前日譚4【崩壊】
__なにこれ。
今まで、動いていた足は動かない。
僕の眼の前に広がるのは、全面の赤だった。
壊れて燃える家、3日前に見た人と同じ姿をした多数の人に、黒い狼が彷徨いてて。…足元に転がる仲間だった人達。
中にはまだ、少し動いている人たちもいたけど、全員、ボロボロで、血塗れだった。
倒れている女の子は喉が噛みちぎられて、子供を守るみたいに抱きしめて動かなくて、戦えるはずの大人の男は、武器を手に苦しそうな顔のまま動けなくなっていた。
__にーちゃん、ねーちゃん。
すぐに、見える場所に二人はいないっていうのがわかった。なんで、って理由はないけど、直感でそう感じた。
ただ血生臭い、獣の解体している時と同じ匂いと、何かが焦げる匂いで鼻がやられて、朝に食べたものがこみ上げる。
ここで吐いちゃだめって思って、必死でなんとか飲み込んで、木の陰に隠れた。
___大丈夫、まだ、まだ……侵入者には場所がバレてない。
だったら、僕たち子供だけが知ってる"道"に向かおう。
この道は普段なら、出歩いたらだめだって言われた時に脱走する為に皆で見つけた道だった。子供達だけで、いっぱい頭をひねって、見つけ出した場所。
向かうまでに、冷静に考える。
広場が中心にあって、そこから、十時に道がある。集落の周りは低いけど柵で覆われてる。
本当なら十時にできた道それぞれに一つずつ出口があるんだけど、倉庫だとかがあるとこ、柵が壊れてる場所がある。
多分外の人が来たんだから、その道は知らない。大人達もきっとどうにか、逃げてくれてるはず。だから、どうか、みんな無事でいて。
お願い、神様。どうか、どうか_____
_____
____まぁ、けれど。
テイマーのしている祈りとは、微笑む神がいなければ意味がない。そして今、この血にまみれ、穢れてしまった、地獄のような土地から、神は背を向けている。
テイマーが祈った通り、みんなが助かる、なんてわけもなく。何とか集落に入り込んだテイマーが、広場を覗いた時見えたのは、彼の心を砕くだけであれば十分なものだった。
虐殺、強姦、略奪。
_____願いが、希望が、完全に壊れた瞬間だった。
広場に積み上がるは声無き骸。
随分と、良い趣味の者がいたのだろう。丸太で簡易的に作られた十字架に、磔にされた女衆。
手のひらを太い…釘かナニカで何本も打ち付けられて、磔にされながら、腹が切り裂かれている者、股の間に木の棒を何本も刺された者、体の一部を何かに噛み千切られたような跡が残る者。
様々な者が、いたが。その中には。先日、結婚をすると言っていた女もいた。
男衆は皆、その女達が磔となっている場所の前方の地面に倒れて。武器を手にした形跡はあるが、野生の小動物を相手に狩りしかしたことがない者の斧やら弓やらで、文明の利器に勝てるわけがない。
皆、無念だと。助けられなかったと、酷く悔いた顔をして、動かない。
黒焦げになった、人だった者も見える。
苦しい、苦しい。助けてほしい、と、恐らく叫んでいたのだろう。けれどそれはただの炭となり、もはやこちらは、誰かも識別はできない。
「(____)」
声はでない、何も考えられない。
脳がこの状況の理解を拒むが故に、テイマーは立ちすくみ、動くことができない。
ただ。テイマーが動かずとも時は過ぎるもの。時が過ぎれば、そこにいる兎に気づく者も出るもので。
「___生存者、1名。」
無機質な声と共に、ひょいっと首根っこを掴まれて、テイマーは持ち上げられた。
…掴んできた手は、酷く冷たい。全く温かみを感じられないソレに、テイマーはゾッと、嫌な感覚と、焦りを覚える。
「ッ、ひ…!?ゃ、や゛ッ!!!!はな、して!!はなして、よ!!!!!!」
悲鳴を上げて、テイマーはジタバタと暴れる。暴れようとも外れないその手に、テイマーはまた焦る。
そしてその声に反応を示さず、ソレは、広場の方へとテイマーを連れて歩き出す。
がっしりと掴まれているせいで、動けなかった。が、すぐに、テイマーは投げ出される。
「っ、い゛、たァ!!」
べしゃっ、と、地面に投げ出された事で、顔や体の所々に擦り傷ができる。擦り傷の他にも、誰のものかわからない血が、肉が、体に、服にべったりと、付着する。
___痛い、痛いッ!なに、なんで?どうして!!?
バレたこと、広場に連れてこられたことで、思考はブレる。青ざめて、動けなくなったテイマーに、影がかかった。視界にも、黒いブーツが入った。
ぱっ、と顔を上げれば。ガスマスクを付けた【人間】が、そこにいて。
「生き残り、か。」
冷たく、低く、鋭い声。降り注ぐその声に慈悲は欠片も見えず、無意識のうちに、テイマーの耳はぺたり、と垂れる。
___その人間、男の瞳は、美しい漆黒にもよく似て、けれど似ても似つかない、汚い泥色をしていた。…嫌なくらいに綺麗で、輝く黄金の髪は、周りの炎によってキラキラと輝いる。
その男の着た黒いコート、軍服のようなそれには、所々赤が付着していて。この悲劇を起こしたのは、この人物なのだと、すぐに理解した。
「__おい、子兎。」
びくり、とテイマーは肩を震わせる。慌てて這っていた体制から体を起こし、獣のような、四足歩行のような体制になりながら慌てて跳ねるように距離を取る。
「……あぁ。活きは良いようで結構。なに、そう警戒するな。」
「…けいかい、するな、って、いわれて、しないわけ、ない。」
なんとも、なんとも情けない、震えた声でテイマーは返す。けれど、段々とテイマーの頭は冴えてきた。冴えてきたと同時に、怒りを覚える。
「まぁそれはそうだ。
だが、お前は俺に従うしかないと、お前はわかるだろう?…その背丈の年齢にしては、頭が回りそうだしな。
今だって泣き叫ぶわけでもなく、怒鳴りつけるでもなく。俺を警戒して、出方を見ている。」
男の落ち着いた口調、今はそれすら苛つきを覚えるテイマーだが、確かに、男の言う通りだ。
悔しい事だが、今のテイマーには、この男に対抗できるほどの力はない。
それに自分より強い相手は、刺激しないべきだと、長年森で暮らしてきたテイマーには身に沁みてわかっている。
全部見透かされてる。手先からゆっくりと冷たくなるような、緊張感。そんな感覚に手のひらに爪を立てて強く握りしめて、必死に自分を落ち着かせる。
男はその様子を見れば、目を細める。
「……丁度いい。お前、俺と来い。」
片手を差し出してくる男に、テイマーは思考が止まった。けれどそんな様子も気にせず、男は言葉を続けた。
「丁度使えるペットを探していたところだ。子兎一匹持ち帰っても、そこまで支障はないだろう。」
「ぜったい、やだ。……ぼくは、おまえなんかと、いっしょに、いかない。」
即答。怯えていても、テイマーはしっかりと言葉を紡ぐ。
眼の前の男は目を細めたまま、わざとらしく大きなため息を吐き出す。テイマーはそのため息にビクッ、と震えた。
「……畜生と話すだけ無駄か?…いや、俺は慈悲深い。…あぁ、そうだ。お前に選択肢をやろう。」
パチン、と指を鳴らせば、男の隣に黒い歪みができる。
始めて見たそれ。テイマーがそれに意識を向けると同時に、その黒い歪みから、ぬらりと、黒い何かが落ちる。…黒いソレを、テイマーは凝視した。
ただ、それがナニか理解した時。テイマーの頭は、すぐに、真っ白なものへと変わった。
____白かった髪の毛は、血か、何かに汚れて。肌は焼け爛れたのか、焦げ茶色に変色し。…付けていた、テイマーとおそろいの赤いマフラーは、もう、ボロボロになっていて。
……それは。今朝、自分と話して、喧嘩して、別れた、姉だった。
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