【KAC20246】娘の思い

下東 良雄

娘の思い


「とりあえず、チサトはいらない」




 小学二年生の頃、母の浮気で両親が離婚。

 私は母に捨てられ、父が育てることに。


「必ずチサトを幸せにしてやる」


 私を抱きしめた父が言った言葉。

 私はその言葉にすがった。




「チサト、新しいお母さんが欲しくないかい?」


 小学四年生の頃、父が見知らぬ女を家に連れてきた。

 私の心はざわめいた。


「ルミと言います。チサトちゃん、よろしくね」


 笑顔で私に挨拶する女。

 その笑顔は、私には悪魔のように見えた。


『トリアエズ、ヨロシク』




「チサトちゃん、醤油とソース、どっちがいい?」


 私から父を奪った憎い女。

 その笑顔で私を懐柔しようとしている。


『トリあエズ、ショうユ』




「チサトちゃん、一緒にお風呂入ろ?」


 本当の母親は、そんなこと言ってくれなかった。

 憎いはずの女の笑顔に心が揺れ動く。


『トリあエず、ハイる』




「チサトちゃん、怖くないよ。ちゃんと教えてあげる」


 身体が大人になっていく。

 不安に怯える私を女性は優しく抱きしめてくれた。


『トリあえず、オしえテ』




「チサトちゃん、回転寿司行こうか!」


 その優しい笑顔に、私は安心を覚えるようになった。

 でも、まだ「お母さん」とは呼べなかった。


『とりあえず、行く!』




「チサトは、お姉ちゃんになるんだよ」


 嬉しそうに語る父と、恥ずかしげなルミ。

 小学六年生の頃、このふたりに子どもができた。


『トリアヱズ、オメデトウ』




 私はいらない子になるんだ。




「チサト! あなたは私の大切な娘よ!」


 家を出ていこうした私の頬を叩いたルミ。

 なぜ叩いた方が泣いてるの? なぜ? どうして?




「とりあえずチサトを返して」


 実の母親が家に押し掛けてきた。

 困惑する父とルミ。その判断は私に託された。




『お母さん』




 その言葉に、にやける母親。

 父とルミはうなだれた。




『これからもずっと一緒にいていい?』




 驚く母親と、喜びに溢れる父とお母さん。

 とりあえず、なんて言う人は母であっても親じゃない。




 私は、お母さんの愛に包まれて生きていく。



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