第12話 君が一番

 フロスト伯爵令嬢の姉妹とデートした直後、見慣れた女性の後ろ姿を見つける。


 それは間違いなくツィリシアだった。


 俺が彼女の背中を見間違えるはずがない。


 対するツィリシアも、こちらの視線に気づいたのか、急にさっと顔を向けた。


 お互いが見つめ合う。


 ツィリシアのほうから真っ先に声をかけてきた。


「スレイン様!」


 嬉しそうに声を上げ、右手を控えめに左右へ振った。


 その仕草だけでも胸がときめく。


 思わず血を吐きかけたがグッと堪える。


 さすがにこんな通りのど真ん中で人が吐血したら事件だ。


 そうでなくとも、前にツィリシアの前で血を吐いて心配させてしまった。


 今回は我慢し、なんとか笑みを貼りつける。


「こんにちは、ツィリシア嬢。お買い物ですか?」


「はい。たまにこうして街中を見て回るのが趣味なんです」


「そうなんですね」


 ぐふふ。よーく知ってますよ。


 ツィリシアは平民、貴族ともに分け隔てない完璧美少女だ。


 例え平民しか利用しない店でも足を運び、どんな物が売ってるのか調べたりするのが趣味らしい。


 別にお店を作りたい! とかそういうわけではなく、ただ、貴族として平民の暮らしを知っておきたいだけ。


 彼女が精神的に闇堕ちするまではこの趣味が彼女の心を落ち着かせた。


 原作ヒロインとの激しい恋愛攻防戦が始まってからは、めっきり平民の店に顔を出さなくなるが。


 おまけに平民への選民意識が強くなってくるなど、かなりマイナス面が強くなる。


 改めて彼女には悪役令嬢は似合わないと思った。


「スレイン様は何を?」


「俺は暇潰しがてらこの辺りを歩いてました。もうやることもないので帰るところですね」


「そうなんですね……せっかくですし、買い物にお誘いしたかったですが……残念です」


「お供しましょう」


「え?」


 掌を返して即答した俺に、ツィリシアは目を丸くした。


「ハハハ。俺がツィリシア嬢の頼み事を断るわけないじゃないですか。そんな奴がいたら全身に釘を刺してやりますよ」


「スレイン様……ありがとうございます!」


 ぱぁっとツィリシアの顔が明るくなった。


「ではあちらのお店に入ってもいいですか?」


「先ほど見ていた店ですね。何を売ってるんでしょう」


「雑貨です」


 前を歩くツィリシアに続いて店内に入る。


 ツィリシアのメイドは俺の後ろに控えた。


 ツィリシアと俺の邪魔をする気がないらしい。

 護衛の男性も同じくメイドの横に並んでいた。


 普通に考えると護衛まで後ろに下がる必要はないが、それだけ俺を信用してくれているのか。


 万が一の時は俺がツィリシアを助ける。


 誰かを殺してでも、な。


「見てください、スレイン様。鉱石を風魔法でカットした物らしいですよ」


「綺麗ですね。宝石には劣りますが、安い値段にしてはお得な……」


「凄いですよね。たしかな技術がこの石には込められています」


 どこか尊敬するような眼差しでカットされた石を見つめるツィリシア。


 あなたのほうが美しい……と俺は思ったが、しっかり彼女のためにも手にした石を観察する。


 この異世界には独特な色を持つ石ころが大量に落ちている。


 宝石ほどの価値はなく、平民でも簡単に集められるが、それを魔法でカットし美しさをより引き出す方法は貴族たちじゃ想像すらできないだろう。


 よく見ればまがい物だと分かるが、遠目ではなかなか判別は難しい。


 一説によると、貧乏貴族がこの手の石を加工して装飾品に使うこともあるのだとか。


 懐にも目にも優しい一品だ。


「最近では指輪にも使われているとか」


「女性への贈り物にはぴったりですね」


「……スレイン様は、この石を私にプレゼントしたい……なんて思ったりしますか?」


「え?」


 今なんて?


 たまらず俺は目を見開きながら呆けた顔を彼女に向けてしまう。


 するとツィリシアは、ハッと顔色を変えた。

 わずかに頬が赤くなる。


「ち、ちがっ! 別に催促してるわけじゃないですよ⁉」


「え、ええ……分かっています。ツィリシア嬢なら本物の宝石をいくらでも買えるでしょうしね」


「そうですね。自分で買おうと思えば買えます。けど、欲しいのは……誰かからのプレゼント……」


 ぼそりと彼女はそう呟いた。


 俺はくすりと笑う。


「でしたら、俺はツィリシア嬢に最高級の宝石を送ります」


「えぇ⁉」


「それが俺からの気持ちですよ。まあ、例え最高級の宝石を選ぼうと、あなたの美しさには敵いませんけどね」


「スレイン様って本当に子供なんでしょうか?」


 おいそこのメイド。聞こえてるぞ。


 俺の後ろで人を疑うようなことを言いやがって……まったくその通りだよ。

 中身はおっさんだ。いやお兄さんだ。


「私のために……それは、それ、は……~~~~!」


 笑うようで笑えない。恥ずかしいようで嬉しい。


 そんな複雑な気持ちを表すように彼女は自分の両手で頬をムニムニと触り、顔を逸らして赤面した。


 うふふ。初心よのう。


 片や俺は彼女のその反応を見て楽しんだ。




 そんな時。


 不意に、コツンコツン、と横から音がした。


 俺はなんとなく視線をそちらに移す。


 店の窓際だ。四角形に切り取られた穴から、——ひょこ。


「⁉」


 一匹の獣が顔を覗かせる。


 まるでイタチっぽい、それでいてもこもこっとした何かだ。


 どこかで見覚えがあるような……。


 しばし考え、記憶を漁ってすぐに答えを得た。




 ——ああああ⁉ テメェ神獣か⁉

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転生した悪役貴族の〝推し活〟~前世で好きだった悪役令嬢のために最強になった件。彼女のためにあらゆる破滅フラグをへし折ります~ 反面教師@5シリーズ書籍化予定! @hanmenkyousi

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