トリのおんがえし

葉月りり

戸袋の巣

 カクヨム生誕祭KACが始まった。今まで何回か参加したが、今年は頑張って皆勤賞を目指したい。と、思っていたのに、最初のお題が出される日から一週間の出張を命ぜられてしまった。


 それでも私は頑張った。移動時間、仕事から解放されたホテル、宴会を抜け出したトイレの個室でも、スマホでぽちぽち書き続けてなんとか二つのお題をクリア。出張も無事に終わってアパートに帰って来た。


 さあ、この週末は執筆に専念できるぞと、布団に入ってぐっすり眠った次の朝のことだった。雨戸を開けようとしたら、何かがつっかえてて、動かない。古いアパートなのでいつも動きが悪いのだが、いつにも増して動かない。なんとか力ずくで20cmくらい開けたが、そこから先は何か噛んでしまったようで、全く動かない。


 いったい何を噛んでしまったのか、私はその20cmの隙間になんとか体を捩じ込んでベランダに出た。


 やられた。この一週間の留守の間に鳥に巣をつくられてしまった。枯れ草やら小枝やら詰まってて、これ以上雨戸は動きそうにない。こんなベランダの掃き出し窓の戸袋に巣を作るなんて、バカな鳥だと思ったが、調べると勝手に巣を撤去してはいけないという法律があるらしい。どうすんだこれ。


 とりあえず、懐中電灯で中を覗いてみる。巣だけだったら取り除いても許されるらしい。が、奥の方にしっかり卵があった。はっきり見えないが四つくらいあるようだ。これは撤去できない。


 戸袋に巣を作るのはスズメかムクドリだが、親鳥はどこにいるんだ? 辺りを見回すと、電線にスズメより少し大きいくらいの鳥が二羽、こちらをじっと見ている。お前らの巣なのか?


 初めて見る鳥だった。オレンジ色の体に茶色の冠羽、お腹は薄茶色にまだらのような模様、白い顔に黄色い嘴。スズメより丸っこい体で小さな目が可愛らしい。


 とりあえず、このままでは私の部屋が真っ暗でカビが生えてしまうので、ドライバーを使って雨戸を一枚外して日当たりを確保した。それからホームセンターに行ってダニ避けやら除菌剤やら買って来て窓の内側に撒いた。


 室内で息を潜めて巣の様子を見ていたら、あのかわいい鳥の巣であることが確定した。二羽で代わる代わる卵を温めている。卵が孵って雛が育って無事に巣立ったら、戸袋の掃除をしよう。それを待つしかない。


 しばらくすると戸袋からピヨピヨと鳴き声がするようになった。

 私はずっとKACの締切に追われ、戸袋のことは気にしていないつもりだったが、出されたお題に鳥の巣箱の話や、飼っている鳥にささくれを引っ張られた話し、大鷲の足に掴まれて空を飛び「なはさないで〜」と叫んでいる話しなど、鳥の話しばかり書いていた。


 戸袋のピヨピヨはどんどん激しくなり、気にせずにはいられなくなった。時々懐中電灯で巣を覗いてみる。雛は四羽。一羽だけ一回り大きいのがいるがきっとそいつが一番に巣立つんだろう。


 親鳥は忙しく餌を運んでいる。本当はいけないことかもしれないけど、ちょっと子育てを手伝いたくなって、りんごを小さく切ってベランダに置いてみた。親鳥はそれを全部巣に運んだ。嘴の形状は猛禽類ぽいけど、りんごを食べるのがわかった。それからもたまにりんごやバナナを置いてみた。雛は順調に大きくなっているみたいだ。


 KACが終わった。とりあえず全部のお題を書き切った。星もハートもPVも伸びないけど、やり切った満足感は私の勲章だ。そして何人か私の拙い物語に「ここが良かったよ」とコメントをくれる人がいる。そのコメントが嬉しくてまた何か書こうとやる気が出る。ランキングなんて気にするような実力じゃない。ただ自分の好きな物語を描いているだけ。でも、今回は頑張ったから皆勤賞、もらえるといいなあ。


 あの怒涛の締切を乗り越えた日々のことも忘れかけた頃、ピヨピヨが聞こえなくなった。ベランダに出て巣を見ると空っぽのようだった。目の前の電線にあの小鳥が五羽止まっている。親鳥二羽と一回り小さいが親と同じ模様の雛が三羽。ああ、巣立ち出来たんだ。これで巣を取って掃除ができる。


 あれ? ちょっと待て。

 雛は四羽じゃなかったか?


 一羽、どうしたんだろう。一羽だけどこかに行っちゃったか。それとも…考えたくないが育たなかったか。そうだとしたらあの戸袋の中に死骸が…うわぁ。


 もう一度、戸袋の中を懐中電灯で照らしながらよく見る。枯れ草と小枝の中に埋もれているのか、それらしいものはない。懐中電灯でずーっと奥まで照らす。戸袋の一番奥、そいつは居た。


 オレンジ色の体に茶色の冠羽、白い顔に黄色い嘴、薄茶色のお腹に模様。親鳥と全く同じ模様なのに親鳥の十倍はあろうかという大きさの丸々とした…雛?

 黒い小さな目が光っている。時々小さな声でピーと鳴いているから生きてはいるようだ。ここでハッと気がついた。


 お前、大きくなり過ぎて戸袋から出られなくなっちゃったのか? 

 もしかして私が餌をあげてたせいなのか? いや、そんなに大きくなる前に出られただろ。


 大きな雛は戸袋の幅にがっちりはまっていて身動きもままならないようだ。これはすぐに出してあげないといけない。私は巣の掃除の手順をネットで調べてあったので、すぐに実行することにした。


 合羽を来て、手には軍手の上からゴム手袋、手首を輪ゴムでしっかり止める。箒に不織布のモップ、そしてドライバー。ダニ用の殺虫剤にアルコール除菌スプレーもだ。


 まずはドライバーでネジを回して戸袋の出し入れ口の面を外す。そして奥にいるヤツを外へ出すべく腕を伸ばす。ベランダに寝そべって肩まで腕を入れるとなんとかヤツに届いた。が、モフモフのホワホワでどこを掴んでいいかわからない。翼を引っ張るわけにはいかない。ゴム手袋であちこち撫で回してやっとしっかり掴めるところを見つけた。


 ヤツの二本の足をぎゅっと握って手前に引く。結構摩擦がある。どんだけ太っているんだ。ヤツは時々ピーと鳴くが大人しく引っ張られている。怪我しないようゆっくりゆっくり引っ張って、スポンと出てきたヤツはほぼ球体だった。


 足を持ったまま起き上がり、しげしげとヤツを見る。かわいい…。

 ヤツは逆さまにされているのに抵抗もせず、ピーと言っている。バレーボールぐらいはありそうな体なのに羽根が小さい。とても飛べるとは思えない。どこにも行けなかったら、どうしたらいいんだろう。私が面倒見ることになるのか?


 とりあえず、逆さまにしとくのもなんだからベランダに置いてみる。ヤツは私に向かってピーピーと鳴いて羽をパタパタと動かしている。


 なんだろう。これ、なんか見たことある。オレンジ色の体に茶色の冠羽、白い顔に黄色い嘴…


 ヤツはパタパタとずっと羽を動かしている。パタパタが少しずつ早くなり、ヤツの体が少し浮いた。えーっとびっくりしているうちにふわふわと私の目の高さにまで浮いて来た。


 うそだ。こんなものが浮くはずない。だって結構重かったし、羽根、私の手のひらより小さいじゃん。


 ヤツは少しずつ上へ昇ってゆく。時々パタパタのスピードが緩んでガクンと私の目の前に落ちて来る。手を出して受け止めようとするとまたパタパタと上へ昇る。そのうちベランダを出て行き、また落ちそうになりながらも遠ざかって行く。


 私は急いで玄関から出てアパートの階段を降り、ヤツを追いかける。いつ落ちて来るかと目で追って行くが、ヤツはだんだん安定して来て、そのままふわふわと空へ昇って行き青い空に溶けてしまった。


 部屋に戻ると親鳥と他の雛も見えなくなっていた。今のはなんだったんだろう。もしかして雛の死骸が戸袋に残っていてそれが見せた霊だったのか? 私は慎重に戸袋の中の巣を掻き出しよく見たが、死骸は無かった。


 戸袋は箒でよく掃いて除菌シートを何枚も使って拭き、除菌スプレーとダニ用殺虫剤をこれでもかと撒き、戸袋の蓋をねじ止めした。雨戸も元に戻し、これでまたいつもと変わらぬ生活に戻れる。


 鳥は一度巣を作ったところにまた戻って来るという。ヤツにまた会いたいと思う気持ちもあったが、ヤツがまた来てくれるとは思えなかった。また出張中に変な鳥に巣くわれてもこまる。何か対策をしなければ。


 私はトリあえずの方策としてヘビを買って来た。百円ショップのおもちゃだ。ベランダに二匹、日本にはいないはずのコブラを置く。効き目がわかるのは来年の春かもしれないけど。


 あれから随分経ってからKACの各賞の発表があった。皆勤賞に自分のアカウントを見つけてニンマリしていると、カクヨム運営様からメールが届いた。運営様から私個人にいったい何だろうと、開けてみると、


「抽選の結果、貴殿が〝トリのぬいぐるみストラッププレゼント〟に当選されましたのでお知らせいたします」


 トリのぬいぐるみストラップ? どんなのだっけ? サイトに行って画像を見た。


 あ、このトリ…


 私はまたヤツに会えるのか。

 とりあえず送り先アンケートを書き込んで返信した。


おしまい



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