失恋した彼女を慰めようとしたら失敗して自分も失恋しそうです

藤瀬京祥

失恋した彼女を慰めようとしたら失敗して自分も失恋しそうです

「トリあえず、俺たち、付き合っちゃわない?」


 言ったタイミングも最悪だったけれど、言った言葉も最悪である。

 いくらなんでも 「トリあえず」 はないだろう。

 けれどそれに気がついたのは言ったあと。

 まさに後悔先に立たず、覆水盆に返らずである。


(俺の馬鹿ー!)

(なんなの、こいつ!)


 当然言われたほうも驚き桃の木山椒の木。

 止めどなく溢れていた涙は一瞬で止まり、表情が強ばる。

 それこそ今の今まで涙で濡れていた瞳で瀧尾たきおを見ると、彼は明らかに動揺していた。

 おそらく自分の言葉を、今さらながらに後悔しているのだろう。

 それがありありと皆川みながわの目にも見て取れた。


「あんた、馬鹿なの?」


 そんな辛辣かつストレートな言葉が皆川の口から吐き出されると、瀧尾の後悔も最高潮に達する。

 心の中では即座に (はい、馬鹿です!) と答えるも、実際に口から出てくるのは 「いや、そ、その、だから……」 と言葉にならない音の羅列。

 ついでに変な汗が止まらない。


 瀧尾はずっと皆川のことが好きだった。

 でもなにも言えず、ただのクラスメイトとして振る舞ってきた。

 何度も告白しようと思ったけれど、振られたらこれまでの関係が終わってしまう。

 友だちですらいられなくなると思うと怖くて出来なかった。

 だから皆川に好きな相手が出来てもなにも言えなかった。

 友だちと一緒に好きな男の話で盛り上がる皆川の姿を、ずっと目で追っていた。


 仲のいい友だちからは 「お前、キモい」 とか 「ストーカー」 とか、ずいぶんな言葉でからかわれた。

 挙げ句には 「いい加減告ってすっきり振られろ」 とまで言われたけれど、瀧尾は自分の気持ちに蓋をした。

 そこまで我慢して皆川と友だちでいようとしていたのに、チャラ男感全開で最低最悪な告白をしてしまったのである。

 いや、告白ですらないかもしれない。

 ただのナンパかもしれない。

 いずれにしても瀧尾の気持ちが皆川に伝わったとは思えない。

 少なくとも瀧尾はそう思い、泣きたくなった。

 これまでなんのために我慢してきたのかと……。


(終わった……)


 これまでの我慢が全て水泡に帰し、瀧尾の人生が終わる……ならよかったのだが、終わらない。

 終われるはずもなく、むしろここから第二章の始まりである。

 こい破れて山河あり……という言葉はないが、人生とは失敗してからも続くのである。

 そしてそこには友がいる。


 たぶん……


 一年上の先輩に皆川が告白したことも、振られたことも、なんとなく瀧尾は知っていた。

 振られて泣く彼女を、仲のいい友だちが慰めるのを見ていたから。

 そうして自分の無力さを噛みしめていたのだが、偶然彼女が一人、非常階段で泣いているところを見掛けた。

 そのままそっとしておこうと思い通り過ぎようとしたところ、おそらく皆川を探しに来たのだろう。

 彼女と仲のいい友だち二人がいきなり背後から声を掛けてきたのである。


「瀧尾、あとは頼んだ」

「よろしく」


 あとも先もないだろうと思う瀧尾に、こっそりとそう言った彼女たちはそそくさと立ち去ってしまった。

 そこで仕方なく皆川に声を掛けた瀧尾だったが、その第一声がよりによってこれである。


「トリあえず、俺たち、付き合っちゃわない?」


 同じ振られるにしても、もう少しましな振られ方をしたかったという後悔ももう遅い。

 さらには皆川が、そんな瀧尾の内心をえぐってくる。


「瀧尾って、そんなチャラ男キャラだっけ?」

「違うけど……」

「違うよね?」

「だから違うって……」


 皆川の責めるような問いの繰り返しに、責められる瀧尾は歯切れ悪く否定を繰り返す。


「なんなの、いきなり?」

「いや、その……悪かったと思ってる」

「なにをどうしたらそうなるの?」

「それは……俺が聞きたい」


 瀧のように涙を流す瀧尾の内心など露知らず、皆川は続けてくる。


「いきなりチャラ男キャラで来るから一瞬で涙引っ込んだんだけど」

「そりゃよかった」

「いいことなの?」

「え? いや、悪く……はない、よな?」

「そう?」


 この不毛な会話に納得出来ない様子の皆川だが、瀧尾はさらなる追及には返事をせず。

 ほんの少しのあいだだが黙り込み、それからぽつりぽつりと、照れながらも話す。


「その……俺は、皆川、笑ってるほうがいいと、思う」


 今度は皆川が黙り込むと、二人のあいだに気まずい沈黙が流れる。

 それを破ったのは皆川のほうである。


「よし、わかった!

 来週返事する!」

「……………………え?」


 顔を真っ赤にして皆川は宣言するが、これまたあまりに唐突で瀧尾の理解が追いつかない。

 追いつかなさすぎて、間の抜けた顔をして気の抜けた声を出してしまう。


「だーかーらっ! 返事は来週!」

「……ちょ……待って! 待って待って!

 返事って……」


 ようやく理解が追いついて慌てる瀧尾の顔も赤くなり、気まずい空気に再び沈黙が訪れる。

 二人ともが耐えきれなくなる前に、今度は瀧尾がその沈黙を破る。


「待って!」

「なに?」

「その……だから……と……トリあえず一週間後、仕切り直させて」

「だーかーらー! トリあえずってなによっ?

 しかも仕切り直しってなにっ?」

「ごめん! その、だから、さっ、と、トリあえず仕切り直させて!」


 トリあえずなにか言わなければ……と焦って口から出た言葉が思わぬ話に発展し、もう後戻り出来ない事態に。

 だがこのままでは皆川の返事も知れているというもの。

 それならばせめてもう少し格好をつけたいと仕切り直しを懇願する瀧尾だが、焦るあまり繰り返し使ってしまう言葉に気がつかない。


「トリあえずって言うなーっ!!」


 果たして瀧尾の恋の行方は……             ー了ー

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