【KAC20246】少子化対策専用バイオ端末F【トリあえず】

あんどこいぢ

トリあえず

 もう十年弱使っているスマホなのに、そのプロジェクション機能は申し分なく作動している。

 画像が投射された壁もまた、レトロ調木造モルタル風の建物の外観を承け、粗目だ。にも拘らず、五×五、総勢二十五人並んだ女たちの笑顔にまったくゆがみはなかった。


 だが、今年一月五十代後半に突入した木暮耕作は、不貞腐れた少年のようにチェッと舌を鳴らした。


「去年とあまり変わり映えしねえなァ、フリント船長?」


 名を呼ばれたフリント船長は胸などが水色のセキセイインコだ。無論、ネーミングの由来は『宝島』登場のオウムのフリント船長──。海賊、太西洋、絶海の孤島──。子供時代、脚の障害のためいじめられっ子だった耕作は、逆にそういった男っぽい世界に憧れた。片足のシルバー船長に当時の自分を投影したりもしただろうか? ただし、いまにみていろ、といった気概などない、完全な現実逃避だった。


 そんな彼が見ているのは少子化対策専用バイオ端末F、──頭にロボット工学三原則を遵守するためのチップを埋め込まれている以外、基本ヒトクローンの、〝アンドロイド〟たちのリストだった。

 半世紀弱続く与党政権が異次元の少子化対策として希望単身者全員に支給する生殖可能なアンドロイドたちのうちのF型、すなわち、フィメイル型の〝女たち〟だ。


「相模与野市ってやっぱ、こういうとこがなってねえよな。東京都内じゃ毎年半数、ニューモデルに入れ替えだってよ?」

 などとセキセイインコに愚痴ったところで、彼が応えるわけがなかった。同種でもまれに言葉を覚えるものもいるというが、問題の小鳥は幾ら肩に載せてもすぐズリ落ちてしまう〝ダメな子〟で、いまは胡坐を掻いた主人の股の穴に嵌まってしまっている。

 けれど耕作は、去年支給されたバイオ端末を僅か一年弱で〝チェンジ〟してしまった。さっさと妊娠させたうえ、未来子供センターへと送ってしまったのだ。加えていえば一昨年のそれについてもそうだ。小鳥以外話し相手がいないのは当然といえば当然だった。

 そしていま、この瞬間、新しいそれを物色中なのである。上記政策に反対の者たちからすれば、否、おおむね賛成の者たちであっても、彼のような〝受給者〟の存在は大問題だ。


「オッ? タマちゃんの答弁、始まったか」


 バイオ端末たちの顔写真と簡単なプロフィール──。枠が赤くなっているそれをさらにタップすると、当該対象だけの画面になり、詳しいデータや全身像が映しだされる。だが彼は彼女たちのチェックを中止し、スマホの画面を国会中継に切り替えた。


 当然壁の画像も切り替わる。


 なかば瞳を潤ませるような表情で答弁に立っているのは、与党が内閣改造後この問題の矢面に立たせている元ニュースキャスターの女性議員、三上珠希である。


『ええ、あの、バイオ端末を短期間で取っ替え引っ替えする男性がいるという御指摘でしたが、それら端末は正常な妊娠を確認したうえ、未来子供センターに引き取っているものでして……』

 空かさずヤジが飛ぶ。『生ませっ放しかッ』というヤジくらいはまぁ仕方ないとして、『姦り逃げじゃないかッ』などという声まで複数聴かれるのは、選良たちの熟議の場の音声としては、いかがなものだろうか? 三上議員が必死に語を継ぐ。

『……次世代育成という政策課題に照らせば、そうした方々はむしろ本政策への貢献者ともいえるわけでして、引き続き子作りに励んでいただくことで本政策の政策目標達成へ向け御協力いただけるということは、担当大臣として、本当に心強い限りといった次第でして……』

 彼女はもはや半泣き状態だ。しかし耕作は、壁に映ったその画面を見て逆にヘラヘラ笑っているのだ。


「そうそう、俺ァ少子化対策の優秀な貢献者なんだぜ、なあ? フリント船長? 我が御同輩諸君のなかにゃ、一年で三体、チェンジした奴がいるっていうぜ? 相模与野市ももうちょっとモデルチェンジ頑張ってくれりゃあ、俺だってそれぐらい頑張っちゃうんだけどなーッ。それにしても小泉ちゃんも、ずいぶんエゲツないことするねえッ。今度の少子化対策担当大臣に女性議員宛ててくるなんてなあっ。でもこの人事もSDGsにゃ貢献してるんだよなーっ。それに女性議員が少子化対策担当大臣って、理屈としちゃあいかにもって感じだよなーッ」

 と、耕作がとりあえず褒めているのは、現在の内閣総理大臣である。


 またさらにとりあえず、画面半分をバイオ端末選択画面に戻すと今度は単体画面を数秒ごとのスライドショーにし、またまたさらに、


「とりあえずこのコ、かなッ?」


 といいつつ画面をタップ! 全画面化した当該端末単体外面はシースルー状態で、三上議員が眼尻の涙を拭う画面と見事にシンクロした。


 数分後──。


 畳のうえに放置したスマホが、プルンプルンという着信音を鳴らし、それをつついていたフリント船長がギッと鳴いて飛びあがった。とはいえ彼は、飛び方を忘れた哀しい鳥である。三十センチ弱──。舞いあがったのは僅かその程度だ。


 木造モルタル風アパートの一室──。脳内埋め込みチップ型ウエブ端末が一般的になった現在も、耕作は板状のスマホを使っている。


『だってなァ、フリント船長……。三原則遵守チップを埋め込まれたクローンベースのロボットがで始めた頃、再犯防止チップ埋め込まれた犯罪者たちとの関係はどうなるんだ? なんて議論もあったんだぜ? 俺一応、書類送検まではいっちゃってっからなぁ。いじめにいじめ抜かれた末の犯行で、いきなり眼、狙ったからなー。子供の喧嘩にしてはなんとも悪質だ、なんていわれちゃってさー。俺脚悪くって喧嘩だって弱かったから、当然避けられて返り討ちの倍返し──。結果的に怪我してんの、俺のほうだけだったんだけどなーッ。でも俺、そういう過去あっから、脳内埋め込みチップ、ほかのひとたちより不信感なのよっ。だから社会人マナーチップなんてのも入ってねーってわけ、……って、オッ? バイオ姐ちゃん到着、一週間もかかっちゃうんだってよ。やっぱダメだなーッ、相模与野市って……』


 一週間、彼のスマホが、エロゲー専用機と化したことはいうまでもない。監禁飼育モノのゲームを一〇ゲームもクリアしてしまったのだが、ロボット愛護法的条例もあるので、それが彼のいう〝姐ちゃん〟との新生活の予行演習にならなかった点が、なんとも残念だ。


 そして……。


 未だ〝自然人童貞〟の耕作も、バイオ端末受け入れ三体目ともなれば、図々しいものだ。


 自律郵便として相模与野市次世代計画センターから歩いてやってきた〝女性〟を労うどころか、玄関にもでずスマホのマイクに向け「開いてるよッ、勝手に入ってッ──」と怒鳴っただけで、先のエロゲーの残りをプレイし続ける。古風な外見だが一応スマートルームなので、主人が勝手に入ってといった時点でロックは解除されている。


 が、ドアが開くカチャッという音のあと、その〝来訪者〟はまずそうした点について苦言を呈した。

「不用心ですよ、木暮様──。一応誰なのかの確認ぐらいはしないと──」

 耕作は振り向きもしない。

「五月蠅いなーッ。お前なんかとっとと孕ませてニューモデルにチェンジだ。三ヶ月先にゃァ相模与野市だって、姐ちゃんたちのリスト、更新してんだろッ。俺も三ヶ月で端末チェンジの猛者たちの仲間入りってわけだ。いままでは年金払ってねえだとか税金払ってねえだとかいわれ、消費税なら払ってんぜなんていってかえってブン殴られたりしてたんだが、この次からはもう三人もガキ作って、ちゃんと少子化対策に貢献してらァっていってやらァッ」


 バイオ端末は全然メゲない。


「素晴らしいですっ、木暮様! 私たちは何よりもまず、私たち一体一体に依存して欲しくないのです。ですからミスマッチを感じたら、なん度でも交換してくださっていいのです。まして木暮様にはお子様までいただいたうえ、交換していただいています。前任の二体もきっと、感謝しているはずです。ではありますが、木暮様、私自身を三ヶ月で妊娠させ、交換するという点に関しては、失礼ながら二点ほど、意見させていただきます。あまり早い時期での交換は、私たち一体一体への依存ではないにしても、このシステム全体への依存になってしまっている可能性があります。また私自身にお子様をいただける点は本当に感謝の極みなのですが、できれば私たち、木暮様には、私たち以外の、人間の女性とのあいだにお子様を作っていただきたいのです。といいますのが私たちのためゲノムの使用を許可してくださる方はまだまだ少なく、私たちの子供たちだけでは将来のこの国の子供たちの遺伝的多様性に関し、不安が残ります。そして三ヶ月という短期間の御利用では、私たちとのやり取りを通じての異性との接し方の習得の面で、不十分な点がどうしても残ってしまうのです。というわけで私としては、できれば三年間、お時間をいただきたいのですが……」


 滔々と話すバイオ端末がなぜか突然、いい澱むような気配を見せたので、耕作は思わず振り返ってしまった。


 すると彼女は、なぜか満面の笑顔である。


「わあああっ! 可愛いいいっ! 私にもそのコのお世話、是非一緒にさせてくださいねっ!」


 いつも肩からズリ落ちてしまうフリント船長が、今日は背中側に落ち、耕作の猫背気味のそこを必死に這いあがろうとしていたのだった。

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