第6話 ニセモノ

 カロンは市民公園から祖父を連れて帰宅すると、ひとまず遺体を寝床に寝かせた。病院と教会に連絡しなければいけないので、機工馬の修理は後日に延期することになった。


「申し訳ない、お客さんにウチのことを付き合わせてしまって」


「ううん、全然平気! じゃ、私は宿屋に戻るね」 


「あぁ、またれんらk──」


 ウゥーーーーーーウ……カ〜ン、カ〜ン。


 ラティナがカロン宅から出ようとしたところ、緊急事態を知らせるサイレンが街中に鳴り響く。二人の緊張感は一気に高まり、互いにアイコンタクトを取ると即座に走って家の外に出る。


 旅人のラティナは沢山の街を渡り歩いてきたが、多種多様な文化を繋ぎ止める紐のようにこのサイレン音だけは世界共通のもの。


『こちらルミエネギルド・ピラザ支部です……只今、B級++の緊急魔獣波動を感知しました……街内のルミエネギルド所属の冒険者全名、直ちに防衛壁門前に集合してください……繰り返します──』


 しかし、2回目の放送は流れなかった。

 街の防衛壁外から放たれた魔力投石がピラザの脆いバリアを突き破って、街中心部の放送タワーに直撃する。

 タワー屋上で爆発した魔力波は風と共に街中に広がる。今までせいぜいD級−の襲撃しか経験したことがないカロンは大粒の冷や汗を垂らした。


「ど、どうしよっ」


「カロン! こっち来て!」


 転けそうになったカロンを自分のそばに引き寄せた次の瞬間、ラティナはすぐさま両掌をパシっと合わせた。すると、傘で飛び立った時と似た強風が目視できる膜として広がって二人とカロンの家を包み込む。


 足元の影が突如濃くなったことに気づいたカロンは視線を上に向ける。

 先ほど放送タワーに直撃した魔力投石と同じタイプの巨岩が自分に向かって落下してくるが、ラティナが作り出した障壁に触れた途端、投石は塵サイズまで分解されて無害な霧と化す。


「な、なんで!?」


「私も障壁魔法を知ってるって言ったでしょ!」


「いや、そうじゃなくて……個人が扱う魔法の規模もそうだし、安定性が……」


「ほら、カロンはどこか安全なところに隠れて、私はギルドの手伝いをしてくる!」


「実験するんなら今しかないか……ラティナ」


「?」


「最初の人工勇者にならないか?」







 同時刻のピラザ防衛壁門前。


 かつての防衛壁はA級以上の魔獣侵攻をも防いでみせたが、街の有限なリソースを箱舟の打ち上げに費やしてきたせいで今回の襲撃の波を止めるには冒険者と防衛隊の人力に頼らざるを得ない。

 しかし、あまりにも突然な襲撃に対応できる人数は限られている。


「シールダーの皆さんは前線に出て魔獣を惹きつけてください、機工部隊が来るまで何としても市民を守らなければ!」


 パーティーの括りを無視して、ディープゲイザーのストメモはその場に集まった冒険者に指示を出す。

 タンク職の懸命な働きのおかげで、暴れ回る魔獣どもを何とか防衛壁門外に押し出せたが、その努力は虚しく人力防衛線は大型魔獣のタックルで最も容易く突破されてしまう。


「く、来るなぁあああ!!」


 身長10m超えの巨獣は倒れるシールダーに足を伸ばす、災害の化身である魔獣は明確な意識をもって人を殺す。


「フロストプリズンッ!!」


 大型魔獣がその巨大な足を下ろそうとしたその時、ストメモは大型魔獣を目標に指定して氷結魔法を放つ。巨躯の魔獣と防衛壁門がまとめて氷漬けになったことで多少の時間稼ぎに成功した、そのおかげで足元にいる冒険者たちはなんとか後退できた。


「さすがディープゲイザー様! このまま勝てそう!!」


「いや、氷結魔法は僕の本領じゃ……これでは足止め程度しか」


 壁外の魔獣たちは絶え間なく捨て身で氷の門に衝突し続けるため、巨大魔獣を包む氷は魔獣の血で赤く染まってヒビ割れ始める。

 ディープゲイザーに昇格したばかりのストメモは多少の戦闘経験を積んであるが、このような不利な戦いは初めてである。今この場で一番の熟練者である自分がしっかりしないといけない、焦りに蝕まれながら必死に打開策を考える。


「ディープゲイザー様、次はどうすれば……?」


「そ、そうだな……氷が──」


「みーーーーんなぁーーーー!! 退いてーーーーーー!!」


 甲高い子供の叫び声にディープゲイザーも含めて冒険者全員が振り向いた。声の主を確かめる暇もなく、炎と雷を纏った戦斧が防衛壁門に向かって一直線で飛んできた。


 飛来してきた炎雷のバトルアックスは大型魔獣にぶつかると、壁外に向けて凄まじい威力の爆発を引き起こして、その場にいる魔獣の6割をまとめて吹き飛ばした。持ち主のコントロールで衝撃は全て壁外に流したので、街内の防衛線には一切の影響を及ぼさない。


 舞い上がる土埃と共に空中で回転するバトルアックス、その持ち主の少女はストメモの背後から風に乗って高く飛び上がって戦斧を回収する。

 そしてそのまま重さを一切感じさせない軽やかな足取りで着地してみせた。


「すっごい! ホントに火と雷魔法使えたーー!!」


 ストメモはもちろん、この場にいる冒険者で千歳を超えた人間は誰もいない。それなのに、彼らは全員同じ者を連想し同じ言葉を口ずさんだ。


「炎、雷、風の魔法を同時に扱える人間……──……勇者様が、蘇ったんだ」


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