この状況の半分も理解できていないんだから。でも、でも。姉を置いて逃げることもできず、テイマーは首をゆるく、横に振った。
背後にいるから、そんな様子は見えないはず。それでも弟がどんな反応をするか予想がついていたのだろう、再び言葉を紡いだ。
「私はコイツの相手をしなきゃならない。
貴方を守れる、保証はない。
だからここから逃げて、振り返らずに全力で走りなさい。」
「本当は、話さなきゃいけないことが沢山あったの。
謝らなきゃいけないこともある。
でも、今はそれを話せるような状況じゃないから、許してね。」
…そう言えば、テルミネは振り返り。悲しそうに笑いながら、ボロボロの赤いマフラーを外して、テイマーの頭にぽすっとかけた。
「ごめんね。何にも教えてあげれなくて。貴方は、何があっても、生きてね。」
____愛してる。私と、アニマの、可愛い弟。
その言葉と同時に、ダンデスは地面を蹴る。
テイマーはそれに気づいて声を出そうとした。
ただ、それは声になる前に、姉の声に掻き消される。
「"
テルミネの背後に、氷でできた、牙のような、鋭いものが地面から突き上げる。
それはテルミネとテイマーを守るように、ダンデスを邪魔するように、高く、高く生えて。
「…行って。……ね?」
姉の、優しい声。テイマーは俯いて、表情が見えないまま、姉のマフラーをぎゅっ、と抱きしめて、氷を足場に、ぴょんぴょんと跳ねて、逃げていく。
段々と見えなくなっていく、その後ろ姿に、テルミネは安心して目を閉じる。
それと同時に背後からは、何かが砕ける音がする。
「___脆い氷だな。」
「___だぁれの氷が脆いってぇ!?!」
_________
"バキィン!!!"
"ドンッ!!!!"
破壊音が響き氷が壊れる。
そして、ダンデスの体に大きな衝撃が加わる。
「ッ…!?!!」
突然の事、予想外からの一撃。
真横へ吹っ飛び、氷へとぶつかったところで、新たな"白兎"に気がついた。
ダンデスの体への衝撃の正体は蹴り。
そして、そうして攻撃した存在は_____
「____っし!!姉貴!!!!無事か!?!??」
「……大丈夫!!ありがとう、アニマ!!任せたことは!?」
テイマーの兄。テルミネの弟の、アニマ。
「言われた通り、"他の集落に伝達した"!!!!
集落の奴等が丁度出てたからサインも送ったし、後は俺等が逃げるだけだ!!!!!!」
そのアニマの言葉に、ダンデスがふらりと向き直りながら大きな舌打ちをこぼす。
手をゴキッ、ゴキッ、と鳴らしながら、低い声で唸るように言う。
「………___報告より人数が少なかったのはそういうことか。
余計な事を…。」
「…。」
テルミネとアニマは並んで、ダンデスを見る。
アニマは、その冷たい瞳でダンデスを見つめて。テルミネは、手の平を出して、"手元に冷気を集中させる"。
「……お前たちだけでも、生け捕りにしよう。あぁ、そうだ、うん。それがいい。
もし誤って潰して、生け捕りが無理でも、仕方がない。」
「あぁ、そうだ。仕方がない。」
「___頑張ってくれよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。弟を逃がす為に、その身を賭して、俺を引き止めてくれ。」
「俺は、優しいからな。」
「_____お前らがすぐに死んだら。弟も、しっかりと送ってやる。」
「一人は、寂しい。そうだろう?」
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