第5話 【最終話】身に覚えのない恋が実る

 今、私の店の前には人だかりができている。


 閉店準備をしていると、常連の騎士から外に来て欲しいと呼ばれたのだ。

 また好みでも聞かれるのかな? とため息交じりに外に出ると、そこには常連や近所の人、ミサーラさんまで揃っていた。


 そして、真ん中に花束を持った一人の青年が居た。


 何もわからないままその人の前に連れ出されると、彼はばっと私に花束を渡した。


「ずっと、ずっと君が好きだ、ネリア。君のやりたいことは何でも叶えたいと思う。その準備はしてきたつもりだ。どうか、私と結婚してください」


 紅潮した頬で私の前に跪き、青年は透き通るような紫の瞳でまっすぐに私を見つめてくる。


 高級な銀糸のようなきらめく銀色の髪が、風に吹かれてさらりと揺れた。

 緊張と期待がごちゃ混ぜになったような顔をして、端から見ればわたしの事を好きで好きでたまらないように見えるだろう。


「ネリアの恋が実って、本当に嬉しい! こんな夢みたいな人が本当にいたのね」


 ミサーラさんが感動したように目を潤ませて私達を見ている。


 確かに目の前に居る人は、銀髪が美しく、冷たい目をした美形だ。加えて言うならすらっとした長身で、動物のような筋肉を感じさせる。彼の着ている服は白い制服で、サッシュを見ただけで私でもわかる、騎士団の偉い人だ。


 私が好きだと公言してきた人物と一致する。


 でもその人物……架空の人物なんですけど!?


「えっ。だ……誰」


 こわい。

 全く知らない人にプロポーズされているだけでなく、その相手は私の事を丸でよく知っているような顔をしている。


「おめでとう! ……良かったわ、ネリア」

「おめでとうございます!」


 しかし、一番恐ろしいのがこれだ。


 周りにいる皆が、私に対して祝福の言葉を投げかけているのだ。

 一番お世話になった隣のお店のミサーラさんに至っては涙を浮かべている。


「高位の貴族で銀髪が美しく、冷たい目をした無口で、しかし優しい……。すべての条件が当てはまるだなんて、驚きだわ」


 私も驚きです、ミサーラさん……。その人は架空の人でした……。


 確かに目の前に居る青年は高位の貴族で、驚くほど美形。そして優しく私を見つめている。私が語った人との相違点はほぼない。


 でも、知らない人だ。


 私の恋が実ったと嬉しそうにしている皆の前で拒否の言葉を言えない私に、夢みたいに美形な知らない彼は微笑みかけた。

 立ち上がると、皆に向かって綺麗な所作で一礼する。


「ありがとうございます、皆さんに祝福して頂いてとても嬉しいです。またご挨拶させてください!」

「ちょ、ちょっと……あの……!」


 彼の挨拶にお店の常連の騎士の人達やミサーラさんが拍手をしだした。

 そのまま拍手を受けながら、手を引いて店の中に入った。


 あっという間に二人になる。


 まずい、このストーカーは既成事実を作りにかかっている!


 どうしたらいいのかと慌てる私の肩を抱き、青年は耳元でそっと囁いた。


「驚いたよね、ごめんね……。でも、もう逃がす気はないんだネリア。ずっと、ずっと探していたんだよ。こんな風にしてしまうぐらい、馬鹿みたいに大好きなんだ」


 驚くほどに甘く低く響いた声に、頭がくらくらとする。


「あの」

「……私だ。……ネリア……」


 私が何か言おうとすると、緊張したかのようにぐっと手に力が入った。懇願にも似た苦しい響きに、思わず彼の顔を見た。

 先程までの堂々とした態度とは一変した眉を下げた顔には何故か見覚えがあり、まさかという気持ちになった。


「……諦めて私と結婚してくれ」

「もしかして……グライアさん? それに、もしかしてあの時の男の子……?」

「そうだ。ネリアどっちも私だ」


 嬉しそうに、それでいて申し訳なさそうにグライアさんが頷いた。


「どうして……変装だなんて」

「あの日は仕事帰りだったんだ。君と出会って、変装の腕を磨いた。仕事でもよく使うようになったんだ」

「そうなのね。魔術だなんて、全然わからなかった」

「その後は、君があの時の子だと気が付いて……貴族だと、警戒されるかもしれないと。もっと、確実にしてから告白したいと思ったんだ。君が私の事を覚えているかも自信がなかった」


 確かに貴族だとわかっていたら、私はこんな風にグライアさんと気やすく話すと事はなかった。思い出を共有したいと思う事もなかったはずだ。


「姑息なのはわかっている。諦めて私と結婚してくれ。ずっと、ずっと君を探していた。君が伯爵家の人間だとは思わず、途方に暮れていたんだ。あの雨の日、偶然入った店で君に会えたのは、奇跡だ」

「そんな事、あるのね」

「あのクッキーのおかげで、すぐにわかった。本当に嬉しかった。それに、君があの時の事を覚えていてくれたことも。……外堀を埋めて、絶対に君を手に入れると息まいてきたけれど……」

「外堀?」

「ああ。君に面前でプロポーズさえすれば、君の公言している好きな男だと思われるだろうと」

「えっ。まさか!」


 私が好きなタイプを聞かれるのは、グライアさんが手をまわしていたからだったの!?

 モテていると思っていた自分が恥ずかしい。


「君はとても魅力的だ。だから、結婚する気がないと言っても、いつ、どうなるかわからない。ミサーラさんだって、運命の相手と急に出会ったと聞いた。気が気じゃなかったんだ」


 そういって、グライアさんは私の事をぎゅっと抱きしめた。急な事に恥ずかしくて逃げようとするが、力がつよくて逃げられない。


「私の専門は諜報だからね。……もう、あの時みたいに君を泣かせたままにはしない」

「……私、あなたがドレスを着させてくれた時本当に本当に嬉しかったの。あれから全然泣いてないわ。あなたのおかげよ」

「私も、君に似合う男になりたくて、努力してきた。途中、君に会えなくてどうしていいかわからなくなってしまった時もあった。……だから、だから今どうしても君を手に入れたい」


 もう、とグライアさんの腕をつかむと、彼の腕が震えていることに気が付いた。


「……ごめんね。好きなんだ。……君に好きになってもらえるように、努力するから」


 グライアさんが、怯えたように謝り続ける。

 そんな風に言って欲しいわけじゃない。


 私の心を救ってくれた二人。それが同一人物で、私の事を好きだと言ってくれる。

 その事実に、胸がぎゅっとなった。


 グライアさんと話すのは楽しかったし、彼だから大事な思い出だって話す気になった。


 優しい空気。雨の音。ふたりの秘密。

 真剣な瞳。

 全て、大事な思い出で、これからもずっと大事にしたい。


「……そうね、身に覚えがない恋だったけれど、実ってしまったんだもの。仕方ないわね」


 私が冗談めかして言うと、ぐしゃりと顔を歪めたグライアさんがぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。


「大好きだ。大事にする。本当に大好きなんだ!」

「……私もきっと、あの時から好きだったわ」

「ネリア! 嘘みたいだ。ネリア……ありがとう……大事にする……」


 苦しいぐらいに愛情と体温を感じ、私はそっと目を閉じた。


 **********


「良かった……本当に良かった」

「副団長に似た人にならなかったらどうしようとひやひやした!」

「銀髪が出てきたときは、感動したよな」

「ああ。……でも、副団長が居なければ俺だって……」

「いや、それは忘れろ。あの執着ぶりは危ない」

「……声をかける人、減ったもんな……」

「何があったかは、知るべきじゃない。諜報と陽動が得意なんだぞ……」

「ネリアさんの生家の伯爵家、どうなったか知ってるか……?」

「知りたくもないな……ああ、ネリアさん……」


 店の外ではひそひそとグライアさんの部下が噂しているのは、私には知る由もなかった。

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元貴族の令嬢、身に覚えのない恋が実るようです 未知香 @michika_michi

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