第23話 魔法の国の妖精王と妖精王妃

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    裏

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 時は遠く流れた。


 小ぶりなベッドには老婆が横たわっており、そのベッドの周りには三人の子供が寄り添っている。


 ベッドに半身を預けていたり、背筋を伸ばして椅子に座っていたり、老婆の色褪せぬ金色の髪を撫でたりと思い思いの行動をとりながらも、全員が老婆を労っているのがわかる。


 そのうちの一人がねだる。


「ねえ、お婆様。アニエスとフロノスのお話してよ」


 その言葉に。

 そばに寄り添う子供たちが全員、一瞬でワクワクとした顔に変わり、老婆の顔を見てくる。


「えー、またですわー? 仕方ないけど、いいですわー」


 言葉では少しうんざりしたような感じだが決してまんざらでもない感じで老婆は答える。顔も手もシワシワだが、それでも愛らしさをいまだに失う事のない老婆の小さな桜色の唇は子供たちの期待に応えるべく花開いた。

 

「この国には魔法の全く使えない無能な王女がいました」

「しかし幸運なことに王女には有能な側仕えがいました」

「ある日。側仕えが言いました」

「探偵事務所をはじめましょう。と」

「王女は答えました」

「うぃ。と」

「こうやって無能な王女は探偵になって国民を助ける事になりました。有能な側仕えは有能な助手になり、あらゆる事件を解決していき、数年で探偵事務所は有名になりました」

「王女はそんな助手が大好きです」

「助手も可愛い王女が大好きです」

「二人は助け合いながらドタバタと貴族平民の区別なく事件を解決していきます」

「そんな妖精探偵社。今日はそんな色々な事件の中からお話を一つ……」


 枕から流れるように、何十年経とうと色褪せぬ物語が老婆の口から語られる。

 本当にあった話なのか、老婆の作り話なのか。

 子供たちには判断はつかない。

 何せもう八十年以上も昔の話だ。

 それでもその話は子供の心を躍らせる。


 気づけばあっという間に話は終わり。


 老婆はいつもの言葉で話を締める。


「なぜか探偵と助手は最後に女王と王配になりましたとさ。めでたしめでたし」


 一気に語って、老婆はふうと一息ついた。


 周りを見るといつの間にか子供たちが全員ベッドの淵に寄りかかっていた。

 皆一様に満足げな顔をしている。

 そのうちの一人がベッドの淵に顎を乗せながら老婆に問いかける。


「ねえ、お婆様」


「なん、ですわ?」


「フロノスはどこにいるの?」


「そこにいるですわ」


 老婆は節くれだった指で自分の枕元の先を指差した。

 少年はその方向を見るが、ももちろん誰もいない。何もない。

 少年は怪訝な顔で辺りを見回す。もしやいるのかと目を凝らして見るがやはり何もない。


「え? いないよ。やめてよ、お婆様」


 プルプルと怯えた少年に、老婆は意味深かつ愛らしくにんまり笑うだけで応える事はない。


「んんー、無視しないでよう。フロノスはずっとアニエスのそばにいるって誓ったんでしょ?」


「誓ったですわー」


「でも、今はお婆様のそばにいないよ?」


「いるですわー。ほらそこにいるですわー」


 老婆は今度はベッドの足元を指差した。

 少年はまたそちらを見るが、やはり誰もいない。何もない。

 また騙されたと思い、ムウと頬を膨らませるが今度は老婆に何も言う事はない。


「アレク、やめなさいよ」


 そんな少年を少しだけ年長だろう少女が諌める。


「そうよ、アレク。貴方は無粋なのよ。お婆様がいるって言うんだからいるでいいのよ」


 それに同調して年長の少女とアレクと呼ばれた少年の間の年頃だろう少女が大人ぶって言う。


「うぃ。いるのですわー」


 ニコニコと老婆は同意する。


「ね、お婆様。いますよねー」


 ひとしきり女同士で、ねー。ねー。とやりあった所で、終了の合図とばかりに、年長の女子がポンと手のひらを鳴らした。


「さ、そろそろ私たちは勉強の時間ですね。お婆様、またお話聞かせてください」


「じゃあねー。お婆様、またねー」


「フロノス……いないよね? いるの? え? あ、答えないで。やめて……またくるね。お婆様」


「うぃ。いいですわー。またくるですわー」


 三人の少年少女はそれぞれ老婆に挨拶をし部屋を出ていった。

 老婆は扉に向けて別れの挨拶として小さく手を振った。



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「ククッ。すっかりと痴呆老人扱いだな、お嬢」


「仕方ないですわ、フロー。もう私の力ではフローを現界させていられないですわー」


 老婆は何もない空間へ一人語る。


「あの子供らが生まれる前には俺はもう精神体になっちまってたからな。あいつらは俺を知らない世代だな」


「そうですわー。フローをよく知っている人間はみんな死んだですわー」


 あの頃の王も王妃も。

 サラムもハリエットも。

 シルフィもノーマンも。

 ダルクも……。


 みんな死んだ。


 それを思い出すようにフロノスはつぶやく。


「物質ってのは儚いモンだな」


「うぃ。でもそれがいいんですわー。お菓子は食べたらなくなるけど、美味しさは消えないですわー」


 わかるようなわからないような。独特な解釈ではあるが。

 いつもの癖でフロノスはそれに同意する。


「ま、そうだな。お嬢もそろそろだぞ」


 老婆は衰弱していた。

 特に病気などではないが。

 肉体が活動する限界を迎えている。

 それをわかっているから少年少女は毎日この部屋を訪れている。


「うぃ。わかってるですわー。多分、このまま眠ったら終わるですわ」


 老婆もそれをわかっていた。


「ああ、そうだな。じゃあなお嬢。楽しかったぜ」


「うぃ、私もですわー。じゃばーいですわー」


 昔と変わらない。

 暢気な挨拶で。

 老婆はそのまま覚めない眠りについた。



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 次の瞬間。

 アニエスは目を開いた。


「よう、お嬢」


「にゃ! なんでフローがいるですわ!? 死んでないですわ? だましたですわ!?」


 一瞬前に感動的、かどうかは不明だが、歴とした別れを果たしたフロノスが眼前で微笑んでいる事に、アニエスは驚いて跳ね起きた。

 すわ。死に際の夢かと思い、フロノスの細面をペタペタと触りまくる。

 もちろん感触はある。

 長年触り慣れた頬と鼻梁と柔らかいくちびるだった。


 ただ一つ違うのはフロノスは虹色に輝いている事だった。


 アニエスは状況が飲みこめず、フロノスの頬をむぎゅうとしながら首をかしげた。

 そんなアニエスが落ち着くようにフロノスは金色のもふもふ髪を撫でる。

 頬をむぎゅうとされているから締まらない顔ではあるがそれでも効果はある。


「まあ、落ち着けよ、お嬢。お嬢は確かに死んだよ。安心しろ。ほれ、そこで元気に死んでるぜ」


 そう言ってフロノスが指し示した足元、その下では見覚えのある老婆が眠っていた。

 その周りにはさっきまで一緒にいた少年少女が泣いて縋っている。

 見覚えのある大人たちも涙を流し、鼻を啜っていた。


「ほんとですわ! 死んでるですわ! じゃあ、私はなんなん! ですわ!?」


 フロノスの頬から離した手をみれば若々しい。

 その手で触れた自分の頬にも皺一つない。

 まるであの頃のよう。


「魂、だな」


 あっさりと。

 核心的事実を。


「魂!? お化けなんてないさー! あるんかーい! ですわ?」


 今度は自分の頬を自分の両手でむぎゅうとしてみせる。


「お、おう。そうだな。ま、そういうんだな」


 随分と懐かしい話を持ってくるなとフロノスは呆れ顔。

 それを覚えているフロノスもどうかと思うが。


「ふーん。じゃあフローもお化けですわ?」


 アニエスもアニエスで。

 自分が死んだ事をあっさりと受け入れたらしい。

 じゃあ目の前のフロノスはなんなんだと疑問をそのまま口にする。


「お嬢は何言ってんだ? そもそも俺は妖精だぞ。精神体だ、死ぬも生きるもねえよ」


「ああ、そうだったですわ!」


 今思い出した。

 とばかりに手をポンと打つ。


「お嬢の今の状態も魂とは言ってるが、実際は精神体になってんだよ」


「私も妖精さんですわ?」


「ま、そんなモンだな」


「なんでですわ?」


 なんで自分が妖精になっているのか。

 と、そういう疑問である。


「なあ、お嬢。俺のお嬢への誓い覚えてるか?」


 フロノスはその疑問には答えず。

 質問には質問を。ハンムラビ方式で。

 なぜか少し照れくさそうに目を逸らしている。


「フローまで痴呆扱いですわ!? もちろん覚えてるですわ! 私が死ぬまでも、死んでからも守りたい。だからずっと側にいさせてほしい。って誓われたですわー」


「おう、それだ。守りに来たぞ」


 素っ気ない言葉だが。

 若干頬が染まっているように見える。


「うぃ?」


「だーかーら! 死んでからも、俺とお嬢はずっと一緒だって事だよ!」


「なるほど! わかったですわー! さてはさては! フローは死んでからも私とずっと一緒にいたいって事ですわ?」


「ああ、そう。そうだよ! いいか?」


 照れ臭さに開き直ったフロノス。

 アニエスの答えはもちろん決まっている。


「もちろん! いい、ですわー!」


 アニエスはフロノスに飛びつき、首に手を回し、頬に音を立てて口付けた。

 そんなアニエスのふわふわの金色髪をフロノスは懐かしそうに撫でる。


 しばらく再会を噛み締めるように抱き合う。

 慣れ親しんだくちづけを交わしていると。

 その内に二人の精神はどんどんと天高く昇っていった。

 空の上へ、雲の上へ、上がるだけ高度は上がり、ついに陽の光しかない所へ辿り着いて。


 止まる。


 目の前には橋がかかっていた。


 それは虹色。


 そこをフロノスとアニエスは歩き出した。


「今度は妖精の国で王と王妃にでもなろうか」


 フロノスがポツリと漏らした目標に。


「うぃ、いいですわー」


 アニエスはお気楽に応える。


 変わらぬ二人。


 フロノスは真っ直ぐ先を見つめる。

 アニエスがその進む先をビシッと指差す。


 きっとどこまでも二人なら行くだろう。



 この日。


 二人は虹の橋を渡った。


 長身で細身。黒一色のスーツに身を包んだ後ろ姿。

 金色でもふもふ。青と白のシンプルなワンピースに身を包んだ後ろ姿。


 あの頃。

 二人で街を見回っていた頃そのままに。



 アニエスは最期にローレライ魔法王国を振り返る。


 いたずらっぽく微笑み。


 小さくつぶやいた。


「なぜか探偵と助手は最後に妖精の国の王と王妃になりましたとさ」



 めでたしめでたし。


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魔法の国の無能探偵王女は有能助手と一緒に国と国民を護るのですわ 山門紳士 @sanmon_j

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