第10話 押しが強い子
突然、原作ヒロイン・ソニアの妹であるキアラが、俺に求婚を申し込んできた。
プロポーズされた……と捉えていいんだよな?
友達と結婚の順番が逆に聞こえたが、きっと求婚されたはず。
やや困惑を隠せない俺とは打って変わって、正面に立ったキアラはいまも顔を真っ赤に染めたままだ。
「ちょ、キアラ⁉ あなた、いきなり何を言ってるの!」
妹の求婚発言を聞いて姉のソニアが顔を青くした。
まあ俺はツィリシア狂いの馬鹿ではあるが、これでもれっきとした公爵子息だ。
伯爵令嬢が気安く手を伸ばしていい相手じゃない。
歓談はともかく求婚はね。
俺の捉え方によっては無礼にもあたる。
それを理解しているソニアが、妹キアラの肩を掴んで激しく体を揺らしていた。
俺の後ろに並ぶ彼女の父親も、
「き、キアラ……スレイン様になんてことを……」
と小さく呟き戦慄している。
彼女の発言一つで室内は半ばパニック状態である。
逆に凄いな。ここまで場を引っかき回せるなんて。
この手のタイプは嫌いじゃない。
俺もツィリシアのためなら空気を平然でぶち壊す。
どこか似ているような気さえした。
「あ、あはは……申し訳ありませんスレイン様。妹は病から回復したばかりでまだ疲れているようです。おかしな冗談など言って……」
「むっ! 冗談じゃないよお姉様! 私は本気でスレイン様に惚れたの! 一目惚れ! それに恩人でもあるし!」
きー、とせっかくアシストしてくれた姉の言葉を無碍にするキアラ。
なるほどこれが五歳児か。勢いのままに突っ走っているな。
「いいから黙ってて! これ以上私たちに恥をかかせないで! お願い!」
必死にソニアがキアラの口を手で塞いで物理的に止める。
俺の後ろから彼女たちの父親のため息が聞こえてきた。
元気いっぱいでいいじゃないか。子供はこうであるべきだ。
「ご安心ください、ソニア嬢。俺は気にしてませんよ。むしろ、キアラ嬢のような可愛らしい方に懸想されて嬉しいくらいだ」
これは俺の本心である。
男って言うのは女性にモテればモテるだけ嬉しい。
両手に花、三人以上のハーレムなんて夢だろう?
だから本当に気にしていない。
残念ながら彼女と結婚することはできないが、謹んで好意だけ受け取っておく。
「スレイン様……」
「じゃ、じゃあ私と結婚を⁉」
「いえ。あいにくとそう簡単に婚約者を決められる立場ではないんです」
壁に頭を打ちつけて家族に心配される俺だが、最高位貴族の嫡男だ。
婚約者は両親が選ぶことになっている。
当然、俺は両親が用意してくれた相手と結婚する——わけはないが、嫡男にすぎない今の俺では婚約者を選べないのも事実。
ゆえに、彼女には悪いが丁重にお断りした。
「十年後も俺のことを想ってくれているなら……また、その時にでも考えましょうね」
「あぁ、スレイン様! 私は絶対に諦めません!」
「社交辞令のようなものよ、キアラ……」
姉ソニアはよーく分かっていた。
いくら俺でも伯爵令嬢をこっぴどく振るのは憚られる。
だから遠回しに「無理です」とキッパリ断ったつもりだったが、彼女には通じなかった。
五歳児が相手だもんな、分かりやすいほうがよかったかもしれない。
けど話はそこで終わった。
全員がソファに腰を下ろし、歓談に入る。
話の内容は主に俺への称賛だった。キアラが嬉しそうに語り続ける。
▼△▼
原作ヒロイン・フロスト伯爵令嬢の姉妹とはそこそこ良好な関係を築けた。
意外にもキアラが俺に求婚し、それを優しく断ったことでソニアの好感度を上げることにも成功する。
これには俺もにんまり。
キアラには黄金を渡したいくらいだ。
しかし急激に距離を詰めるわけにもいかず、その日はすぐに自宅へ帰る。
いつものように魔法の鍛錬をしてから眠って——数日。
物語が始まる数年後までは割と暇なので、その日も俺は魔法の鍛錬に明け暮れていた。
ほどほどのところで練習を切り上げ、息抜きがてらに外へ出る。
この世界は俺が知る地球とは文明レベルも文化も違う異世界だ。
こうして外に出て街並みを眺めるだけでも楽しい。
地球には無い食べ物とか飲み物が売っていて、金には困っていない貴族の嫡男に生まれた。
もうとにかく買い物に娯楽を見出すしかないだろう?
そうこう遊んでいるうちに、時計の針が十五時を回ろうとしていた。
まだ昼食を食べていなかったな。
思い出し、俺は踵を返す。その時。
ふと視線の先に見覚えのある女性を見つけた。
一人は同い年くらいの白髪の少女。もう一人はその少女とよく似た顔の、より小さな——。
「って、ソニア嬢にキアラ嬢じゃん」
間違いなくフロスト伯爵令嬢の姉妹だった。
向こうもこちらに気付き、笑みを浮かべて走ってくる。
ひらひらと手を振ってお互いに挨拶した。
「こんにちはスレイン様」
「こんにちはスレイン様! スレイン様もお出かけですか?」
「こんにちはソニア嬢、キアラ嬢。そうだよ。羽を休めにね」
「偶然ですね。いえ運命です!」
「う、運命?」
俺が狼狽えると彼女は力強く頷いた。
「はい! せっかくですから私たちとデートしませんか?」
純粋な笑顔のまま、彼女は面白い提案をしてきた。
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