第11話 デート失敗?

 純粋無垢な笑顔を向けてキアラが俺をデートに誘う。


 ピクリと肩が震えた。


 ——デートってあのデートだよな? 男女が一緒にお出掛けする。


 二度の人生で初めてのお誘いだ。

 思考が一瞬だけ停止する。


「……まあ、暇ですからね。構いませんよ」


「本当ですか⁉ やったー!」


 俺があっさりと許可を出すとキアラが両手を上げてその場でぴょんぴょん跳ねる。


 慌てて姉ソニアが彼女を止めた。


「こ、こらっ! 外でそんなはしたない真似しないの!」


「だってスレイン様とデートできるんだよ? お姉様もスレイン様のこと気にしてたじゃん」


「そ、それは……」


 むぐっ、とソニアの口が固まる。


 意外と原作ヒロインに好印象を与える計画は上手くいってるっぽい。


 今回のデートもその一環だ。


 実は両親から、「フロスト伯爵家の令嬢とは仲良くするように」と言われている。


 キアラからの誘いを断ったとバレれば怒られるだろう。


 そうでなくとも暇だ。

 彼女たちの好感度を稼ぎ、ツィリシアの印象をよくする!


 内心で決意をし、改めて話を振った。


「それで、まずはどこに行きますか?」


「ちょっとお腹が空いてるので飲食店とかどうでしょう」


「いいですね。実は俺も昼食がまだで」


「奇遇ですね」


 ぱしっ、とキアラに手を掴まれる。


「じゃあお店を探しましょう! こういうのは適当に決めるのが楽しいんですよ!」


「分かりました。お任せします」


 キアラに手を引かれて歩き出す。


 ちらちらと横からソニアの視線を感じるが、あえて口に出したりはしない。


 たまに彼女のほうを向いてにこりと笑ってあげる。


 ソニアは見ていることがバレると恥ずかしそうに顔を赤く染めて視線を逸らした。


 さてさて……雑談になるべくツィリシアの話を混ぜないといけないな。


 オペレーション・ツィリシア最高大好き! が始まる。




▼△▼




「……ですから、ツィリシア嬢はとても心の優しい方なのです」


「ああ、はい」


 デートを始めて一時間ちょっと。


 ソニアたちに案内された庶民向けの飲食店は、存外清潔感があって悪くない場所だった。


 俺はそこで食事の時間の半分以上を使って、いかにツィリシアが素晴らしい女性かを二人に語っていた。


 ソニアも妹のキアラも途中で俺の話を聞いていないように見えたが、一度火が点いた俺は止まらない。


 滑らかに次から次へと言葉を奏でる。


 その途中、食事を終わらせたキアラがカチャリと食器を小さく鳴らした。


「スレイン様」


「ん? なんですかキアラ嬢。もっとツィリシア嬢の話が聞きたいと?」


「いえ違います」


 なんだ違うのか。


 俺は少しだけテンションが下がる。


「それより食事も終わりましたし、次の場所へ向かいましょう」


「もう終わったんですか。お二人とも食べるのが早いですね。俺が遅すぎるだけかもしれませんが」


「でしょうね……ずっとあれだけぺちゃくちゃ喋っていたら……」


 おっと。


 この反応はいけない。どうやら雑談がすぎたらしい。


 俺はこほんと咳払いを一つ。

 残った料理を早々に平らげ、二人と共に席を立った。


 なぜか妙に二人の顔色が悪い。

 まるで「やっと解放された……」とでもいうべき哀愁が漂っている。


 食事中に何かあったのかな?


 ツィリシアの話を三十分程度しかしていない俺には、彼女たちが気分を害した理由が分からなかった。




「お姉様……」


「どうしたの……キアラ」


「スレイン様はちょっと変な人ですね」


「私も同じことを思ったわ」


 ぼそぼそと二人が何か呟いていた。


 俺には聞こえない距離だ。乙女の会話を盗み聞きする趣味もない。


 先頭を歩く二人の背中を追いかけながら、次はツィリシアの何が素晴らしいかをどう語るべきか考えた。




▼△▼




「今日は……ありがとう、ございました……」


 ズゥゥゥッンッ、という風にテンションだだ下がりの姉妹が、やや義務的な挨拶を済ませる。


 いろいろ気をつかってくれたようだが、最後まで二人のテンションが上がることはなかった。


 もしかして……女の子の日だったのかな?


 俺は察しのいい男だ。

 あえて何も言わず、こちらも義務的な挨拶を返す。


「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。また暇な時は相手をしてください」


「……そう、ですね……」


 さっと視線を逸らす二人。


 最後のほうは一度も俺と目を合わせることなく踵を返してどこかへ立ち去っていった。


 その背中を見送ると、俺は「ふぅ」と深い息を零す。


「我ながらデートは大成功だったな。ひたすらツィリシアの話を振ったぞ! これでフロスト伯爵令嬢たちの心はいただきだ!」


 たしかな達成感に酔いしれ、すっかりオレンジ色に染まった空を見上げる。


 遠くの彼方では、わずかに紺色模様が顔を出していた。


 まもなく帰宅の時間だ。


 俺は軽くなった体をくるりと反転させ、ゆっくり帰路に就く。


 途中で見覚えのある馬車を見つけた。結構大きな馬車だ。


 金持ちの馬車だなぁ、としばらく扉の部分を眺めていると、近くで美しい髪がさらりと揺れた。


 自然と俺の視線を吸い寄せるのは、絹のように白く綺麗な長髪。


 あれは……。


「ツィリシア?」


 間違いなく、馬車の傍らには彼女がいた。

 メイドの女性と何かを見ている。


 遅れて、彼女がこちらを見た。


 互いの視線が交錯する。

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