人魚について誤解していること2~人魚の恋~
武藤勇城
人魚の恋 前編
皆さん、お久しぶりです。
またお会い出来て、大変嬉しく思います。
初めましての方は、ご来場有難うございます。
私の姿を見て、さぞ驚かれていることでしょう。
え?
前回も来て頂いた方ですか?
3年ぶりですね、有難うございます。
ですが、申し訳ありません。
私ども人魚は、多くの時間を海の中で過ごしますから、人間の顔を見分けられても、覚えるのはちょっと苦手です。
前に来て頂いたのに、お顔は覚えておりません。
今回も、人魚について、幾つかお話させて頂こうと思います。
旅行の話と、ちょっとだけ、私の初恋の話もしたいと思います。
私人魚と、人間の男性との、恋バナです。
それと冒頭もう一点。
前回は簡単な擬態をした姿でお目にかかりました。
ご覧頂いております通り、今回、人間に擬態しておりません。
この姿が、私ども人魚本来の、ありのままの姿です。
普段は海の中で過ごしますので、髪の毛も眉毛もなく、全身つるつるです。
え?
擬態って何かって?
そうですよね、初めての方には、その説明をしないと分かりませんよね。
私ども人魚には、特別な力があります。
月の光を吸収し、体内に溜め込んで、見た目を変えられるんです。
通常、人魚が人間社会に入る時は、人間の姿に擬態します。
人間の服を着て、髪の毛を生やして。
そうしないと事件になっちゃいますから。
正直、人魚の姿で皆さんの目の前に出るのは、まだ抵抗と言いますか、恐怖感があります。
気持ち悪いって思われないでしょうか?
怖がられないでしょうか?
化け物だって言われないでしょうか?
迫害されないでしょうか?
古代の人魚族のように、人魚狩りに遭わないでしょうか?
ずっと、そんな風に思っていました。
私に、この姿で表に出る勇気をくれたのは、3人の友人です。
今日も一緒にこの会場に来て、つい先刻まで裏で話をしていました。
その時、大丈夫だよって、私の背中を押してくれました。
何かあれば私が守るよって。
何があっても私たちは味方だからねって。
そう言ってくれたんです。
照明が強くて、どこにいるか分かりませんが。
今も会場のどこかで聞いてくれています。
普段、私ども人魚は暗い海の底で暮らしていますので、眩しい明かりが苦手です。
月明り程度の、暗い方が良く見えるんです。
え?
ええ、もちろん。
人間ですよ。
今回お話させて頂こうと思っている、旅行の話。
その時も3人と一緒でした。
あっ!
今、マーちゃん、ニンちゃん、って呼んでくれたのが、私の友人です。
マーメイドのマーちゃん。
人魚のニンちゃん。
そんな風に呼ばれています。
人魚って、固有名詞がないんですよ。
普段、深い海の底で暮らしますので、会話による意思疎通を行いません。
それに、現在は個体数も減ってしまっていますから、名前を付けて呼び合う必要もありません。
私の群れは、10人ちょっとです。
世界中に散らばっている人魚を全部合わせても、100人か200人か。
その程度しか残っていないと思います。
もちろん、このように喋ることは出来ますよ。
人魚は歌うのが大好きですから、人間の歌もよく歌っています。
月光浴をする間、人魚はみんな歌っています。
世界中の言語で、世界中の歌を歌います。
それらの歌詞の意味も理解していますし、楽譜だって読めちゃうんですよ。
え?
またその話ですか。
人魚は、歌って人間を誘い出して、船を沈めたりはしません。
冤罪です。
そういうデマを拡散するなら、名誉棄損で訴えますからね。
それでは、今回のメインテーマの話に移りましょう。
旅行の話です。
どうして旅行をすることになったのか、その経緯からお話しましょう。
今日、あちらの、奥の方で聞いてくれている、私の友人3人。
そのうちの1人、
日本の方が多いので、漢字は分かりますよね。
知る、知識の知という漢字の下に、日光の日、日本の日ですね。
それで
それに美しいと書いて、
上の名前は、昔と今とで変わりました。
人間は、結婚という儀式を行うんですよね。
そして結婚をすると、名前が変わるんですよね。
結婚をせず、名前も持たない私ども人魚にとって、不思議なと言いますか、興味深い風習です。
智ちゃんと再会したのは、前回の公演の後でした。
日本を襲った大地震と大津波。
もう10年、13年も前になりますか。
あの日、私と3人の友人は、その現場にいました。
私の短い、短いと言っても人魚にしては、という意味です。
人魚は早死にする者でも500年は生きます。
長老になると700歳、800歳の人魚もいます。
短いというのは、人魚としては若輩者という意味です。
実際、私の年齢は、今ここにいる誰よりも上でしょう。
え?
何歳かって?
何歳だと思いますか?
はい、ミニクイズです。
あ、前回、公演に来て知っている方は答えないで下さいね。
どうですか、分かる人はいますか?
ではそこの、ええ、メガネをかけた男性。
120歳?
他の方は?
そちらの赤い服の女性。
130歳?
刻みますね。
では、そちらのチェック柄の、若い男性。
250歳?
思い切りましたね。
じゃあ、えっと、そちらの隅の。
10万飛んで61歳?
って、それはデーモン閣下です。
人魚は長老でも800歳って言いましたよね。
お前も蝋人魚にしてやろうか!
じゃないです。
それでは正解を発表しましょう。
一番最初の、メガネの男性がニアピン賞です。
100歳を過ぎて103歳、まだまだ人魚としては子供です。
その私が、100年余りの人魚生で最も怖い体験をしたのが、あの大地震でした。
はい、そうです。
先ほども言いましたが、あの日あの時、大津波の現場、海岸にいたんです。
本当に恐ろしい体験で、私も友人も、もう命がないんじゃないかって思いました。
あまりの恐怖に、その後の記憶はすっぽりと抜け落ちています。
多分あの日、大津波が収まってから、逃げるようにその場を離れて。
友人とも散り散りになって。
それ以来、あの場所には近寄りませんでした。
人間社会では、携帯電話、あるいはインターネット、ソーシャルネットワーク、といったもので、友人同士すぐ連絡が取れると思います。
ですが私ども人魚の場合、そうはいきません。
海の中に、携帯やパソコンを持ち込むわけにはいきませんからね。
私と友人3人は、離れ離れになり、その後連絡も取れなくなってしまいました。
前回の公演の後ですから、3年前でしょうか。
いえ、その更に1年後ですから、2年前だったかも知れません。
ふと懐かしく思って、10年ぶりにあの場所を訪れたんです。
周囲の様子は、すっかり変わってしまっていました。
ここで合ってるかな?
と疑問に思うほどです。
瓦礫の山は、全て撤去されていました。
波打ち際には防波堤が築かれ、奇跡の一本灯台と呼ばれたあの場所も、高台の上に移されていました。
私は人間に擬態して砂浜に上がり、あの時と同じネズミ色の制服に身を包んで、防波堤沿いを歩いていました。
その時です。
遠くの方、防波堤の上から、大きな声が聞こえたんです。
ニンちゃんって。
私をそう呼ぶのは、世界に3人しかいません。
ビックリして声のした方、防波堤を見上げました。
誰かが、階段を駆け下りてくるのが分かりました。
大きく手を振って。
ごめんなさい。
ちょっと、あの時のことを思い出してしまって。
頑張れ、有難うございます。
すみません、大丈夫です。
はい、有難うございます。
ちょっとだけ、感極まってしまって。
もう大丈夫です。
智ちゃん、有難う。
うん、大丈夫だよ。
え?
こっちに?
ステージに来る?
うん、あっ、じゃあ、こっちへ。
上がって来て。
皆さん。
彼女たちが、さっき話していた、私の大事な友人です。
右端の、こちらの女性が、智ちゃんです。
それから、真ん中にいる髪の長い女性が、
真実の真、まこと、という漢字に、魚で真魚ちゃんです。
真魚ちって呼んでいます。
一番奥のメガネをかけた子が、
愛が良いと書きます。
愛良ちゃんはそのままですね、アイラって呼んでいます。
みんな有難う。
心強いよ。
皆さんも、温かい拍手、有難うございます。
ではここで、一旦、休憩を挟ませて頂きます。
少し気持ちを落ち着けて、壇上に友人の席を用意します。
トイレに行かれる方や、飲み物を買われる方は、その間にどうぞ。
準備を整えて、10分後に再開しますね。
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