ゲーム世界に転移したヒロインが固有ステータス『JK(現役)』のぶっ壊れ高スペックを頼りにのらりくらりと生き抜く話のプロローグ(続かない)。

龍宝

プロローグ(仮)




 数年前に蒸発した父親の口癖は「ゲームばかりするな」だった。

 そのうちゲームの中に連れてかれるぞ、なんて言って笑っていたのは、今考えれば遊びがちな小学生の娘に対するを兼ねた何かだったのだろうが、当時の私にとっては年端のいかない子供を怖がらせようとするデリカシーのない野卑な大人の嫌がらせでしかなかった。あれだ、〝もったいないおばけ〟とか、そういう手合いのやつ。


 ――なんて、どうしてそんなくだらないことを思い出したかといえば、マジでおばけが出たから、としか言いようがない。〝ゲームばかりするなおばけ〟ってやつが……。


「――見れば見るほど、そっくりそのまま。参ったね、どうも」


 見覚えのある街並みを眺めながら歩くこと数十分。

 そろそろ現実逃避するのをあきらめて、事態を受け入れるべき頃合いだろう。私――この世界風に名乗るなら、ユーナで通すべきだろうか――は、どうやらさっきまで遊んでいたファンタジーゲームの世界に引っ張り込まれたらしい。

 といっても、実際にゲームの世界に入り込んだのか、あるいはゲームの世界にそっくりな、同様のシステムで動いている異世界に紛れ込んだのかは、いまひとつ分からない。

 試しに〝メニュー画面〟を開いてみれば、正面の空間に半透明なボードが展開された。正確には、開こうと思っただけだ。私は声に出してすらいなかった。どういう原理かは知らないが、まァゲームでは定番のことにケチをつけても始まらない。そういうものだ。


「なになに……名前はユーナ。ステータスは――『JK(現役)』ぃ? 何だそりゃ」


 ふざけた内容に目を疑った。

 そりゃ確かに私は高校一年生だ。故郷ではね。ここが夢の中なんてくだらないオチじゃない限り、この世界ではただのイレギュラー、不法移民、闖入者、そんなところでしかない。ステータス名が、「JK」だって? プレイ時間に自信があるようなヘビーゲーマーってわけじゃないが、それなりに遊んでいた作品だ。知っている範囲内でこのゲームにそんな設定はなかった。バグかなにかにしても、あんまりなネーミングだろう。……私の身に起きていること自体が、バグみたいなもんだってのは言いっこなしで。


「――おいおい嬢ちゃん。珍しい格好してんなァ。こんなところにひとりでいるなんて。襲ってくれって言ってるようなもんだぜい」


 制服姿でベンチに腰掛けている私の前に現れたひとりの男。

 見覚えのある安っぽいつらとセリフだ。いわゆるチュートリアルのために用意されたイベントキャラで、戦闘システムを私が身体で覚えられるよう、この直後に襲い掛かってくるはずの男だ。……そう、戦闘チュートリアル。


「ってなわけで抵抗するな! 大人しくついてこい!」


 腰から刃物を抜いて近寄ってきた男に、呆れと驚きが半々といった感じ。

 ゲームならおっかなびっくり操作するまでだが、あいにくと今は生身で、この世界はおそろしくリアルだ。黙って連行されても良いことはひとつもないだろうし、できれば抵抗したいところではある。問題は、私の戦歴が中学二年生を最後に更新されていないことだ。あの時地元の高校生を相手に白星を上げたのが私のささやかな誇りのひとつだとしても、結局は素人の少女、治安最悪のファンタジー世界の住人を相手にどう立ち向かえるというのか。


「――落ち着け、ユーナ! 今は武器がないから、素手で反撃するんだ!」

「だれっ⁉」


 いつからそこにいたのか、いきなり横合いから声を掛けてきたのは空中にふわふわと浮かぶ犬のようなマスコットだった。

 ゲームでは最初の画面で選択する、いわゆる相棒、助手役、チュートリアル進行キャラだ。どさくさにまぎれてめちゃくちゃ言ってる。

 だがまァ、それしかない。中学とは体重も腕の長さリーチも成長したJKのパンチを見舞ってやろうじゃんか。


「この、大人しくしろってあああああァァァァァァァァ……⁉」


 これは驚き。男はどういうわけか放物線を描いてぶっ飛んでいった。

 いや、私がぶん殴ったんだけど、そんなことある?


「さすがユーナ! 『JK(現役)』の固有ステータスは、あらゆるスペックがMAX+になる追加能力アビリティが付与されるんだ! 賢人いわく〝人生で最強の時期だから〟らしいよ! よくわかんないね!」


 ぶっ飛んだ設定だ。

 隠しステータスとかいうやつにしても、中々の悪ふざけだろう。ゲーム制作者の女子高生に対する歪んだ偏見というか執着を感じる。


 チュートリアルが一撃で終わってしまった。これからどうすればいいのか、途方に暮れて立ち尽くしていると、視界の隅にメッセージ・ウィンドウが軽快な音と共に現れた。


「ランダムイベント『とりあえず、仲間を探しにいこう!』が解放されたぞ! 初心者の内は、冒険の方針で迷ったら『とりあえず』関連のイベント・シリーズをクリアしてみるのがいいぞ!」


 消える様子のないマスコット犬が、わくわくした感じでアドバイスしてくる。

 なるほど、そいつは名案だ。これも元のゲームではなかった要素だが、察するにチュートリアルの延長みたいなノリで設定されたものなんだろう。いつ元の世界に戻れるか――本当に戻れるかも分からない現状では、相棒の助言に従ってこちらの世界に馴染んでいくのが当面の目標といっていいかもしれない。


「……分かった。それじゃ、とりあえず町の食堂に行こう」


 あそこの看板娘は、私のお気に入りだった。

 歩き出した私の傍を離れず、相棒がふわふわと浮いて付いてくる。

 そうだ、この子の名前も考えなきゃな。








 ……今思ったんだけど。


 このステータス、有効期限が三年間ってことは…………さすがにないか。




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