グレートバイオレンス

立談百景

大暴力

 暴力ってのは旅だ。だからあたしは暴力を振るう。

 人を殴るし、蹴るし、叩くし、潰す。それであたしは遠くまで行ける。

 暴力はあたしをいじめのない世界に連れて行ってくれたし、暴力はあたしを並ぶ者のいない静かな世界へ連れて行ってくれた。さらに暴力はあたしを次の暴力の世界へ連れて行ってくれる。

 日々暴力を求め彷徨うあたしその日、繁華街でフルスモークの黒いハイエースに連れ込まれそうになっていた一人のタッパのある眼鏡の女をたまたま見かけたから、今日の暴力ノルマとばかりにその女を連れて逃げて走って追いかけてくる男たちを狭い路地に誘い込んで一人ずつ歯を折って目を潰して持ってた金属警棒を奪って顔面をぐちゃぐちゃにして全員に土と血を味わわせてやる。

 これで追っかけてきたやつは全部か。女は電柱の下で怯えながらこちらを見ていたのであたしは手に付いた血を服で雑にぬぐってから女に手を差し出す。

「なんか全部ぶっ倒したけど良かった? こいつら何? 半グレ?」

 あたしの手を握り返し、女はおすおずと立ち上がる。

「あ、ありがと……ございます」

 か細すぎる声は、辛うじて聞き取れるかどうかというところだ。虫も殺さないような顔をした、大人しそうな女。現場から離れたカフェで事情を聞き出すと、さっきのは闇金どころではない半グレの金貸しの取り立てだったらしい。あーあー誰かの借金を背負わされた可哀想な女なんかなこいつはと思ったが、しかし違った。

「あの私……22億くらい借金があって……」

「は?」

 よくよく話を聞くと、なんかこいつ事業とホストとギャンブルとソシャゲで拵えた借金を踏み倒してるめちゃくちゃなクソだった。でも気に入った。

「じゃあんたといたら、また半グレなりなんなりの連中がやってくるわけだ」

「闇金にも借りてるから……ヤクザも……」

「抜かりないね。名前は?」

「……サヤ」

「あたしはキリ、よろしく」

 そんで私はサヤに降りかかる暴力からその身を守ってやることに決める。サヤがクズなほど暴力が集まるだろうという私の見立ては正しく、やはりサヤの周りには四六時中暴力の気配がある。こいつはとにかく方々に恨まれまくってるせいで行く先々で暴力が降りかかるし、私がそれを全て払いのけるとその暴力はまた新たな暴力を呼んできて暴力は雪だるま式に増えていく。

 借金取りをぶん殴ると大体後で仲間を連れてくるからあたしはそいつらをメリケンサックでぶん殴って顔面や額や手や腕や足の骨を折って動けなくする。警察に言えない事業の被害に遭った愉快な男女が血走ってきた目で襲いかかってくるのを丁寧に丁寧に殴って蹴って追い返す。

 暴力で大事なのは生かしておくことだ。暴力は生きたまま暴力を連れてくるのだから。

 だからあたしは目潰しもするし金的もするし腹を潰したり肛門を潰したり歯を全部折るし指も全部おるけど直接命に関わることだけはしないでおく。手負いの暴力が一番怖い。だからなるべく生かす。

「私、キリちゃんといたらダメになる……」

 サヤのクズさはどんどん極まっていって借金はもう倍どころじゃない額になってたしあらゆる訴訟をぶっちぎって偽名や整形や戸籍の闇売買もつかってたしサヤは息をするように人生の取り返しがつかなくなるようなことばかりしていて、やがてあたしたちの暴力性に目を付けた犯罪組織やテロ組織やらの資金提供も受けて公権力まで敵に回すようになってからあたしたちはどんどんどんどん遠くへ向かうことになる。

 サヤは宗教の偽教祖からテロリストの思想の焚きつけ役にされて周りにはいろんな人が集まってきて攫われかけたり殺されかけたりしたけど全部私がそれを追い返す。あたしは変わらず人の命はなるべく奪わないよう腕や足や耳や鼻を切ったり削いだりして追い返していてたからサヤを標的にする人間は変わらず連鎖的に増えたし、サヤを隠れ蓑にしていたテロ組織も次第にその存在を持て余して暗殺なんかを企てるがやはり私はれを許さない。

 しかしそれまでにサヤが組織の顔役になって適当なn枚舌外交で培ってしまった人脈は独裁国家に禁輸されているはずの化学物質を送り込んだり宗教対立の激しい地域の紛争を焚きつけたりと世界は結構大変なことになってきてわやわやしていが、しかしサヤは変わらずサヤのままだ。

 サヤがあまりに真っ直ぐのクズだから、あたしはなんか血迷って「世界が敵に回っても、あたしはあんたの破滅には必ず最後まで付き合うよ」なんて言ってしまう。そんでサヤも満更じゃなかったらしく「みててねキリちゃん。最高の破滅を用意するから」なんて言って綺麗に笑う。

 あたしはいつの間にかその綺麗な笑顔を守りたくて、人の首をへし折り、頭蓋を叩き割り、ハンマーで椅子に縛り付けた人間を延々と打撲する拷問を繰り返しながらサヤに微笑み返すことができる。

 そして「ついにやったよ、キリちゃん! 最高の破滅の準備が整ったよ!」とサヤが話す頃にはサヤはアフリカ大陸の独裁国家の一つを裏で牛耳って中東の国家と宇宙開発を進めて研究用とは名ばかりの核弾頭搭載衛星を何十機も衛星軌道上に準備して世界のどこでもすぐに狙えるようにしていた。

 で、その情報をいろんな大国にリークして亡命したのだ。

 空に大量の核兵器が浮かんでいることで世界は大パニックになりサヤは世界中から狙われる存在になりあたしはやはりサヤを狙ってくる様々な暴力に対処していたしサヤを守って世界中を飛び回る。暗殺者も殺し屋も警察も軍隊も暴徒も一般人も全てが全てサヤの敵になる。

「これでもう、誰も私たちを助けてはくれないね」とサヤは笑う。

 サヤは約束を守った。

 次は私の番だ。

 サヤが最後に用意していたのは宇宙船みたいなゴンドラのついたヘリウム式の気球で、人間を成層圏の近くまで運ぶことが出来るらしい。

 あたしたちはゴンドラに乗って空を目指す。ゆっくりと上がる気球の中であたしたちは他愛もない時を過ごしていたけど、高度が3000メートルを超えてプレッシャースーツと酸素ボンベを装着したところで「キリちゃんはいつの間に私のことを好きになってたの?」なんてサヤが聞いてきて、あたしは面食らう。

「なにそれ?」

「え、私のこと好きって……あれ、言ってない?」

「言ってないよ。人に好きって言ったことない」

「あれー? そうか、言われた気がしてた」

「……あ、たとえ世界が敵に回っても、とは言った」

「それかも。運命とか言われたし」

「まあ、そう……ね。うん。あんたのこと好きだし」

「ふ、やっぱ好きなんじゃん。……で、いつから?」

「いつからも何も――最初の日からだよ」

 更に高度が上がり、窓の外は宇宙然とした景色になる。地球は水平線でなくなり、濃い青と、暗い空の境目が見える。

 ――そろそろだ。

 あたしたちは立ち上がって、ゴンドラの扉を開けた。

 高度数万メートル。目も眩まないほどの高さ。

 私たちはいまから、ここを飛び降りる。

 サヤは巡航ミサイル追尾用のビーコンのスイッチを入れた。ミサイルの発射ボタンならさっき二人で押したところだ。間もなくミサイルがあたしたちを追いかけてくる。

 核弾頭という圧倒的な暴力が、あたしたちを終わらせてくれる。

 あたしたちは顔を見合わせ、手を繋ぎ、それをダクトテープでぐるぐる巻きにした。最後のそれまで、離ればなれにならないように。

 そしてあたしたちは、ビーコンの無機質なぴーーんぴーーんというリズムに合わせて、ゴンドラから倒れるように空へ飛び出した。

 意識が遠のくような速度の自由落下。お互いの顔さえもう見えない。

 凍えるような風を受け、遠くから巡航ミサイルが飛んでくる。

 すげえよサヤ、最高だ。

 サヤは最後、世界に終わりのない混沌をもたらした。

 生まれ変わってもまたあたしが暴力に出会えるようにしたと、そんなロマンチックなことを言っていた。

 ああ、素晴らしい。

 全ての暴力に祝福を!

 目の前に迫る核弾頭が、あたしにはただただ、待ち遠しかった。

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