タイムトラベルと私

千石綾子

タイムトラベルにGO

 『トリあえず。キカンする』


 短い言葉でのやり取り。通信にもエネルギーを食うので、極力短い言葉でと言われているが、敢えてトリに言及したあたりに彼の悔しさがにじみ出ている。


 パイロットがパネルを操作すると、光の粒子が私達のマシンを包む。軽い振動と耳鳴りの後、私達は現代に帰還した。まずはコントロールルームに向かう。

 ヘルメットを脱ぎながら、リーダーが絞り出すようにうめいた。


「絶滅の、ほんの3年後に着地したんだ。3年だぞ。まだあのトリの生き残りが、どこかに生息しているかと思ったが……」

「申し訳ありません。次は絶滅の1年後に着地できるように調整します」

「頼むぞ。もう時間がない」


 私達は、タイムマシンを使って世界中の絶滅した生き物を集める、絶滅種ハンターだ。

 既に絶滅した生きものが、まだ多く生息していた時代へ行き、何組かのを捕獲してくる。そうして捕まえてきた個体を専門家が研究用に繁殖させるのだ。


 しかし開発されたばかりのこのタイムマシンには「ぶれ」があり、なかなか目標の時代にピタリと着地することができない。数年の誤差が出てしまうことが多いのだ。


 更に現在のマシンの能力では未来にはまだ行くことができない。過去に行って、帰ってくるだけ。それも最長800年しか遡ることができない。


 今は西暦2482年。ドードーが絶滅して801年が経つ。つまりもう絶滅している年にしか行くことはできないのだ。

 それでも、ドードーを捕まえるという夢は皆が……特にリーダーが持ち続けている。彼はそのためにこの仕事に就いたようなものだ。


 その気持ちは良く分かる。私にも同じような夢があるからだ。


「ネコ。ネコを捕まえる任務はまだかな……」


 そう。私はネコを捕まえたい。800年も前に滅んだドードーと違い、ネコはほんの100年ほど前まで世界中に生息していたのだから。


「カオリはネコ好きだもんね」

「うん。母親がネコ好きでね。物心つく前から一緒に動画観てたから」


 その時は知らなかった。もう彼らがこの世に存在しないなんてこと。


 強烈な伝染病が、何故かネコ科にだけ流行して、あっという間に地上から消えてしまったそうだ。ネコの伝染病に効く薬、そしてワクチンが開発されたが、その頃にはもうネコは数を減らし過ぎていた。薬は、間に合わなかったのだ。


「でも、任務で過去に行った時、割とどこでもよく見るでしょ、ネコ。それじゃダメなの?」

「見るだけなんて。撫でたり、抱っこしたり、吸ったり……とにかくもふもふしたいのよ!」


 任務の際のタイムトラベルで過去へ行った時に、ネコを見る事はできる。だが彼らに触れることは許されていない。

 ターゲット以外の生きものに接触することは、固く禁じられている。タイムトラベルにおける歴史改変のリスクを最小限にするためだ。


「ターゲットとして捕獲する場合、その個体が歴史に影響を及ぼさないかの確認は絶対に怠るな。そして関係のない生きものには関わるな。何が原因で歴史が変わってしまうかわからない。お前はそそっかしいから、特に気を付けるように」


 またリーダーに言われた。以前任務中に、今はなきエッフェル塔の手すりを壊して以来、1日1度は言われている気がする。


***


 数日後、次のターゲットが決まった。今度はスズメだ。私は差し入れの為のドーナツを買いに行く。AIのミヤビはオールドファッションをかじりながら不安げにこぼした。


「スズメは対象範囲が広すぎて、逆に絞り込みが難しいの。またドードーの時みたいにブレたらどうしよう……」

「大丈夫。私も一緒に考えてあげる。二人で座標を決めよう。ね?」 

  

 そうして2人力を合わせて、文字通り三日三晩かけて次の目的地の座標を割り出した。


 目指してたどり着いたのは2350年、春。片田舎の過疎の村。場所も時間もピッタリだった。さすが私。そしてミヤビ。

 その時代に合わせた服に着替えたチームは、山へと分け入った。


 そして私はといえば、途中で捕獲チームからそっと離れて、村の駅の改札に寝そべるネコを眺めていた。

 ……可愛い。

 キジ白ネコが改札のデータリーダーの上に座って毛づくろいをしている。

 利用者がチップが入った手をかざすと、たまにチョイチョイとじゃれてくる。まるでハイタッチをしているようだ。


「触りたいけど……我慢、我慢」


 そうつぶやく私の目の前に、この村の住人らしき少年がやってきた。そうしてもふもふ、わしわしとネコを存分に堪能し始めたのだ。

 羨ましすぎて涎が出そうだったけど、ここは我慢。


 それにしても少年よ。少しスキンシップが過剰過ぎやしないだろうか。そんなにわしわししてはネコが禿げるのではと心配になってきた。


 しかし周りの人達は少年のことも猫のことも目に入っていないかのように素通りして行く。

 きっと彼らにとってはこれがいつもの光景なのだろう。


 これをただ見ているだけではいけない。ネコ好きの私には、今やらねばならない事がある。腹をくくった私は少年、そしてネコの方へと近付いて行った。


***


 何食わぬ顔でタイムマシンに戻ると、もう皆も戻ってきていた。


「まったく、心配させて。また道に迷ったのか。今度は何も壊さなかっただろうな」

「大丈夫です壊してません。それよりも、スズメは捕獲できましたか?」

「思った以上に警戒心が強くて苦労したが、8組のを確保できたよ」


『キカンする』


 短いその通信文には喜びが滲んでいる。ドードーではないが、今回はちゃんとトリにあえたのだ。


 そうして私達は再び現代に戻ってきた。いつも通りタイムマシンから降りる。その目に飛び込んできた風景に、私は身震いした。


 ──ネコだ!


 施設内の廊下を白いネコが歩いている。コントロールルームの中には猫用のベッドがあり、その中でキジトラネコが丸くなって寝ている。

 思わず外へ飛び出した。施設の玄関の前にも、芝生やベンチの上にも、駐車場に停められた車の屋根にも、色々な柄の猫たちが思い思いにくつろいでいた。


「──上手くいったんだ……」


 私は今日、大きなルール違反を犯した。

 あの村で出会った少年。ネコ好きな彼は、将来絶滅しかかったネコのために治療薬とワクチンを開発する。しかしそれは僅かに間に合わなかった。

 私は事情を話し、研究所に保管されていた完成したワクチンと治療薬、その研究データを箱に入れて少年に手渡したのだ。それが歴史を大きく変える暴挙だと知りながら。

 

 思わず涙が溢れてきた。するとミヤビが不思議そうにそして心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「どうしたの? 悲しい涙じゃなさそうだけど、何に感激してるの?」

「ん、ネコが可愛すぎて。……座標手伝ってくれてありがと」


 ミヤビは小首をかしげる。


「ん? 手伝ってくれたのはカオリの方だよ」


 差し入れと称したワイロのドーナツで、今回の着地点をあの日あの場所に設定してくれたミヤビには一生頭が上がらない。


 世界中に、消えた猫が戻って来た。

 きっとそれはいい事ばかりではなくて、私は罰を受けるかもしれない。でも今は。


「とりあえずもふもふしなくちゃ!」


 私は廊下に落ちている茶白トラネコを抱き上げて、そのお腹に思いきり顔を埋めた。



                 了




※お題:「トリあえず」

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タイムトラベルと私 千石綾子 @sengoku1111

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