本日のミンナは夢を見ない。
葛鷲つるぎ
第1話
ミンナは夢を見ない。
魔王を倒したが、それは目標であって将来の夢とは違う。眠っている間は気がついたら朝である。
少女の魂は複数の欠片でつなぎ合って出来ているが、そのすべてが夢を見ることはなかった。ミンナは皆でひとつであるが故に。たくさんある色も、混ぜれば一つの色になるように。
色とりどりの【夢が見られる薬】を並べながら、ミンナは自分がそんな体質であることに思いを馳せた。
今手にしている小瓶は美味しいご飯が食べられる薬だ。小麦色をしている。その前に並べた小瓶は青色で、夢も見ずにぐっすり眠った夢が見られる。一定の需要が見込めるようで、ほそぼそとだがミンナの安定収入に繋がっている。
薬のレシピ自体は手に入れようと思えば誰でも手に入れられるものだが、どれも材料に難がある。ミンナは魔王領を獲得したことで予定通りその問題を解消していた。
「使う気はないけど、使ったら、夢を見るのかねぇ」
ミンナ自身に需要は感じていない。夢を見る薬は一種のドラッグであり、幻覚を見ているに過ぎない。少女にはそういう感覚が根強かった。
色んな人間が居れば色んな需要があり、その用途に合わせて色を変えて小瓶が並ぶ。
その作業を、素材からきっちり自分で調達して行っているのはミンナ自身とはいえ、必要に迫られてのことだ。機械的な作業。実感は湧いていなかった。
「まあ、いっか」
ミンナは自分で適当に納得すると、淹れてから時間が経っている紅茶をすすった。眠気覚ましの薬草も足しているので、すーっとした香りが鼻腔をくすぐった。
その横で、ミンナを追っているはずの兵士らが慌ただしく通り過ぎていく。
本当に、しつこい。
ミンナは内心でつぶやいた。店頭に並べている小瓶が倒れて割れないよう、商品棚に追加で魔法をかける。
店の外見は、真実を見抜く極彩色の精霊眼を参考にして視界の暴力となっていたが、兵士らはそこに店があるとも思わないで走り回っている。
異質すぎて意識の外に追いやりたくなる人間の認識を利用した魔法で、一瞬でも面食らえばこっちのもである。誘蛾灯も兼ねているので、魔法薬を欲している客は自然と吸い寄られる。むろん兵士が客になることはない。
魔法薬の種類ばかり増えて量そのものはあまりないため、色んな客を呼び込めるようにしてはいるが、ミンナを追いかけ回す兵士に見つかるようなヘマをするつもりはなかった。
兵士らが王命により血眼で少女一人を探しているのは、ミンナが魔王領を目と鼻の先でかすめ取ったからだった。
王国が動いたせいで時間が足りなくなり、急ぎ魔王を倒したミンナだったが、そのやり方が三分で魔法の契約条件を達成することだった。
つまり三分で魔王を倒したのである。それを目撃していた町の人間から尾びれ背びれと噂がつき、今やミンナは王国の思惑とは裏腹に伝説の勇者としてブームを作っている。
ミンナが生まれた土地に存在していた王国に、世界中から人が集まりお金を落としていっているのだから、ミンナとしては魔王領を一足先に手に入れたのを差し引いても、色を付けてお釣りがくるのではないかと思っている。
魔王領の有効活用だって、ミンナの方が効率が良い自負がある。
しかし王国にも面子というものがある。大々的に魔王討伐軍を喧伝しておいて、手にするはずだった領地を小娘一人に奪われたとあっては、怒りの矛先が向くことは当然といえた。
だが、ミンナとて魔王領は必要だったのである。養母は人間よりずっと長生きするエルフで、住む土地に困ることが多い。
そういうことで魔王を倒したのは、養母が長く安定して暮らせる環境を提供するためであり、ミンナの夢ではなかった。魔法薬の店を開いているのも、生活のためであってミンナの夢ではない。
色鮮やかな将来の夢というものを、少女は持ち合わせていなかった。
一応、色々とそれを考えていくのが目下の予定となっているが、これも養母に言われてのことなので、やはりミンナの夢とは言いづらかった。
「いつか見つかるのかなぁ」
夢が叶ったら、それは景色が色鮮やかな人生となるらしいが。
色とりどりの小瓶を並べながら、ミンナは小首をかしげる。
しかし。やはり。
色んな夢は見ないが、宿題をやりたくない理由なら、無限に湧き出るのだった。
本日のミンナは夢を見ない。 葛鷲つるぎ @aves_kudzu
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