第9話 結婚を前提に?

「スレイン、お前に手紙が届いている」




 クローヴィス公爵から直々に一枚の手紙を渡された。


 封を切って中をたしかめる。


「……なるほど」


 書かれた内容を読んでにやりと笑った。


「その様子なら、フロスト伯爵のご息女の病は治ったようだな」


「ええ。無事に回復してるそうですよ」


「よくやった。お前のおかげでフロスト伯爵に大きな恩を売れた」


「いえいえ、それほどでも」


 むしろこちらが感謝したいくらいだ。


 今回の功績で当主からの評価がさらに上がった。


 原作と違い俺がこの家を出るメリットは無い。

 何もしなくても当主になれるだろうが、好感度は稼いでおいて損はない。


 いつ、何が起こるかも分からないからな。


 ちなみに俺が公爵になろうとしているのはツィリシアのためだ。


 彼女に何かあった時、公爵子息と公爵では選択肢の幅が違いすぎる。


「すぐに返事は返してやれ。それと、なるべく恩を売れるように行動しろ」


「もちろん分かっていますよ」


 いちいちうるせぇ奴だな。


 実力はあるが先代の功績を振り回すだけのくせに。


 まあボンクラな父はどうでもいい。

 それより今は、手紙に書いてあったフロスト伯爵家への招待に関してだ。


 普通に考えれば恩人である俺の屋敷へ赴くのが筋だろう。

 それでもあえて呼ぶのは、回復したばかりの次女を想ってのこと。


 何でも、次女や長女たちが俺に早くお礼が言いたいらしい。


 ククク……そういうことなら出向かないわけにはいかないな。


 精々デカい恩を売ってくるとしよう。

 内心でほくそ笑みながら手紙を閉じる。




▼△▼




 翌日、俺は馬車に乗って西区に居を構えるフロスト伯爵家へ向かった。


 王都の西区は貴族街とも言われる場所だ。

 建物の多くは飲食や服屋になっている。


 当然、貴族用のな。


 フロスト伯爵家は商人としての顔も持ち、それこそがもっとも恩を売りたかった理由。


 商人なら後々必要になるアイテムを揃えてくれるだろう。

 次女の命と引き換えなら安いものだ。


 そんな邪な思考を抱えてフロスト伯爵邸に到着する。


「ようこそスレイン様。本日は足を運んでいただきありがとうございます」


「どうもフロスト伯爵。ご息女は元気にしてるかな?」


「それはもう! 今日もスレイン様が来るのをずっと心待ちにしていましたよ」


 明らかに伯爵は俺へ敬意を持っていた。


 これでもかと気を使ってくれているのが分かる。


「本人から直接お礼を言われるのは恥ずかしいが、無碍にもできない。お礼の言葉をもらったらすぐにお暇しますよ」


「まあまあ。今回は長女もいますので話が合うと思いますよ。長女のほうはスレイン様と同い年ですから」


「へぇ、それは楽しみですね」


 よーく知ってるよ。

 きっと父親であるフロスト伯爵よりもね。


 伯爵の案内で屋敷の中に入ると、すぐに客室に通される。


 そこで、二人の少女が俺を待っていた。




「こんにちは、クローヴィス公子様」


「こ、こんにちは……公子様」


「こんにちは。お二人が伯爵のご息女ですね?」


「はい。長女のソニア・エーラ・フロストです」


「じ、次女のキアラ・エーラ・フロストです……」


 ぺこりと恭しく頭を下げる二人。


 しかし、なぜか妹のキアラのほうは動きがぎこちなかった。

 顔も赤いように見える。


 もしかしてまだ体調が悪いのか? 無理をさせてしまったかな。


「キアラ嬢ですね」


「は、はいっ」


「顔が赤い。それに声も震えています。まだ万全ではないでしょうし、無理しないでくださいね。ゆっくり自室で休んでください」


「ちがっ! いえ……違います」


「え?」


 違う? てっきり体調が悪いからぷるぷる震えているのかと……。


 理由はなんだ?


 首を傾げる俺に、隣に並んだ長女ソニアがくすりと笑って答えた。


「ふふ、この子ったら公子様を前に緊張しているんです。恩人であり、理想の殿方ですから」


 さらりと肩まで伸びた白髪を揺らしてソニアが言った。


「り、理想の殿方?」


「はい。実は公子様が我が家に来る前に、公子様の絵を見たんです」


「俺の……絵」


「公子様は有名人ですからね。手に入れるのは簡単でした。そして、それを見たキアラが一目惚れしてしまって……」


「お、お姉様! 余計なことまで言わないでください!」


 きー、とキアラが姉ソニアにキレる。


 わあお。まさかの展開だ。


 長女に恩を売るために助けた次女が、何を思ってか俺に惚れたらしい。

 とんでもない面食いだな。たしかにスレインはイケメンだけども。


 だがどうしたものか。

 別に俺は次女には興味ない。


 嫌いでも好きでもない。そもそも初対面だ。


 子供ながらに惚れやすいとかそんなところだろ。


 うんうん。俺は深くは気にしないぞ。

 こういうのは本気にするとあとで痛い目に遭うんだ。


 いや実体験とかじゃねぇから。黙れ。


 前世の黒歴史を思い出しそうになって心を抉られかけたが、なんとか意識を正常に保つ。


 すると、そんな俺に向かって次女キアラはとんでもないお願いをしてきた。


「あ、あの! スレイン様!」


「はい、なんでしょう」




「私とお友達を前提に結婚してください‼」




「……逆では?」


 あ、この子暴走するタイプだ。

 すぐに分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る