拗らせたトリさんストーカー本間くん

古博かん

そこは会うてこいや!

 それは三月も後半戦に突入した、うららかな正午。更新された、とある小説投稿サイト「カクカクヨムヨム」のトップ画面を確認してから、わずか数分後のことであった。

 花子のLINEが、けたたましく鳴った。

 タップでアプリを開けば、間髪を容れずに画面を横切った「ナンジャコリャー」のスタンプと「今夜十九時、鳥角トリカク集合!」の号令。


 発信者は、当然のようにコロコロと変わるAIアイコン。

 そして、それを当たり前のように受け取る「オッケー鳥角」の、これまた自作スタンプが直下に揺れる。


AIアイさんも、大将も、ほんまノリええなぁ。了解ですっと」


 花子も何やかんやで買ってしまった「了解です」の公式トリさんスタンプをサクッと貼った。


 それにしても、毎年この時期に難解なお題に振り回されるのがすっかりと定着してきたなあと思いながら、昼食を買いに行き、そして午後は若干の上の空になりながらルーティンワークをこなすのだ。


「へい、らっしゃい! おお、よう来たな、神戸っ子!」


 件の集合場所、鳥角は大阪花園ラグビー場最寄りに親子二代で切り盛りする小ぢんまりとした焼き鳥屋だ。元ラガーマンの息子大将は、いつでもどこでも、すこぶる声がよく通る。


「大将、こんばんはー。ご無沙汰ですー」


 毎回、神戸三宮から大阪梅田を経由して電車、地下鉄を乗り継ぐ都合、定時で上がってどれだけ時間調整に余念がなくても五分は遅れる花子の登場に、もはや誰も驚かない。


「花ちゃん、久しぶりー! ほぼ定刻やん、頑張ったやんか!」

「相変わらず、おっとりさんやな、花ちゃん」


 店奥の四人掛け席では、卓上にどどんと陣取る大量のねぎまを肴に、相変わらずサバサバしている発起人AIと、ロマンスグレーの頭髪も渋い鳥飼さんが一足先に酒盛り——ならぬ鳥盛りを始めている。

 好物のねぎまがすでに頂上を崩されているのを見た花子は、むうっと口元を顰めながら狭い店内を進んだ。


「もー、今日こそ間に合う思たのにぃ」


 すっかり定位置となったAIの隣に着席し、向かいに陣取る鳥飼さんに「鳥飼トリさん、ご無沙汰ですー」と挨拶する花子は、何だかんだとマイペースだ。


「まあまあ、そうむくれんと! 大将ー、とりあえず生中ナマチュウ!」

「わしも生中」

「とりあえず、生原ナマゲン


「それでこそ、花ちゃんやわ」


 そこは生中(生ビール中ジョッキ)ちゃうんかーいと突っ込むことすら、もはや無意味だ。

 いついかなる時も、花子の駆けつけ一杯は日本酒生一本きいっぽん非加熱原酒(度数十七度)で揺るがない潜在的なおっさんなのである。

 息子大将も慣れたもので、オーダーが通る前から準備万端、秒で出てくる快速さだ。


「ほな、改めまして乾杯——!」


 景気良く音頭を取ってアルコールを煽ったものの、ジョッキをドンっと卓上に付いた直後に、漏れてくるのは盛大なため息だ。


「ところで、何やねん『トリあえず』て」


「あえてのカタカナやで? やっぱトリさんをネタにせぇっちゅう運営の無茶振りちゃうん? 前々回辺りからいじり倒すやん、公式トリさん」


「ああ、景品が『トリ皮』タオルやった回!」

「花ちゃん、微妙にちゃうで。『焼き鳥が登場する物語』や」


 間髪を置かずAIに正される。

 二年前のお題を一言一句間違えずに覚えている記憶力に、花子は素直に感嘆した。


「よう覚えとうねぇ、AIさん。さすがやわ」

「そもそも何なん、『トリ』て?」

「最後って意味ちゃうん?」

「トリを飾る的な? 最後あえず? 悲恋?」

「あー、それもなんか良さげやねぇ」


 ねぎまをパックリと頬張りながら相槌を打つ花子とAIのやり取りを眺めながら、マナーモードのスマホが鳴った鳥飼さんは画面をタプタプしながら、すぐに目尻の皺に穏やかな溝を深く刻む。


鳥飼トリさん、おじいちゃんの顔になっとう〜。お孫ちゃんからですか?」

「せや、最近ボイスチャット始めてな、時々、わしが書いたジュブナイルを一生懸命朗読してくれよんや」


 かわいい孫のために日夜、仕事の合間にジュブナイル作品を書き続けている鳥飼さんは、すっかりとデレデレのおじいちゃんになっているが、これでも現役の内装業。息子やお弟子さん従業員には鬼瓦のような強面親方で通っている——らしい。


「そういや、先月末辺りからオープンしたカクカクヨムヨムのチャットあったやん? あれ、どないした?」


「ディスイズコードやったっけ? 一応登録したよー、あんま意味分かっとうへんけど。鳥飼トリさんは、どうしはりました?」


「カクカクヨムヨムの前からやっとってな、実は。休みの日ぃに孫と一緒に、ボイスチャット繋いでスプラしとるんや」


「 !? 」


 全く想像だにしなかった回答に、AIも花子も咄嗟にねぎまを取り落とすところだった。このオフ会メンバーの中で、誰よりも年長者であるロマンスグレーが、誰よりも最先端を走っているとは。


「マジすか、トリさん! ディス何ちゃらは知らんけど、スプラやったらオレも混ぜてくださいよ!」


「あかん。孫との水入らずや、邪魔しなや」

「ッカ——、即答!」


 息子大将の発声は、ジュジュウ音を立てる焼き鳥に俄然負けない音量で、狭い店内に響き渡る。


「せやせや、そのチャットやねんけどな、一応カクカクヨムヨムのサーバも参加したんやけど、これ多分、本間っちやろ」


 手慣れた様子で連携アプリを立ち上げた鳥飼さんが画面を見せながらスワイプした先、参加者アイコン一覧がずらーっと並ぶ中に、公式トリさんグッズに囲まれたメガネのアイコンが現れる。


「ほんまや、多分、本間っちや……わっかりやすぅ……」

 トリさん大好き眼鏡男子が、小さな切り抜き静止画に余すことなく極まっている。


「あれ、そう言えば本間っち、どうしたん? おそない?」


 グループLINEでは公式トリさんスタンプで、ばっちり参加表明をしていたはずだが、その後連絡が途絶えている。

 遅れるなら遅れると一言入れるくらいの気遣いはできる、花子と違って時間に几帳面な本間くんにしては珍しい。


「残業ちゃうん?」

「そうなん……?」


 気にしないAIと釈然としない花子の目の前に、ドーンと出された新たな皿には、出来立てほやほやの黄金に輝く玉ひもの燻製がゴロゴロ乗っている。そして、そのまま誕生日席に陣取る息子大将が、ようやくオフ会に合流した。


「ほい、お待ち! オレ特性キンカンの燻製や!」


 大将の眼鏡に適った新鮮な玉ひもが入った日で、尚且つ大将の機嫌がすこぶる良い日にだけ出てくる裏メニュー中の裏メニュー(要するに、めちゃめちゃ手間がかかる)が大皿で供される。

 なかなか席に着かないと思っていたら、こういうことだったらしい。


「大将、ご機嫌ですねぇ。美味しそう〜」


「おう、そらもう! 今回のお題! とりあえずも何も、焼き鳥ネタ書きまくんで! 他に何があんねんいうくらいや! よっしゃ、トリさんも和えといたろ」


やねんから、和えたらアカンのちゃう?」


「細かいこと言いなや、AIちゃん! トリ言うたら焼き鳥や、焼き鳥があれば何でもできる——!」


 さすが三年来、ラノベの園で細かすぎて伝える気のない焼き鳥ネタを延々投下し続けているだけのことはある息子大将だ。面構えが違う。

 何なら、細かすぎる焼き鳥ネタで一万字いく勢いすらある。


「それ言うたら、わしも自分語りエッセイ書いたらエエっちゅうこっちゃな。とりあえず、わしもトリや」


鳥飼トリさん、ええなぁ。名前強すぎる〜」

「微妙にうてるから、余計ずるいわ。トリさん」


 本間くんを除く四人でワイワイ盛り上がりつつ「トリ」をどう解釈するか、「あえず」をどう捏ね回すか談義が賑やかに続く。

 適度にお酒も入りつつ半時間ほど経った頃だった。


「聞いてください! 見てください、これ! トリさんですよ、トリさんが隊列組んで御堂筋みどうすじゲリラパレードしてたんですよ! かわいいでしょ!」


 ガラリと店の引き戸が開いたと思えば、少々テンションの上がり具合がおかしい本間くんが、嬉々として勝手知ったる店内に駆け込んでくる。


「おう、本間っち、やっと来たか。大遅刻やぞ、ジブン」


「ああぁぁぁあああ、大将〜〜! 見てくださいヨォぉぉ、これぇぇぇえええ!」

「お、おう、何や、どないしたんや…… !?」


 元ラガーマン大将を吹っ飛ばしそうな勢いのタックルと共に、大将の顔面に突き出されたのは本間くんのiPhoneである。

 高速でクラウドに同期してある写真フォルダをスワイプしながら、ほとんど息継ぎをせずに本間くんが捲し立てることには、突如夕方、キタ(梅田)からミナミ(難波)にかけておよそ四キロメートルの道のりを、カクカクヨムヨムの新規キャンペーン告知でトリさんたちが増殖し、さながらフラッシュモブの如く隊列を組んで御堂筋を練り歩き始めたという。


「んなアホな……」

「フラッシュモブて、紛れられへんやろ」

「てか、本間っち。梅田うめだから難波なんばまで付いてったん?」

「いつの間にアホ極めたん?」


「みんなヒドイッ!」


 総じて男性陣より女性陣の方が若干言葉が辛辣だが、元々京阪神出身ではない本間くんにしてみれば、在阪歴が伸びようがその辺りは大した差ではない。

 こと、トリさんに関しては、おそらく息子大将の焼き鳥愛に引けを取らない熱量を持つ本間くんであったが、この一年でますます加速度的にトリ愛が振り切れてしまっていたらしい。


「で、何で全部後ろ姿やねん」


「だって、トリさんですよ !? おいそれと正面に回るなんて、そんなこと……!」


 息子大将の至極冷静な指摘に対して、本間くんはというと聞き捨てならない暴論を聞いたかのような顔をする。


「いやいやいや、そこはトリさんに囲まれて一緒に写ってこいや、本間っち。何しとんねん」


「ト……っ、トリさんに囲まれて写真なんて……っ! なんて、ハレンチな……っ」


 スマホを手にしたまま顔面を抑えて仰反る本間くんの過剰な反応に、さすがの鳥飼さんも黙って見守ることができなかったようだ。


「どういう思考回路や、それは」

「だって、鳥飼さん! トリさんなんですよ、トリさんんん——!」

「わしも、トリさんなんやけどな」


「そうだけど、そうじゃないぃぃぃいいい——んです!」

 海老反りにのけ反っていた本間くんの態勢が、ビュンっと戻ってくる。


「本間っち、ほんまよう分からんけど、オモロなったなぁ」


 両眼をひん剥いてジャスティスを叫ぶ芸人が、そこはかとなく背後に見える気がしてくる花子だ。


「花子さん、それ絶対褒めてませんよね !?」


「もうさぁ、これが最適解でエエんちゃう? 『トリあえず』を実地してくるとか、本間っち、ほんま極まったな」

 珍しく黙って成り行きを見ていたAIが、生中を飲み干してねぎまを食らう。


「え?」


「せやなあ。自分でオチひらってきよったわけやし」

 鳥飼さんも感慨深く頷いている。


「え、え?」


「なら、今回のお題は本間っちの奇行を書いたらええんやんね?」

 花子もニコニコしながら納得した様子だ。


「はえ……?」


「ほな、一件落着やな! 乾杯や、乾杯!」

 息子大将もよく通る声で笑う。


 年長者たちがニヤァと小意地の悪い笑みを浮かべて新たに追加したアルコールを片手に音頭を取る中、レモンサワーを差し出されてようやく正気に戻った本間くんは、直後に再び羞恥に塗れながら大絶叫したのだった。

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