夜のいろ

金谷さとる

したいこと

 ネオンを送るのは慣れた。

 昔からよくわからない場所で野良生物と戯れている。そんな少女だった。

 帰り道がわからないという迷子案件にも何度も巻き込まれた。そのせいでか姉はあまりネオンを好きではないようだ。

 夕暮れがとっぷり暗くなるのはいつだって思わぬ素早さで。

「タイ君、ここどこかなぁ?」と見上げてくるネオンの瞳にほんのりと夕焼けの残り火がちらつくのだ。

 おじさんに頼んで近所の地図を予習していても地図上の目印と現実の目印の誤差と世界の明るさで帰り道がわからないこともしょっちゅうで姉に頼まれた親戚のお兄さんたちに見つけてもらうのがお約束だった。

 携帯端末でネオンのお兄さんに連絡を繋ぐ。

 内容は万が一にも合鍵案件がマジかどうかの確認である。

 お兄さんには笑って『注意しとく』と返事をもらった。

 おれも鍵のかけ忘れには気をつけないとなと反省するけどさ。

 最近はネオンと夕暮れを見ることは減ったなと思いながら街灯の灯りだけの暗い道を歩く。

 ネオンの住むあたりではあまり車の流れもなく、静かでごく稀に疲れた風の勤め人が歩いていたり酔っ払いがふらふらして民家の飼い犬に吠えられたりしているごく平和な日常。

 おれの新しいねぐら付近は少し眠るのが遅い。

 二十四時間経営のコンビニ。飲み屋にカラオケ。ラーメン屋。横のドラッグストアは二十五時まで営業中。

 あとまっすぐ帰りたくない塾帰りのたむろしやすいベンチゾーン。路地裏にたむろってダベってる連中の笑い声がたまに騒々しく響く。

 ライブハウスから出てきたクセの強いのが笑いながらベンチゾーンのひとつに向かっていく。そんないつもの光景。

「あ。タイ君おかえり」

 滑るように駐車した車から降りたにーさんがにこりと手を振る。

「今日はありがとう。またよろしく」

 運転手に軽く礼をしてのんびりと「帰ろうか」とおれの肩を叩く。

「うるさくするのもなんだけど、男の子でもあんまり遅くに出歩くのはどうだろうか?」

 心配をありがたく受け取って、ネオンに合鍵を渡していないかを確認する。

「渡すわけがないだろう。信用とそれは別。どこまでの心算でネオンちゃんとおつきあいしていてもネオンちゃんはまだ学生さんだしね」

 それに稼ぎもないでしょ。と言われてまぁ、俯いた。

 掃除は行き届いているが寒色系の雑居ビルの廊下。ヒビ割れた壁の修理のアト。隅っこだけ誰かの日曜大工なのか貼られたタイル。

 部屋の鍵も火元も注意するように繰り返された。

「調理器具も注意しとく方がいい?」

 無言で頭を振ったおれににーさんは笑ってたと思う。

 ネオンとどこまで付き合うかって。

 うん。

 あたりまえの前提として『ずっと』という言葉が浮かんでいたおれの思考はたぶん、ずいぶんネオンに感化されたお花畑だろうか。

 父は生活力がなく、ちょっと騙されやすい人で、姉はおれが同じ傾向があればよくないとずっと言い聞かせてきた。

 おれとしてもネオンを苦労させたい訳でなく、収入源確保は大事だと思っている。

 仕事したいってネオンは言ってるからおれはサポートメイン?

 ネオンの聞いてくる『タイ君のしたいこと』はいまだに思いつかないんだよな。

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