第17話:手紙

「そう…だったんですね」


 ハルコさんは一通り話終わると僕に開いた手紙を丁寧に畳んで、入っていた封筒にしまいなおした。


「師匠はもうこの世界に迷い込んで15年くらいでしょうか。まだ帰れずに旅を続けています。ただ、手がかりが少しずつ見つかっているようなので、帰れる日もそう遠くなさそうで…。帰ってくる時期だったらケイさんにもお会いして欲しかったんですけどね」


「今はいないんですか?」


「冬場は帰ってきていたんですけど、ちょうど次の旅に行ってしまったところなんですよ。まだそう遠くへは行ってないはずですし、途中で会えるかもしれないですね」


「どちらに行ったかって教えてもらえますか?行き先を決めているわけではないので、後を追ってみようかと思います」


「次は海を目指すと言っていたので、東に向かって行きました。おそらく迂回はせずにまっすぐ向かっていると思うので、そのまま東に行けば同じ港町に着くと思いますよ」


「ありがとうございます。色々聞けてよかったです」


 正直、転移してきたのは自分だけかと思っていたのでハルコさんからの情報はかなり大きい。

 15年帰れていないということは帰れる手段が見つかるかは難しいけれど、希望がないわけではない。


「フレッドさん、次の行き先ですが…」


「うん。海を目指そう!俺もソースケって人がどんな人か気になるし!」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「慣れない旅だと思いますが、頑張ってくださいね。この師匠からの手紙はケイさんに託します。私は全文読んでいるわけではないのですが、きっと旅の役に立てるはずです」


 ハルコさんは手紙とサシェ、魔法薬を丁寧に紙で包み、僕に差し出した。


「もし、師匠が帰ってくることがあれば冒険者ギルドに依頼して手紙を出しますね。ケイさんも何かあればここに手紙をください!」


「何から何まで…ありがとうございます」


「いえいえ!これが師匠に託されて、私にできる恩返しですから!やっと役に立てたような気がして嬉しいんです」


 いってらっしゃい、と太陽のような笑顔のハルコさんに送り出してもらい、街の市場へと向かう。

 今すぐにでも手紙を読みたいところだが、すっかり話し込んでいるうちに昼の鐘が鳴ってしまったのでお腹がだいぶ空いてきていた。


「さて…とりあえずなんだけど、俺が食べたいお店がやってるか見に行ってもいい?」


「もちろんです。ちなみに、どんなお店なんですか?」


「せっかくだから着いてからのお楽しみ!きっと、ケイはびっくりすると思うよ〜!」


 楽しそうな足取りで先導してくれるフレッドさんの後を追う。

 一体、どんな食べ物のお店なのだろうか?


 *


 市場から帰った後、僕はベッドから起き上がれなくなっていた。


「いやー…ケイって少食なんだね」


「少食ではないです。フレッドさんとこの街の人が異常なんです…」


 お昼、フレッドに連れて行ってもらった先にあったのは、木かと思うくらい巨大な肉の塊がある屋台だった。

 大型のディアールを一匹丸々豪快に焼いたものを削ぎ落として食べるケバブに似た料理で、机の上に置かれた札を表にしていると、わんこ蕎麦のように空いたお皿にどんどんと盛ってくれるという。


 ディアールが大量に狩れる時期にだけやっている屋台らしく、順番待ちが発生するほど人気だった。

 お肉が焼ける香ばしい匂いを嗅ぎながら、どれだけ食べられるかをワクワクしながらまっていたのだが…。


 いざ自分の番が回ってくると、2皿目くらいでかなり限界に近かった。


 火魔法でじっくりと火を通されたディアールの肉は余分な肉汁が削ぎ落とされさらにあっさりとしていて食べやすさはあるものの肉は肉。

 一回に盛られる量が定食の野菜炒めくらいあるので、それだけでもかなりお腹に貯まる。


 それを自分のペースでのんびり食べていると、横のフレッドさんは飲むような勢いで僕が1皿食べる頃には3皿も平らげていた。


「なんだ兄ちゃん。ペースが遅くねぇか?」


「そんなんじゃおかわりする頃には肉無くなっちまうぞ!」


「ははは…そうですね」


 空いたお皿にディアールの肉を盛って回るおじさんに茶化されながらも食べ進める。

 美味しいんだけど、そろそろ苦しくもなってきた。


「フレッドさん…まだ食べます…?」


「もちろん!まだまだ序の口だよ!」


「じょ…序の口…??」


 僕の5倍は食べているのに何を言っているんだ?

 机の上の札は1つしかないため、フレッドさんが食べ続ける限り裏にすることはできない。


 苦しみながら一枚一枚ゆっくり噛み締めていると、またしてもおかわりを盛って回るおじさんたちがやってきた。


「お!だいぶ進んだじゃねえか!ほれ!追加!」


「い…いや、僕はそろそろもう大丈夫です…」


「何言ってんだ?遠慮するなって!こんだけ食べられるのは今のうちだから食っとけ食っとけ!そら!」


 拒否する僕を無視してお皿の上にはさらに追加の肉が盛られていく。

 ぎ…ギリギリ入るだろうか?


 結局、苦しみながらも無理やり詰め込み、市場を回る余裕もなくこうして宿に帰ってきたところだった。


「僕…もう当分ディアールのお肉はいいです…」


「えー!美味しいのにもったいない…。まあ、次はもうちょっと量が少ないところにしようか」


 そう言いながらフレッドさんは鞄の中からハルコさんから受け取った包みを取り出して、例の手紙を僕に差し出してきた。


「読むでしょ?俺は買い出しの続きしてくるから、休みながらにでも」


「ありがとうございます」


 書いたのが前だったのか、少し焼けた封筒を開くと先ほど見せてもらった手紙が入っていた。

 どんな相手からかもわからないのに、この世界で初めて出会えた同じ境遇の人からの手紙になんだか緊張が走る。


 体を起こして少し深呼吸をした後、手紙に視線を落とした。


『さて、この手紙を読んでいるということは、君もハルコの魔法薬屋に来てくれたのでしょう。

 私、宗介の話も聞いた前提で読んでいると信じて、今わかることをここに記します。


 このヴェルダリア王国…いや、この世界には自然発生する転移門があり、どうやらそこの環境のバランスが崩れると繋がる先が変わるようです。

 おそらく、私たちはその変化が起こった時に偶然繋がったところに巻き込まれたのでしょう。


 ただし、15年調べてみてもこの条件についてはまだわからないところばかりです。

 帰る手段については何も情報を渡せずすみません。


 しかし、一つだけ覚えておいて欲しいことがあります。


 この手紙でもなんでもいいです。元の世界に関わるものを定期的に見返して、忘れないようにしてください。

 私は東京に愛する妻と息子を置いて転移をしてきました。

 帰りたくて仕方ないのに転移門の調査に夢中になっていた時、そのことが頭から抜けてしまったような感覚があったんです。


 私が歳を取っているからボケてしまったのかとも思ったのですが、どうもそうではないようです。

 手帳に挟んである家族の写真を毎日見るようにしてからはそんなことはなくなりました。


 この世界に永住するつもりがあるのならば止めませんが、少しでも帰りたい気持ちがあるのならば、忘れないでください。


 この世界であなたに出会えること、そしてお互いに元の世界へと戻れることを祈って。


 浅香宗介』


 手紙の全文を読み終えた僕は、ただただ手紙を胸に抱きしめてベッドの上でうずくまった。

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異世界ごはん研究記 シロイユキ @shiroiyuki_0v0

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