人魚の恋 中編

 それでは再開いたします。

 引き続き私の日本の友人、智ちゃん、真魚ち、アイラの3人は登壇して、近くで見守ってくれています。

 拍手、有難うございます。


 え?

 はい、そうです。

 先ほど申しましたように、真実の魚、と書いて真魚ちですね。

 え?

 人魚の私より、真魚ちの方が本当の魚じゃないかって?

 誰が上手いことを言えと。


 いやいや、真魚ちも私も、人間です、人類ですよ。

 私ども人魚だって、ほら、ちょっとつるつるの肌ですけど、人間と同じ、二本足に二本の腕ですよ。

 人間と一緒です。

 人間の仲間です。

 人間の子供だって産めちゃうんです。

 仲間外れにされたら、悲しいです。


 申し訳ありません、いきなり脱線しました。

 友人と再会した時の話でしたね。


 日本の方が多いですから、ご存知の方も多いと思います。

 日本人に対して、人魚の私がする話ではありませんが、ちょっとだけ聞いてもらっていいですか?


 四苦八苦、という言葉があります。

 四つの苦しみと、別の四つの苦しみ。

 合わせて八つの苦しみがあるという、仏教の教えです。

 もちろんご存知の方が多いでしょう。

 生きる苦しみ、死の苦しみ。

 そうした当たり前にある苦しみの他に、愛する人と別れる、愛別離苦せいべつりく、というものがあります。

 私は愛する友人と、生き別れました。

 連絡も取れず、どこにいるかも分からず。

 友人の家は知っていましたが、全て、地震と津波で流されてしまいました。

 スマホを持てない人魚の私には、彼女たちに連絡する手段がありませんでした。

 もう二度と会えないって、そう思っていました。

 だから、智ちゃんと偶然再会した瞬間、本当に驚きました。

 これは夢じゃないか、って思いました。


 え?

 人魚のくせに夢なんか見るのかって?

 先ほども言いましたよね!?

 私ども人魚は、海にいる人間だと思っています。

 仲間外れにしないで欲しいです。

 どうしても、人魚と人間を別のモノとして分けたい、っていう人もいると思います。

 仕方のないことだと思います。

 その考えを否定しません。

 受け入れます。

 でも、もう少しだけ、人魚を知って、理解して、受け入れてくれたら嬉しいです。

 ここにいる、日本の友人のように。


 えっと、夢のご質問でしたね。

 人魚だって、夜は眠りますし、眠れば夢を見ます。

 そうですね、何の夢を見るでしょう。

 あまり覚えていませんが、空を飛んだり、巨大な怪物に襲われたり。

 爆弾が近くで、ドカンドカンと炸裂する。

 そんな恐ろしい夢を、何となく覚えています。

 もちろん、暖かくて幸せな夢も見ますよ。


 智ちゃんと再会して、色々な話をしました。

 最初に聞いたのは、何故ここにいるのか、という話だったと思います。

 あとは、会えなかった間、何をしていたのかとか。

 他の友人の消息も尋ねました。


 智ちゃんは避難所で数年暮らした後、再会したあの日から数えてちょうど1ヶ月前に、故郷に戻って来たそうです。

 被災してから約10年。

 避難所生活、新居での生活。

 とても大変な思いをしたと聞きました。

 故郷へ帰れる、という話になっても、新しい生活があり、簡単ではなかったそうです。

 アイラと真魚ちの2人は、そんな理由もあって、故郷には戻っていませんでした。

 みんな離れ離れになっていたんです。


 故郷に戻ったのは、智ちゃんだけです。

 すっかり変わってしまった沿岸を、もしかしたら私がいるんじゃないかって。

 雨の日も、風の日も。

 毎日のように、散歩がてら見に来てくれていたみたいです。

 だから、私たちは再会出来たんです。

 全て智ちゃんのお蔭です。


 久々に4人揃って、遊びに行きました。

 すっかり大人になって、見違えました。

 さっきもお話したように、私ども人魚は、人間の顔をあまり見慣れていません。

 だから化粧をして、大人になった彼女たちは、正直、誰が誰だか分かりませんでした。

 カラオケに行って、みんなで大合唱をして、お酒も頂いちゃって。

 楽しい時間を過ごしました。


 一同結集した、その日。

 果たせなかった約束を果たそう。

 そんな話が出ました。

 実は大地震のあの日。

 私たちは、旅行に行く約束をしていたんです。

 みんなで集まって、船に乗って南の島へ。

 それまで、今のこの人魚の姿は、友人にも見せたことがありませんでした。

 この姿を見て、仲間外れにされるのが怖かったんです。

 でも友人たちは、ズッ友だよって言ってくれて。

 私に、この姿を見せる勇気をくれました。

 でも、あの大地震で散り散りになり、約束は果たせなくなりました。

 その約束を、今度こそ。

 そう誓って、旅行の計画を立てたんです。

 よく知る場所なのに、何故でしょう。

 みんな一緒と考えるだけで、楽しくて、胸が躍りました。


 出発日は大安吉日を選びました。

 もうあんな事件が起きて、計画が立ち消えになりませんようにって。

 智ちゃんと2人、神社にお参りして、神様にお願いもしました。

 願掛け、って言うんでしょうか。

 大安吉日もそうですが、人魚の風習にはありませんので、智ちゃんに色々と教えてもらいました。

 昔はお賽銭って、5円だったみたいですね。

 ご縁がありますようにって。

 でも近年、日本社会のルールが変わって、小銭のお賽銭は禁止されたみたいです。


 え?

 みんな知ってるって?

 そうですよね。

 私ども人魚にとっては、新鮮で面白い話ですけど。

 こんな話は面白くも何ともないですよね。

 失礼しました。


 え?

 訴えてやるって言わないのかって?

 何ですか、それは?

 ダチョウ倶楽部ですか?

 知ってますよ、ダチョウ倶楽部。

 ヤー!


 違う?

 そうじゃなくて、前回の公演の時に?

 ああ、そういうことですか。

 私が、名誉棄損で訴えるとか、ヘイトスピーチで訴えるとか、そう言ったんですね。

 前回も来て頂いた方ですね。

 だから、今回もそう言って欲しかった、と。

 え?

 さっきも言ってました?

 私の口癖なんでしょうか。

 冗談ではありますけどね、人魚ジョークです。

 もっと言った方が良いですか?

 別にいい?

 そうですか。

 ちょっと残念です。


 旅行の話に戻りますね。

 目的地は、南国、パラオです。

 日本から船に乗って真っ直ぐ南へ。

 フィリピンの少し東側にあります。

 年中温かく、とても綺麗な海のある、小さな島国です。

 冬場になると、私ども人魚は、よくこの辺りの海にいるんです。

 寒いのは苦手ですから。


 この時期、日本周辺の海は冷たく、人魚の私には過酷でしたが、みんなとの旅行のためです。

 日本まで泳いで来ました。

 思い出の灯台付近で待ち合わせ。

 女性4人、のんびり船旅です。

 2月最初の週末、金曜日の夜に船に乗って、船中で1泊。

 そのままパラオで1週間過ごして、その次の日曜日の夜に船に乗り、また帰りの船中で1泊。

 合計8泊11日の日程です。


 参拝したのが良かったのでしょうか。

 天気も良く、波は穏やかで、まさに順風満帆。

 何一つ問題は起きず、無事にパラオに着きました。


 え?

 船の中で眠れたかって?

 波が穏やかならよく眠れただろうって?

 それがですね。

 夜、船の中では、友人との会話が盛り上がってしまって、なかなか眠れませんでした。

 空白の時間を埋めるように。

 私も色々な話をしましたし、みんなの話も聞きました。

 人間社会の話は非常に興味深くて、全然眠る暇なんてありませんでしたよ。


 先にお話ししたように、パラオの近くにはよく行きます。

 現地の言葉だって話せちゃうんですよ。

 私ども人魚は、人間よりずっと長生きですからね。

 現地の歌だって歌えちゃいます。

 だから通訳も不要でした。


 あっ!

 そうです。

 パラオの言葉で、チチバンド。

 って何か分かりますか?

 はい、ミニクイズです。

 では、そちらの男性。

 素晴らしい、大正解です!

 チチバンドっていうのは、女性用下着、ブラジャーのことなんです。


 パラオは、第二次世界大戦の前まで、日本が統治していた島なんですね。

 ご存知の方も多いでしょう。

 日本統治時代に教わった、幾つかの日本語が、今も残っているんです。

 とっても親日的な国で、日本からの観光客も多いんです。


 え?

 日本に占領されていた国だから、日本を恨んでいるだろうって?

 全然、そんな事実はありません。

 日本の統治下にあった国のほぼ全てが、今でも親日国ですよ。

 パラオと日本は戦っていませんが、日本軍が軍事的に占領した国、例えばフィリピンやマレーシアやインドネシアであっても同じです。

 みんな日本が大好きなんですよ。

 中でも、パラオが今でも親日的でいる、大きな理由があるんです。

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