第2章 光柱と故郷

第8話 空洞

 ピラザから数キロ離れた樹木に囲まれた山道、カロンが提供してくれた荷車のおかげで過酷な道のりでも快適に旅できる。ラティナの戦斧と同じように荷車もラティナの風魔法で軽量化されてるので、足場の悪い上り坂でも機工馬はスムーズに歩める。


「カロン! 次の目的地だけど」


 ラティナはバッグから地図を取り出して広げてみせた。


「このままずっーーと北上して、ルブダスタを目指すのはどうかな?」


「ルブダスタ……名前だけは知ってる、機工学の発祥の聖地だよな?」


「うん、きっとカロンの研究の助けになると思う! 一度だけ入国したことあるけど、見たことないモノだらけで楽しかったんだ~」


 自分のことを考えてくれるのはありがたいけど、カロンは同時にラティナのことを心配した。カロンのことを優先してラティナ自身が向かいたい場所を後回しにしてないかが気になる。


「俺はそれでいいけど、ラティナはいいのか? 行きたい場所とかない?」


「私は目的地決めてないから。行き着いた場所で勇者の痕跡を探せばいいだけ! あ、でもルブダスタに行く道中に私の故郷があるんだけど、久しぶり……というか百年ぶり? に寄りたいんだよね!」


「わかった。じゃあ、目的地はそれで決まり」


「へへ、楽しみぃ~ 故郷は今どうなってるんだろ」


 明るく笑うラティナとは裏腹に、カロンの頭には一抹の不安がよぎった。

 ラティナを知る人物が生きているとしたら、最低でも百歳は超えているはず。それに街自体が魔獣に滅ぼされている可能性だってある。日常的に機械や数式と格闘してるカロンはどうしても楽天的にはなれない。


「あれ、こんなところに寺院が……」


 険しい山道を越えて山頂につくと、石造りの古びた寺院が姿を現した。門柱に何かの文章が刻まれているが、文字が古代すぎてラティナでも読み取れることができない。


「この寺院、地図に載ってない……危険な罠が潜んでるかも」


「そうだね、行こっか」


「ああ、そうだな──ん?」


 探求の化身である旅人のラティナにとって、未知な場所をスルーできる理由が存在しない。カロンを荷車から引きずり下ろすとラティナはすぐに戦斧を背負った。

 寺院の石門をくくって大量の武人石像が陳列してる通路に入る、石像たちはすべて進入した者を睨むような構造に設計されている。人の気配がないのに監視されているような居心地悪さを感じる。


「うはっは♪ 雰囲気あってこわ~い!」


「本当にそう思ってる?」


 石像たちを観察しながら通路を進み、ラティナは軽快な足取りで奥の本館らしき建築物に入っていく。一方でカロンはキョロキョロと周囲を警戒しつづ、同行者を見失わないようについていく。

 

「なーにこれ!?」


 ラティナの声につられて彼女の視線の先に目を向けると、本館の床の真ん中には巨大な空洞が空いている。落石や崩落によってできたものではなく、最初からそういう構造であると縁の装飾が静かに訴える。

 圧倒されたのか、二人とも無意識で息を殺して空洞の中を覗き込む。空洞の円壁には人を模した大量の銅像が螺旋状に並べられており、空洞の見えない底まで延々と続いている。


「え……人の、像? でも外の通路の像とちがって作りが繊細だ……」


「誰かを祀ってる、とか?」


「カロン……この銅像の人たち……なんか、見覚えが」


「ラティナ?」


 先ほどまで元気だったラティナは銅像を見た途端両手で頭を押さえ始めた。知らないうちに寺院のトラップを起動させてしまったかもしれないと、カロンはラティナの腰に手を伸ばして抱えて離れようとしたその時、ラティナは空洞の像たちの正体を思い出す。


「私……知ってる!」


「おい、ラティナ! ここから出るぞ! なんかわかんねぇけどこの場所はヤバイ!」


「あの像……全員死んだ──」


 彼女の言葉に反応したかどうかは不明だが、空洞内に並ぶ人像は一斉に輝き始める。空洞は通路であり、束ねられた光は柱となって天を穿つ、忘れ去られた寺院から発した光柱は一つだけではない。


 同時刻の世界各地。

 ラティナたちが侵入した寺院と同形式の人像が光柱と同期して、空突く光柱をいくつも発生させた。光柱の発生はかの者の前兆で、それが瞬く間に世界規模に広がった。


『死は人の繋がりを引き裂く──』


 瞳が焦げるほどの眩い光を直視していると、聞き覚えのある声がラティナに語り掛ける。


『しかし……勇者は人にあらず、死しても……』


「死……ひと……ひき、さく……」


「ラティナ? 何言っての、おい!」


 虚ろな表情で言葉を呟くラティナはどうみても正常じゃない、慌てたカロンが彼女に手を伸ばした瞬間、光柱から衝撃が発生してカロンを吹き飛ばして石の壁に叩きつける。


『星の海に沈み、──』

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