第6話
「君はもうトリに出会ってるんだ」
彼の言葉の意味がわからずきょとんとする俺はさぞかし間抜けな顔をしていたことだろう。井上さんは慈愛に満ちた眼差しで話を続けた。
「雲影タワーに
「そんな……」
「運命を変えると聞いて好転するとばかり思っていたんじゃないかい? 君だけじゃない、多分殆どの人が勝手にそう思い込むのさ。だけど実際そんな都合のいいことは起こらないよ」
俺の最後の希望は打ち砕かれた。俺はどうにか立ち上がり、井上さんに頭を下げた。店を出ようとする俺を井上さんの言葉が引き留めた。
「俺も大トリ食らったクチなんだよ」
「え?」
振り向いた俺の目に井上さんのいたずらっぽい笑顔が映った。
「最後に俺の話も聞いていかないか?」
俺は好奇心に負けて椅子に戻った。井上さんはビールで喉を湿らすとこれまでの彼の生き様を話してくれた。
「俺はさ、若い頃からずっと純文学系の作品を書いてたんだよ。で、書いては賞に応募して撃沈を繰り返してた。そのうち俺には才能なんかないと思えてね、それでも諦めきれなくてここに来たんだ。ここなら少なくとも読者はいるからね。その辺は君もわかるだろ?」
俺はこくりと頷いた。
「読者がいるっていいもんだよな。感想をもらうとやる気が湧くんだ。俺はここで書きまくったよ。ここはコンテストがたくさんあるから応募しまくった……けど、ひとっつも通らなかったんだよ。そのくせ力もないのにフォロワーが多いだけで中間選考を通過する奴らがたくさんいたんだ。俺は腹が立って運営に噛み付いた。それだけじゃ気が済まなくてそういう作家連中に作品のダメ出しを繰り返したんだ。そしたらトリが来て大トリを迎えた。こんなところこっちから願い下げだって飛び出したよ」
「え、でも、じゃあ、何で戻ってきたんですか」
「うーん、恥ずかしい話だけどさ、俺のは八つ当たりだったってわかったんだよ。実は、ここを出て人気投票関係なしのガチのサイトに行って同じように投稿したんだよ。フォロワー数が関係なければ俺は評価されるはずだって思い込んでてね。ところがどこへ行っても結果は同じ。読者のコメントがどれだけ良くてもプロには認めてもらえなかった。情けなかったねえ、あの時は」
井上さんは首を振りながら苦笑いをした。
「俺は覚夜夢のことが気になって、外からそっと覗いたんだ。そうしたら俺がこき下ろした作家のうちの何人かが外部のコンテストで賞を貰ってた。俺がそう思いたかっただけでただのフォロワーが多い書き手じゃなかったんだよな。それに、フォロワーが極端に少ないコンテスト受賞者が多いこともわかった。彼らは友だち作りなんか眼中になくて、ただひたすら書いてるんだとわかった。彼らの前じゃ俺の覚悟なんて薄っぺらいもんだって気づいたんだよ。俺は不愉快な思いをさせた人たちに謝るために戻ってきた。でも、それ以上に書きたくて読んでほしくて戻ってきたんだ。やっぱり俺は書くことが好きだってわかったからね」
「井上さん、俺、俺……」
両手で顔を覆い突っ伏した俺の背に温かい手が触れた。
「大丈夫、人はいくらでもやり直せる。だけどね、自分を変えられるのは自分だけ、誰かが変えてくれると思っている間は何も変わらないよ。それだけは忘れないでね」
帰る俺を井上さんが見送りに出てくれた。今夜も雲影タワーは仄かに光を放っている。すると、最初の夜と同じように何かがタワーの周りを回っているのが見えた。
「井上さん、あれは」
俺が指差す方を見上げて井上さんが目を細めた。
「あれは本物の
「本物がいるんですね」
「ああ、でも近くで見た者はいないから本当のところはわからないけどね」
「そう言えば、この間は町が光ったり爆発音のようなものが聞こえましたけど、あれは」
「ああ、大トリを迎えた家の住人が居座っている時の強制退去だよ。もちろん命を取るわけじゃない。ただ、もうそこでは生活できなくなるけどね。今夜は静かでいい夜だ」
「そうですね」
俺たちは暫く黙って
「井上さん、俺、雲影タワー行って弁明書書いてきます」
井上さんが俺の顔を嬉しそうに見た。
「そっか、わかった。頑張って」
「はい、頑張ります」
俺達はグータッチをして別れた。タワーへの道を歩きながら、久しぶりに今夜はぐっすり眠れそうだと俺は思った。
【KAC20246】伝説のトリ いとうみこと @Ito-Mikoto
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