第7話 機械と魔法

 魔獣と戦うのは初めてじゃない、牙と爪に怯えるのはもうとっくの昔に卒業した。ラティナは首と胸部に装着した「人工勇者」装置に軽く触れながら戦斧を握り直す。


「素敵な思い出がたくさん眠ってるんだ……悪いけど街には入らせないよ」


 防衛壁門から外に出ると、破壊された門には新しい障壁が貼られていた。音もなく設置された断空魔法を最初に気づいたのは命源観測者ディープゲイザーのストメモだけ、他の冒険者たちはみんなラティナの挙動に注目していた。


 魔獣の群れに飛び込んで重さ280kgもある戦斧を振り下ろす、土魔法のブースターで魔獣諸共を押し潰して地面に半径10m前後クレーターを作り出す。


 斧が地面に刺さった隙を狙って飛び込む狼型の魔獣たち。顔を上げると胸のメーターの針がカチッと回転して排熱管から蒸気を吹き出す、次の瞬間ラティナの体から稲光が発生して魔獣たちを痺れさせる。

 戦斧を地面から抜いて身動き取れない魔獣に向かって一振り、メーターは再び稼働してラティナの魔法を炎に変換する。炎に焼かれた獣は骨のかけらすら残らない。

 

 その戦いっぷりは魔法使いというよりも狂戦士にしか見えないが、街内で観戦していた者たちは大きな歓声を上げた。


 襲撃してきた魔獣の軍勢は僅か十数分で全滅したが、ラティナをサポートした「人工勇者」装置も同時に作動停止した。

 高出力な魔力で属性変換ケーブルと保留タンクは限界まで稼働し続けて焼き切れてしまった。


「属性変換って……なるほど、だから未完成なのか!」


 カロンから装置の説明を受けた時はあまりわかってなかったが、実際に戦闘してやっとその仕組みを理解できた。


 この装置は全ての魔法を再現するために五属性の変換機能がついている。しかし、今のバージョンではエネルギー変換できても魔法のがない。

 風属性魔法であれば細分化して「流気」「風」「嵐」「天象」「断空」の五つの魔法に分けられる。これは他属性でも同じように細分化できるが、風以外の魔法を使おうとすると発動せずに、全部ただのエネルギー放出になってしまう。


「──勇者様ぁあああ!!」

「勇者様が蘇ったーー!!」


 棒立ちして考えていると、戦いを目撃した冒険者たちは街内から飛び出てラティナを胴上げし始めた。


「わっ、わぁ! なになに!? 下ろしてーー!」


 助けを求める声は冒険者たちの興奮と雄叫びに掻き消され、ラティナはしばらくの間胴上げされ続けた。







 数日後、カロン工務店。


 カロンは最後にもう一度機工馬をキレイに拭いて修理作業を完了させた。それと同時に持ち主の彼女は店に訪れたが、彼女の姿を見たカロンは思わず吹き出した。


「っぷ……何そのゴリラのお面」


「あ、私です! ラティナ!」


「いや、誰かはわかってるよ」


「え……正体バレてる!?」


 子供でも欲しがらないお面を乱暴に外して、ラティナは不機嫌な表情を見せる。どうやら少女は本気で正体を隠していたつもりらしい。


「なんでそんなのつけてたの?」


「いやぁ〜 この前の防衛戦でちょっと、目立ちすぎちゃって……」


「ハハ、すっかり有名人みたいだな……「勇者様」」


「どこに出かけても勇者様って声かけられるから恥ずかしかったんだよ! だから仮面で顔を隠そうと思って……」


 カロンはそう話す彼女の背負っている戦斧を指差す。


「隠すならソイツを隠したほうがいいと思うけど」


「……──……確かに」


 カロンは小さく微笑みながら作業スペースから機工馬を運んでくると、あるものが入った小箱も一緒にラティナに手渡した。

 カロンと視線を軽く交わして、ラティナは小箱の蓋を開けて中身を確かめた。中には修理された「人工勇者」装置が入ってる。


「ラティナが言ってくれた問題点を改良してみたんだ。旅先で戦う機会あったらまたテストしてくれないか? あ、ついでに魔法も記録してくれると助かる! 手伝ってくれたらお礼するからさ」


「……あのさ、私と一緒に旅しない?」


「え……」


 ラティナは装置を見つめたまま、記憶を探るような口調で話を続ける。


「私、大人になれない呪いに掛かってて、それを解くために本物の勇者の足跡を辿ってるんだ。カロンが求める全魔法の記録と再現の目標、そして私の目的……これらはそんなに違わないんじゃないかなって」


「旅……ってことは、ここを離れるんだよな……」


 カロンは顔を上げて祖父から受け継いだ店を眺め始める。


「ここを捨てるわけじゃない、全部終わったら戻ってくればいい! そうでしょ?」


「あぁ。俺はじいちゃんが暮らしたピラザとこの店を守りたくて「人工勇者」装置を作ったんだ……一緒に旅に出れば、魔法使いに手伝ってもらいながら開発できる!」


「そして、私の機工馬ちゃんが故障したらすぐに修理をしてもらえる!」


 利害が一致した機工技師と旅人は共に旅する仲間になった。

 ラティナは少年のような笑顔で右拳を突き出すと、カロンはオイルまみれの手袋を外して拳先を合わせた。


「よろしくね、相棒くん」


「こちらこそ、勇者様」



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