第4話 秘密の思い出話

 私は、伯爵家の生まれだった。

 しかし、家族から放置されていた私は、家で開かれるパーティーの時にはいつでも一人だった。

 それ自体はもう寂しくはなかったけれど、遠くから聞こえるにぎやかな声には憧憬を感じた。


 その日も、皆の楽しそうな声が聞こえて、中庭までこっそり見に行っていた。


「なにしているの?」

「!!!」


 後ろから声をかけられて、振り返ると同じぐらいの年の男の子が立っていた。


 ああ、見つかってしまった。


 男の子は少し長めの銀髪を後ろに流し、華やかな白を基調としたスーツを着ていた。間違いなくパーティーの参加者だ。


「ごめんなさい……わたしの事、黙っていて」


 ここに居たことがばれれば、父からは叱咤を受ける。閉じ込められるのは嫌だった。


「いいよ」


 私の懇願に、びっくりするほどに男の子はあっさり頷いた。


「えっ、いいの?」

「うん。でもなんでここに? パーティー見てたの?」

「ありがとう。私……パーティーを見るのが、好きなの。みんなキラキラしていて、素敵。ご飯も美味しそうだし」


 そこまで言うと私のお腹はぐう、となった。


「中に入ってご飯食べようか」


 わたしの事を笑いもせずに、真面目な顔で男の子が手を差し出した。どうしていいかわからない私に、彼は首を傾げた。


「君が誰だかは知らないけど、今日は人数が多いし誰が居るかなんて把握してないよ。大丈夫」

「……でも、わたし」


 私は質素なワンピースの上に、メイドのおさがりだと思われる仕事着を着ていた。多分彼は私の事をメイドの娘だと思ったただろう。


 ……ここの娘だなんて、誰も思わない。


 みすぼらしく、誰にも好かれていない事がわかる自分の姿が恥ずかしくなった。

 ぎゅっとスカートを握り断りの言葉を探していると、男の子はじっと私の事を見た後に頷いた。


 さっと私の手をとり、呪文を唱える。すると、ぱっと私の周りが光った。


「これなら目立たない」

「えっ。……ど、どうして……?」


 私が驚きに目を見開くと、彼は目を伏せて恥ずかしそうに視線を逸らした。


「俺の魔術なんだ……変装の魔術」


 私の薄汚れた仕事着は、ピンクのレースが重ねられた軽やかなドレスに変わっていた。裾にはキラキラと虹色にひかる石がついている。


 恐る恐るスカートを持ち上げると、それは夢みたいに輝いた。


「私、ドレスを着てる……」


 呆然としたまま呟くと、彼は恥ずかしそうな顔をして自分の頬を撫でた。


「髪の毛もドレスも見様見真似だから、変なところがあったらごめん」

「そんな事全然! ……ドレス……私、ずっと……着たかったから」


 ずっと大丈夫だって思ってた。

 思うしかなかった。


 でも、みんなの輪に入りたくて。話してみたくて。

 ……似合わないとしても、可愛い服を、着てみたくて。

 そんな風にずっと思っていたことに、気が付いた。


「ありがとう、うれしい……」


 お礼を言うと、同時に私の目からはぼろりと大きな涙がこぼれた。


「えっ。だ……大丈夫? ハンカチ! そうだハンカチちょっとまって!」

「……ふふっ」


 それまでひょうひょうとしていた彼の慌てた様子に、私は涙が止まらないままに笑ってしまった。


「変装の魔術って、とっても素敵な魔術なのね! 驚いたわ。私も魔術が使えればよかった」

「……こんなの、全然素敵じゃない。炎や氷、回復だったらどんなに良かったか……」


 私が褒めると、さっと男の子の顔が曇った。悔しそうに彼は言うけれど、私にとってこんなに素敵な魔術はなかった。


「そうなの?」

「そうだよ。魔術の力がつよい事は、貴族にとって大事なんだ。……属性が駄目だと、皆ががっかりしているのがわかる」

「そうなんだ……」


 貴族の事は、私にはわからない。誰も教えてくれなかったから。

 けれど、目の前に居る子がこんな風に自分の事を駄目だと思うのは違うと思った。


「でも、私をしあわせにしてくれたわ。夢みたいに嬉しかった。あなたの事、本当に感謝している。これだけ自然に姿が変わるだなんて凄い事だわ。炎や氷や回復にはない、違う力があるのよ! きっと、人の役に立つ魔術だと思う」

「そうかな……違う、力」

「そうよ!」


 私が力強く頷いて見せると、男の子は照れたように目を伏せて嬉しそうに笑った。そして、私に向かってさっぱりとした顔で手を差し出した。


「じゃあ、この素敵な魔術でお腹をいっぱいにしに行こう、お嬢様」

「……うん!」


 そのまま二人でお腹いっぱい食べて、人が居ないベンチに座ってお礼の気持ちを込めて私は自分で焼いたクッキーを渡した。


 私には渡せるものが、これしかなかったから。


「……美味しいご飯を食べた後だけど、お礼にクッキーあげる」

「ありがとう。嬉しいよ。……ん、食べた事ない味だ」

「これね、お庭にあるハーブを混ぜてるんだ。なんかピリッとしてて、好きなの。……苦手だった?」

「君が焼いてるんだ。初めての味にびっくりしたけれど、美味しい」


 そういって笑ってくれて、私の胸に温かなものが広がった。


「ありがとう。今日は一日、凄く凄く楽しかった。ドレスも本当に素敵で、私、なんだか本当に夢みたいだった……」

「それは、僕も。……変装なんて魔術、得意でも役に立たないって言われてたから。残念ながら他の属性は人並みぐらいなんだ」

「他が人並みで、変装が得意だったらそれはもう素晴らしいと思うわ! ……それに、この魔術は私の事をとっても幸せなお嬢様みたいにしてくれた。今日の事は忘れないわ」


 私が手を差し出すと、彼は眩しそうに私を見た後、ぎゅっと手を握ってくれた。


「僕も、楽しかった。君の役に立てて、君が喜んでくれて、本当に幸せな気持ちになったんだ。ありがとう」


 あっという間に日が傾いてきた。

 夢の時間はおしまいだ。彼の家族も、そろそろ探しに来てしまうだろう。


「また、会おうね」

「……うん、ありがとう」


 魔術は解かれ、私はまた放置された子供に戻った。

 男の子とはこの日以来会えなかったけれど、今日まで私を支えてきた大事な思い出となった。


 **********


「……という思い出があって、彼の銀色の髪の毛、綺麗だったなって思い出したのはあります。だから、好きな髪色で銀髪がでてきたのかなあ、と」

「そ、そうなんだね」


 何故か言い淀んだグライアさんは、何かを堪えるようにぐっと紅茶をあおった。


「……私、家を追い出された貴族だなんて、馬鹿みたいだよね」

「そんな事はない」


 温かい思い出と共に冷たい家族を思い出して、つい口を出た言葉を、グライアさんは力強く遮った。


「え……?」

「君は、その子にも力を与えたと思う。救われたと思う。それに、君みたいな何の落ち度もない人を虐げるだなんて、それこそ馬鹿みたいだ」

「……ありがとう」


 優しい言葉に、思わず涙が出そうになる。それを振り払うように立ち上がる。


「おかわりはいかがですか?」

「ありがとう、もらうよ。……話してくれて、ありがとう」

「いいえ、なんだかしんみりしちゃった! 次は何か食べましょう!」

「嬉しいな! 今日はなにが食べられるか楽しみだ」


 グライアさんが笑うので、私ははりきってカウンターに戻り腕まくりをした。

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