こゆきとのぞみのお悩み相談室~はるかなほしが、ふるさとだ編~

地崎守 晶 

はるかなほしが、ふるさとだ

「実は僕、人間じゃないんだ」

「七重連太陽系から地球の観測のために来た外星人、アルティマズィーベンなんだよ!」


 軋む体を押して最後の戦いに臨まんとするスバルは、思いを寄せ合うヒロイン、リリィに自分の秘密を――自分が今まで正体を隠して侵略者からこの星を守ってきた、外星人であることを、告白する。

 ダダーン、とドラマチックなピアノの効果音。

 背景のスクリーンにスバルとリリィ、二人の影のシルエットが黒く焼き付く。

 逆光の中、二人だけの世界で、リリィはまっすぐにスバルの瞳を見つめ返す。


「でも、スバルはスバルじゃない。たとえ50メートルの巨人だろうと、外星人だろうと、私たちの仲間の、スバルよ」


 彼女の言葉は、長い戦いと葛藤における一つの答えであり、救いでもあった。


「リリィ……」


 見つめ合う二人の距離が、互いに一歩近づく。しかし、そのささやかな交感すら許さないというように、大地が揺れ、空が燃える。

 名残惜しさを振り切り、スバルは空に迫る敵を見据えた。


「ありがとう、リリィ。僕はもう一度戦うよ。

これが最後の戦いになる……全てが終わったら、明けの空にシリウスが上っていく。それが僕なんだよ」

「待って、スバル。その体でまた戦うなんて」


 引き留めようと伸ばした彼女の手は空を切る。身を翻したスバルの手には、サングラスの形をした変身道具。


「唐木班員が、ピンチなんだよ!」


 迷いを振り切るように、スバルは宣言する――スバルという個人として、地球を愛する外星人として。

 最後の変身。スバルが顔にサングラスをかざす――

 そして、場面が光に包まれ、暗転する。


「カァット!!

OK!! 最高です!!

今のはめちゃくちゃよかった!!」


 照明にしぶきがきらめく。メガホンで叫んだ監督の口から飛んだ唾液だ。

 テイク20から先は数えるのを諦めていたわたしは、その声を聞いて全身の力が抜け、その場にへたり込む。

 撮影を続けていた学生たちから割れんばかりの拍手が巻き起こり、思わず泣きそうになる。超大作映画の撮影ドキュメンタリーのような様相だけど、その実これは大学の映像研の学園祭上映作品の撮影だ。少し前に大きな話題になった有名な特撮映画のオマージュらしい。

 やたらと監督と脚本担当の部員の熱意が強く、かつ主演とヒロインの配役が部内で決まらなかったため、この大学の何でも屋、わたしたち『こゆきとのぞみのなんでも相談室』に依頼があったのだけど、配役探しのつもりが、まさか小雪とわたしが演技をすることになるとは思わなかった。経験もないのに謎に芝居が上手い小雪はともかく、わたしは大根もいいところだったので、この短期間で死ぬほど練習してなんとか形になった。サークルの片方が足を引っ張っていると思われたくなかったので、こんな喝采を受けるなら石にかじりついてでもやった甲斐があった。


「ふふ、ウチの演技でアカデミーも目やないでぇ」


 主人公役というプレッシャーをどこ吹く風で演じきりドヤ顔の小雪。なまじスタイルと顔がいいため絵になって癪に障る。

それにしても演技とは言え関西弁以外でしゃべれるとは、男役が務まること以上に意外だ。


「や~ほんとにありがとうございましたまさに理想通り! これでお二人の出番はオールアップ、後はズィーベンと怪獣パンドラ・改の戦闘シーンだけ、なので……」

「そこが一番山場なんすよぉカントク……」

「うう……そうだったぁ……」


 感極まって小雪にハグしかねない勢いだった映像研の面々のボルテージが冷や水をかけられたようにしぼんでいく。目の下に濃いクマを作った彼らにはまだ試練が待ち受けているらしいが、受けた依頼分は働いたので、お礼への挨拶を済ませるとわたしたちは帰り支度を始めた。


「あー、きっつぅ……」

「ええ、疲れたわね今回は……テイク49はさすがに……」


 更衣室で衣装を脱いでいると、小雪が呻くので頷く。今回の依頼は本当にハードだった。ムダにバイタリティの高い小雪もさすがにくたびれたのだろう……


「んーん、おっぱいがキツうてキツうて。のぞみちゃん、つよー巻き過ぎちゃう?」

「は?」


 とてもドスの効いた声が出た。見ると、サラシをほどいて、ムダに体積のある脂肪の塊を解放している。こいつが主人公の男性に扮する上で最も困難だった点で、だからわたしが押し返してくる弾力に対して思いっきり巻いたわけ、なんだけど……。


「ムカつくわね……そのままつぶれてたらいいのに」


 彼女の胸元に浮いた汗を睨みながら言った言葉には、繰り返しに繰り返したお芝居よりよっぽど感情が乗っていた自覚がある。


「せやかてウチも好きでおっきくなったワケやないやないもん~」

「ああもー早く服着なさい、バカ!」


 訴えるようにくっついてくる小雪をひっぺ返して、彼女のパーカーを押し付けた。



 二人だけのプチ打ち上げと称して、いつもの居酒屋で乾杯することにした。酷使した喉にビールがしみる……気がする。

 わたしが一杯目を空にしないうちに小雪はウィスキーだのワインだの日本酒だのとむちゃくちゃなちゃんぽんを始めた。これでこいつが酔いつぶれたところは今まで見たことがない。こいつの肝機能はどうなってるのか。どれだけつきあっても常識離れしたところだらけで呆れてしまう。

 まったく、本当に人間なのかどうか……。


「なあなあのぞみちゃん、ウチ、実は人間とちゃう、って言ったらどないする~?」


「え……?」


 そんなことを思っていたせいか、突然そんなことを言われて間抜けな声が出た。顔を上げると、白い頬をやや染めた小雪がにやにやしてこちらの目をのぞき込んで来た。

 なんでそんなことを、と思って、今回の依頼を思い返す。主人公がヒロインに正体を打ち明けるシーン。

 それにかこつけてわたしをからかっているのだろう、と彼女の瞳に写る自分のしかめ面を見返す。

 口を開き、思い直して、ちょうど届いたカルーアミルクを一口。

 あの主人公が最後に告白するまでには大きな葛藤があった。愛する人々を守るために自分の正体を隠し続けること、最後の戦いに臨むためにヒロインに別れを告げなければならないこと。最後に打ち明けたのは、彼女にだけは知っておいて欲しかったのだろうか。ありのままの自分を。隠していながら彼女を愛した罪を。

 仮に。目の前にいるこの、いつも好き勝手にわたしを振り回す女が、人間以外のなにかだったとして。小雪はあの主人公のような感情を抱くだろうか。

 わたしにはわからなかった。小雪が人間かそうでないかも、からかっているのかわたしに何かを伝えたいのかも。

 わからないから、彼女の底の知れない深さをたたえる瞳を見つめ直して口を開いた。


「……別に、どうもこうもないわよ。アンタが宇宙人だろうと別世界人だろうと、死神だろうと悪魔だろうと、……アンタはわたしが知ってる夏樫小雪で、それ以上でも以下でもないわ。

だいたい、こんなこともあろうかとーだの、ウチの知り合いのコネ~だの山ほどワケわかんないことしてきたし、どーせまだまだ隠し事だらけなんでしょ?

今さらアンタの正体の一つや二つ付け加えても変わんないわよ」


 そう、たとえ何者だとしても、小雪はわたしを離さないだろうし、わたしも小雪から離れられるわけがないのだ。こいつに勝手に巻き込まれたサークル活動は、確かにわたしの一部になっているんだから。


「んふ~、のぞみちゃんのそーいうトコ、だーいすき」


 思わずむせる。


「好きって……何よ、もう酔ったわけ?」

「そーいうのぞみちゃんはまだ一杯目やのに耳までまっかっかやな♪」

「あーもううっさい!

ほらシーザーサラダきたわよ! 野菜も食べなさいよね!」


頬をすり寄せてくる小雪をひっぺ返して、わたしは照れ隠しにまたグラスを口に運んだ。

 うわばみの小雪と違ってこっちは人並みでしかない。あまり酔わせないで欲しかった。

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こゆきとのぞみのお悩み相談室~はるかなほしが、ふるさとだ編~ 地崎守 晶  @kararu11

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