その「とりあえず」の積み重ね

CHOPI

その「とりあえず」の積み重ね

「とりあえず、生2つで!!」

 目の前に座る友人が、適当に入った居酒屋の店員に言う。それを受けた店員は『かしこまりましたー』と言うと、そのまま奥の方へと行ってしまう。

「……オレ、ビール飲めないんだけど」

「え、そうだっけ? ま、そしたら俺2つ飲むわ、なんか別の頼めよ」

 ドリンクメニューを手に取って眺める。飲みたいものは特になかった。ちょっとだけ罪悪感を覚えつつも、今日は飲まなくていいかなと思い、ソフドリを一瞥。コーラにしようかな、なんて思う。


「はい、お待たせしましたー、生2つです!」

「お、はやーい、どーも! 注文もしちゃっていいですか?」

「はい、大丈夫ですよー」

「そしたらー、枝豆とポテトサラダ、あとはーチャンジャと、たこわさ、唐揚げも!」

「あ、すいません。コーラも1つお願いします」

「はーい、かしこまりましたー! ご注文繰り返します――……」

 ビールを二つ運んできた店員さんは友人の怒涛の注文(コーラだけはオレだけど)を受けてもう一度奥の方へと消えていった。訪れたのは一瞬の静寂で、だけどすぐに『おっし! 乾杯だけしよう!』と友人にビールの片方を押し付けられる。押し付けられたビールに手を添えたところで『乾杯!』ともう一つのビールをぶつけられる。カツン、と子気味のいい音がして、友人は間髪入れずにビールを煽る。


「あー! しみるー!!」

「……お疲れ様」

「お前もだろー、お互い様ですよ」

「まぁ、うん」

 社会人になって数ヶ月。『息抜きに飲みに行こうぜ』と友人からメッセージが届いた。特段断る理由もなくてその誘いに乗って、日時を合わせて駅で待ち合わせた。『お疲れ、久しぶりー』と言いながら現れた友人は数ヶ月前の学生時代と全然変わらないくせに、数ヶ月着用したであろうスーツが友人を社会人へと変えているように見えた。


「仕事どう?」

「大変! まーじ大変!!ついて行くので必死!!」

 そう言うクセになんだか楽しそうな友人を羨ましく思った。

「そっちは?」

「……うん、まぁ。大変」

「だよなー!」

 同じ『大変』なのに、なんでこうも違うものに感じられるんだろうか。どうしたってオレは『大変』を楽しそうには言えなかった。


「お待たせしましたー!」

 その声と共にやってきた料理の数々(と、コーラ)。『うまそ、いただきまーす!』と言って嬉しそうにそれらに手を付けていく目の前の友人。負の方向に引っ張られかけたオレの思考を引き戻すには充分すぎるくらい幸せそうな顔をして、『うまー!』なんて言っている。


 ……本当は、しんどい、とか。この仕事、もうやめたい、とか。口をついて出てしまうかもしれない、飲み行くことを決めた時点でそう思ってた。だけど、いざ飲みに来たら、目の前の友人があまりに幸せそうに唐揚げを頬張っているから、『水を差すのも悪いな』なんて。


 ――とりあえず、この場は楽しく過ごせればいいかな


 コーラを啜りながら、ぼんやりとそう思った。

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