トリあえず生(せい)
太刀川るい
第1話
「とりあえず、生きて」
みたいに彼女が言ったから私はこう生きているわけだけれど、自分は今から死ぬっていうのに、そんなとりあえずビールみたいな軽いノリで言わないでほしいし、何よりも一人にしないでほしかった。
何が悪いかって、私が「あなたがいない世界で、どうやって生きればいいのか」なんて聞いたのが全部悪いわけで、そのおかげで、死が頭をよぎるたびに「とりあえず生きろって言われたもんなぁ……」なんて考えてとりあえず生き延びることになってしまった。大好きなあなたの最後の願いを無視できるわけもなく、今日も私は、無人の都市を巡る。
人間がいなくなった後の都市は、玉ねぎによく似ている。玉ねぎって知っている?「あなたは食べてはダメ」と丁寧に絵と映像で教えられたから、よく知っている。外側からだんだんと人が少なくなり、そして、最後には中心部だけにわずかばかりの人が残って消えてしまった。建物は、中心に行けば行くほど新しくなり、そして、それもまた歴史の中に消えようとしている。
幸いなことに、まだ動いている食料合成機があって、そこから一日一度、ぐにゃぐにゃした何かが出てくるから、生きていける。機械のメンテは私の仕事だ。なかなか上手でしょ。
野生動物は増えているけれども、彼らは人間の領域に入ってこようとは思わないようで、郊外でしか見かけない。もっと自分がワイルドなら、彼らを狩ることも考えたかもしれないけれど、合成機が動いている間はどうもやる気にならない。
かといって、機械が壊れたら結局食べることにはなるのだとは思う。とりあえず生きることが私の目標だし、この体はまだまだ死ぬように思えない。ああ、彼女が私と同じ体だったらなぁ……といつも思う。
空いた時間を、私はかつて人間のものだった都市を眺めてはぼんやりとすることですごす。図書館の本は、虫に喰われて原型を留めていない。繁栄を極めた都市はまるで墓標のように水面からそびえ立っている。かつて、銀河の一種族が繁栄を迎え、そして衰退して滅び去ったその証を私はじっと眺める。
悲しいよ。気がついたら、私は涙を浮かべていた。ああ、あなたはなんて残酷なんだろう。ただ、一言、一緒に死んでくれと言ってくれればよかったのに。そうすれば私は喜んであなたと永久の眠りについたのに。
でもあなたは、それを許さない。ただ、生き延びることを私に命じた。
青い空の向こうで何かが光った。トリか?いや、私はがばりと跳ね起きる。違う。あれは、飛行機だ。空を飛ぶ機械だ。
私は駆け出した。そうだ。思い出した。あなたはこう言っていたね。
「私以外にも、人間がまだ生き延びているかもしれない。だからあなたに生きてほしいの」そういって、あなたは私の頭を撫でた。
私に気がついたのか、飛行機はゆっくりと旋回し、音もなく地面に近寄る。
タラップが降りて、そこから人影が降りてくるのが分かる。私は、夢ではないかと思いながら、駆け寄る。
若い男だった。私を見ると、驚きの表情を見せた後、すぐに優しい顔になった。夢にまでみたその顔に、私は尻尾をちぎれんばかりに振ると、喜びのまま吠えまわった。
トリあえず生(せい) 太刀川るい @R_tachigawa
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