敏腕エージェントの日常6

信仙夜祭

今日は、同僚の裏切りか~

 俺こと敏腕エージェントは、今、逃走中だった。


 まあ、なんだ……。母国との繋がりを見破られて、敵国に包囲される前に撤収したのだ。

 決して、この敏腕エージェントが、ヘマした訳じゃない。

 夜道をトラックで移動中なのだ。


「あなた……。他の従業員は大丈夫でしょうか?」


 隣に座る妻……、元お姫様が質問して来た。


「心配無用だ。俺たちが殿しんがりなんだ。それに彼等は、ただの建築会社社員だよ。叩いたところでなにも出ない」


 建築業者として生計を立てていたので、母国から従業員を雇っていた。

 だが今いる敵国は、『怪しい』という理由だけでしょっ引く危ない国なんだ。

 民間人の被害など出したくない。


 問題があるとすれば、平凡エージェントが混じっていたくらいかな~。

 あいつがドジったのだろうか……。


 しかし、輸入建築会社としてしか活動していなかったのに、どうしていきなりこうなったのだろうか……。

 敵国の警察署に仕掛けておいた盗聴器から、我々を逮捕する情報を得て撤退を決めたのだが、何処で情報を得たのだろうか?

 最近の俺の活動は、『件の政治家の家に忍び込んだ』時のみだ。


「あ、そうそう。通信が入っていましたよ?」


 赤信号で止まったので、通信紙に視線を落とす。


『敏腕エージェント、以前に組んだ女エージェントは何処にいるか知っているか? 君が結婚したと知ってから姿をくらませたのだ。連絡も取れない。とりあえず、足取りがつかめたら、連絡をくれ。ちょっと、重要情報を知っているので、結構ピンチなんだよ』


 あれか……。俺が、『エージェント梵奴ボンド』と名乗っていた時に組んだエージェントだな。

 だが、行方知れず?

 考えていると、信号が青に変わった。

 トラックを発進させる。





 もうすぐ国境だ。この地図にない山道を進めば、敵国を脱出できる。

 ここさえ抜ければ、一時の安全を確保できる。そう思ったのだが……。

 誰かが、道の真ん中で仁王立ちしていた。


 トラックを止めて、俺は降り立った。


「久しぶりだな。女エージェント……トリだったか?」


「エージェント梵奴ボンド……。その腕にしがみついているのが、あなたの嫁なの? 若すぎない? 釣り合いが取れていないわ」


 嫁は、何かを悟ったのか、俺の腕に絡みついている。離さないという決意を感じる。

 彼女たちの視線が、火花を散らしていた。


「行き場をなくした彼女を引き取っただけだ。独り立ちできるまでは、面倒見るつもりだ」


 ――ギュ


 痛いんだけど? そんなに強く掴まないでくれ。痣になりそうだ。

 エージェントトリが、拳銃を向けて来た。


「今すぐ別れなさい! それと、私をパートナーにして!」


 もしかして、今回の騒動って、この女の仕業か?

 嫉妬は、見苦しい。

 それと、妻は「ふっ」と軽い笑みを浮かべた。

 それは良くないと思う。すっごい挑発になっているぞ?

 エージェントトリは、今にも発狂して、発砲しそうだ。


「決断が遅かったわね。もう結婚から三ヶ月も経っているのよ? なにもないと思っているの?」


 妻が、お腹を擦った。聞いてないんだけど? いや……、心当たりはあるんだけどさ。

 エージェントトリは、奥歯をギリギリと噛み締めている。


 暫くの沈黙……。沈黙が重いんだけど。

 ここで、エージェントトリが倒れた。麻酔かな? ピクピクしている。

 彼女の背後より、誰かが姿を現した。


「んっ? 平凡エージェントか。こんな所でなにしてるんだ?」


「エージェントトリの捕獲ですよ。敏腕エージェントの情報を流しておびき出しました。エージェントトリは、とりあえず俺が預かります」


 こいつの仕事だったのか。

 まあ、不干渉が組織の不文律だ。任せよう。

 俺たちは、トラックに乗り込み、国境を目指した。



「ふう~、これでとりあえずは、安全かな?」


「うふふ。途中で結構ピンチでしたね~」


「なあ……。お腹を擦ったのは、挑発なんだよな?」


「うふふ。今度一緒に病院に行ってみますか?」





 こうして、今日もこの国の平和が護られた。

 敏腕エージェントの活躍は、終わらない。つうか、責任を取らされるかもしれない。

 終わりが見えない戦いは、今後も続いて行く――かもしれない。

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