第2話 本編

 皆さんは田上町をご存じだろうか。


 田上町は新潟県南蒲原郡にある自然豊かな温泉地だ。


 私はとある用事を済ませるついでに、この土地の温泉を楽しもうと、とある旅館に宿泊していた。温泉は気持ちよく、食事も美味い。私は旅館の部屋から夜の景色を眺めていた。


 その時「バロウバロウ」と何か鳴き声のようなものが私の耳に届いた。それはどこか遠くから、私のことを呼んでいるように思えた。


 その鳴き声は恐ろしくもあり、気になりもした。そして、その鳴き声には聞く者の心を惹く何かがあった。


 抵抗することはできたと思う。だが、私はその鳴き声に対し、恐怖心よりも好奇心が勝った。だから、私はその鳴き声の元まで行けるなら行ってみようと思ったのだ。


「バロウバロウ」という鳴き声は規則的に何度も私の耳へ届いていた。これなら、鳴き声の元までたどり着ける。その時の私には確信めいた思いがあった。


 浴衣着のまま旅館を出て、私は歩く。田上の町を歩きながら、やがて私は一つの祠の前に立っていた。人の目から外れるように設置された祠は、なんだか寂しい印象を私に与えた。祠の前に立ってから「バロウバロウ」という鳴き声は私の耳には届かなくなっていた。


 その時、私の背に何かが乗った。


 何が私の背に居るのか、それは分からない。背中の方を覗こうとしても、その存在を目にすることはできない。ほどなくして、私の脚は何かに操られているかのように動き出した。今思えば、あれは憑依体験だったのかもしれない。何か得体のしれない存在が、私の背に憑りついていたのだろう。


 私の体はいったいどこへ行くのかと思った。体が何か別の存在によって動かされていたから、私の意図しない方向に足が向かっている。だが、そのうち私は来た道を戻っているのだと気付いた。だとすれば、私の背に乗る何かは、私の足を旅館へ進ませているのか。その考えは当たっていて、私はそのうち宿泊する旅館へと戻ってきた。


 旅館へ戻って来ても私の体はラジコンのように操られていた。私の体は男湯へ向かい、その日二度目の温泉に浸かることになった。湯につかっている間も、私の背には何かが乗り続けていた。そして困ったことに、それはなかなか温泉から出ようとはしなかった。


 私はあまり長風呂をするほうではない。すぐにのぼせてしまうからだ。このまま湯の中に浸かっていれば、きっと私はのぼせてしまう。だが、私の背に乗る何かは、私が湯から出ることを許さない。それは非常に困ったことだ。


 私は湯につかりながら、そのうち意識がおぼろげになっていき、気が付いた時には、例の祠の前に立っていた。私の背に何かが乗り移ったあの祠の前だ。私はのぼせて気を失ってからも、何かに操られ続けていたのか。それとも、ここに来てからのことは夢だったのか。それは、はっきりとしなかった。


 その時の私は浴衣着で、体はすっかり冷えていた。宿泊する旅館へと帰る途中に、自動販売機でコーヒーを購入した。その時、自動販売機の当たりが出て、もう一本コーヒーが手に入ったことをよく覚えている。


 新潟から東京に戻ってから、私は何かとツキがあった。自動販売機で当たりが出たり、スマホゲームのガチャで当たりを引いたり、他にも何かと小さなツキがたくさんあり、それはきっと、あの夜の体験があってからのことだろうと思えた。今の私は、あの時ほどのツキはない。きっとあの「バロウバロウ」と鳴いていた何かが私へ一時的にツキをくれていたのだと思う。私の体を貸して温泉へ連れて行ったお礼なのだろうか。


 私はある時「バロウバロウ」と鳴いていた存在の正体は何だったのかと調べてみることにした。そうして、私はある怪異に注目した。


 皆さんは『オバリヨン』という怪異をご存じだろうか。


 この怪異には様々な呼び名があって『バリヨン』や『オンブオバケ』と呼ばれることもある。


 また、オバリヨンという怪異は新潟の南蒲原郡では『バロウギツネ』とも呼ばれている。怪異の正体が狐であり「バロウバロウ」と鳴くからだ。


 私の体に憑りついた存在も「バロウバロウ」と鳴いていた。偶然の一致とは思えない。もう少し調べてみると、面白い情報が得られた。


 オバリヨン、あるいはバロウギツネ。この怪異は特徴的な鳴き声を発しながら人の背に憑りつく。その時、勇気を見せることが出来れば、この怪異は憑りついた者に富を与えてくれるのだという。背負っていた怪異が金塊に変わっていたという話や、怪異が憑りつくのではなく、小判が沢山現れたという話もあって面白い。


 どうせなら私も金塊や大量の小判が手に入れば、もっと良かったが、ツキを分けてもらえたのだから良しとしよう。


 以上、私がかつて新潟県の南蒲原郡で体験した不思議な体験だ。世の中には勇気を示せば幸運が舞い込むという話はある。だが、勇気を見せても悪い結果につながることもあるはずだ。私が出会った怪異は人に対して比較的友好的なものだったが、怪異とは本来、人とは相容れない存在だ。


 不用意にバロウギツネと関わった私が言っても説得力はないかもしれないが、怪異と関わる時には、充分に注意をするよう忠告しておく。

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バロウバロウ あげあげぱん @ageage2023

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