第9話
退院してから半月ほど、皮膚のつっぱりも気にならなくなってきた頃、私は活動を再開することに決めた。
普通は半年とか一年くらい完治にかかるらしいが、動けるのだから活動したっていいだろう。
再開に舵を切った理由は体の事だけではない。
貯金も心もとなくなってきていたという経済的な理由と、気がかりだったことを終わらせることが出来たこともあり、次へ向かうべきと判断したからだ。
私が療養している間、一番気にしていたのは当時同道していた自衛官達の弔問だ。
今回の事件で亡くなられた自衛官は二十名を超える。
動員された五十数名のうち半数は浅層から中層の別のルートを捜索していて、残りが私たちと共に下層へと降りて行った。
帰還できた自衛官は五名だったことを考えると八号事件以上の悲劇だと言えた。
駐屯地に設けられた献花台に花を添えさせてもらったが、そこには亡くなられた自衛官達の写真と新しい菊の花が幾つも並んでいた。
献花台はひと月で片づける予定だったが一週間ほど延長したそうだ。
多くの仲間から慕われていた人、結婚したばかりの人、配属されたばかりの人、様々な人の死がここで悼まれ続けているのだ。
感傷に浸ってしまうのも仕方がないだろう。
亡くなった方々のことを考えて沈みがちな気分にさせられたが良いこともあった。
田川に会って礼を言えたことだ。
命を救われた、ありがとう、そう礼を言ったら、
「国民の命を守るのは当たり前のことだ」
相変わらず口調も態度も素っ気なかった。
直接話が出来て分かったことだが、私たちに対して素っ気なかったりぶっきら棒だったりしたのは、私たちが役に立とうとして下手に動くと危険な目に合わせる可能性が高いのでその牽制の為だったそうだ。
だったら少しは言い方を考えて欲しいものだ。
気がかりが片付いての復帰初日。
あのような悲惨な事件があったのだし、ホームの利用者も減っただろうか。
そう考えつつ早朝七時半、『森』のゲートがある地元神社の裏山へ向かう。
『森』が出現する以前は竹林があったり山の剥き出しの斜面があったりと人が好んで向かう場所でもなかったが、今では整備されて敷石で整えられた歩道と階段がゲート前まで続いている。
今日も雇われた掃除夫がせっせと落ち葉やらを掃き清めていた。
挨拶の声を掛けつつ揚々とゲートを目指す。
階段を上り切り、ゲート前にあるちょっとした広場を目にした瞬間、私は瞠目した。
ゲートのある建物の前には十数人の人だかり。
待ち合わせをしているのか時間調整をしているのか分からないが、明らかなのは持ち物から見て同業者ということ。
私は慌ててスマホで日時を確認した。
今日が週末なのではないかと疑ったのだ。
休んでばかりいるとそこら辺の感覚が狂っちゃうからなぁ、なんて阿保なことを考えながら。
日付は間違いなく平日。
これは驚くべきことである。
私が入院する前はこの時間に来ても見かけるのは受付のある建物の前を掃除している職員さんくらいだったのに。
首を傾げつつ受付で手荷物チェックを受ける。
その際に聞いてみたら、
「え、ニュース見てないんですか?」
逆に驚かれてしまった。
職員の話によると、私たちが救助の際に訪れた下層で見つけた構造物。
後日そこから持ち帰った装置があったそうだ。
恐らく、あの学生が隠れていた卵型の遺構の中にあった物だろう。
それがどうやら『樹結晶』からエネルギーを取り出すことのできる装置だということが調査の結果分かった。
各報道局では新エネルギーの発見によって化石燃料は過去のもの、脱炭素社会へと大きく前進するのではないか、そんな感じで報道されているそうな。
加えて全国にある『森』の調査が急ピッチで進んでいて、あちこちで巨大構造物が発見されているらしい。
それは世界中のどの『森』でもそうなのだ。
日本以外の国々でもそのような発見が続いており、不思議なことに全ての巨大構造物のデザインや材質は共通しているのだという。
「今、世界中の人々が注目しているニュースですよ」
職員は興奮を隠そうともせずに色々と教えてくれた。
ともかくとして、世界中でそんな調子なので今現在『樹結晶』の買取価格が以前の倍になっており、あちこちで探索者の活動が活発になっているそうだ。
それに新技術といえど完成品が既に存在しているのだ、実用化も早いだろうし、継続的な利益も見込める。
新たに生まれる市場に対する期待感は最高潮。
(因みに、この時の私は半年後に再び値崩れを起こして買取価格が二か月前のものを下回ることを知らないで浮かれていた)
これでホームも賑やかになるのか、受付の外に居る同業者を眺めながら呟いたのだが、
「それは無いですかね」
職員はあまり期待していないようだった。
「彼らは市街の『森』で場所取りできずにあぶれてきたんですよ。他に便利な場所が見つかればさっさとそこに行くに決まってます」
市街の方の『森』は平坦で移動が楽なのに対してこちらの『森』は立体的で高低差が激しく迷いやすい上に、凶悪な原生生物に出会う可能性がある。
既にそれが原因で人死にが出ているというお墨付きである。
そんな訳で職員の彼らを見る目は冷ややかだ。
私はそんなものかと頷きつつ虚へと入っていく。
こんな不思議な『森』が出来ても結局週末にちょっと賑わう観光地にしかならなかった。
生活が劇的に変わったと感じたのは『森』に入り始めたときだけだと思っていた。
でも、考えてみればそれだけでこの田舎に喫茶店が出来て、食堂ができた。
生活サイクルもそれを利用することで少しづつ変わっていたのだ。
案外世の中は既に大きく変化し始めていたのかもしれない。
夢の新技術、取りあえず電気代が安くなってくれればいいなぁ。
地上からは遥か遠く、見上げる空もない薄暗がりで少年はもがいていた。
全身の痛みに顔を顰め薄れゆく意識の中、抗おうともがくが力が入らない。
高所から落下し、何度も体をぶつけ落ちた先。
激しい流れがある暗い水路のような場所だったことは記憶していた。
どれほどの時間、されるがままに流されていただろう。
必死に手を動かし、もがいた先で流れから抜け出せたのは薄い明りに満たされた広い空間に出てからだった。
水路の両端は蔦が絡んで半分埋もれていて、それを掴むことでようやく淵を這い上がる。
指の骨が折れているのか上手く力が入らないが構わない、動けばいい。
脚を使おうにも既に感覚がない。
それでも抗う。
ただただ必死に。
額を切っているのか視界が赤く明るい筈がよく見えない。
上半身を水から引き揚げて蔦に体重を預ける。
そこまでが限界だった。
何も考えられずに失われてゆく手足の感覚に絶望感を抱き始めたときだった。
虚ろな視界に複数の人影が写り込む。
「――――、――」
「――――――」
「――、――――――」
聞き取り辛い、聞いたこともない言葉が聞こえる。
話しかけられるも言葉が分からない。
そもそも言葉を発する体力もない。
口から洩れたのは言葉とも鳴き声ともつかない掠れた音。
奇妙な宇宙服のようなものを着込んだ人々だと少年はこの時初めて気が付いた。
彼らは二言三言会話してから少年を担ぎ上げると、構造物の奥へと姿を消した。
彼らが去り、その場に残されたのは少年の体を濡らしていた水の跡だけだった。
異世界来たりなば……余り世界は変わってねぇ ジョージ・ドランカー @-hrwu-g
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます