仮想生物と過去 -Darc's Desk-

月這山中

 

1.

 ハッキリ言う。僕は嫌な奴だ。


 大学受験に失敗して、精神を壊した上に何も持たない自分をどうにかしようともがいた結果、ハッキングに走ったのかも。いや、そんな切欠がなくたって僕は嫌な奴だっただろう。


 世間のセキュリティ意識が甘すぎるのが悪い、なんてイキったりして、耳障りのいい言葉だけ拾って自治厨をブロックして回って調子づいてたら、お縄になった。


 リーク情報を流していた頃も、今も、僕の心は空っぽだ。


 そんな僕を拾った組織があった。

 デジタル庁ITトラブル対策局。

 嘘みたいな名前の、政府公認の暗殺組織。


 福楽宗介。ハンドルはダルク。解析班として働いている。




2.

 僕よりも若い新人が入って来た。それも女の子。

 なにかを期待したわけじゃないけど、デスクワークじゃなくて実働隊と聴いた時はガッカリした。入れ替わりが早いと聴いてたから。


「今、いいですか」


 人間嫌いだという彼女から話しかけられてすごく驚いた、ちょっとキョドってたかも知れない。


「ターゲットの詳細が知りたい」

「対応に必要な情報は渡されただろ」

「全然足りない。万全を整えたい」


 僕はマクロを作る手を止めて共有ファイルを開いた。

 印刷して渡す前に、彼女は身を乗り出してマウスを奪った。

 距離が近い。人間嫌いの癖に。


「ありがとう」


 お礼とか言うんだ。





3.

 傷跡を残さない一番スマートな方法を、ただ、彼女は選んでるだけ。





4.


「解析班とのつながりは作っておいた方がいい、と言われました」


 うらやましがる奴がいるかもしれないが、僕は外見も中身もさえないオタクそのものだ。女の子に憧れられるような男なんかじゃない。積極的に話しかけてくる女子は同じオタクじゃきゃスパムのネカマと絵画商くらい。つまり、裏がないと僕には話しかけないってこと。


「ごめん、忙しいから」


 そう言って逃げた。

 それでも彼女は毎日のように僕の背後に現れた。


「僕は新人だよ。他を当たったほうが」

「一番、人間に興味なさそうだから」

「え」

「失礼だった?」


 言葉が胸に刺さりすぎて、彼女の質問にも答えられなかった。

 人間に興味なさそう? どういう意味? 僕は人間扱いされてないってことか?

 ちょっと腹が立ってきたが、オタクが子供にキレちらかすみっともなさは流石にわかってた。


「……ごめん、忙しいから」


 また逃げた。





5.

 どれだけ逃げても彼女は追ってくる。


「なんて呼べばいい」

「何を」

「お前を。探す時に困る」


 年下にお前と呼ばれてもキレたりしない。大人だから。


「ダルクって呼ばれてる」


 元はジャンヌ・ダルクから取ったハンドル。捕まってからは更生施設とひっかけられてからかわれたが、誓って薬物はやってない。徹夜でスイス軍のセキュリティを突破した時はハイになったけど。


「こういう時は君も名乗るものじゃない?」

「私はマリ。でも、忘れていい」

「……たしかに、実働隊の個人名を覚えてたって意味はないけどね」


 実際、先輩たちは彼女に付き纏われる僕を同情の目で見てる。


「一つ謝りたい」


 お前って呼んだことかな。


「人間に興味がないと、誤認したことを謝る」


 彼女は、マリはそう言うと頭を下げた。


「忙しいのに時間を作ってくれてありがとう。それでは」


 どうやら、彼女に悪意がないことに気が付いた。

 悪意がないどころか、不器用そのものだ。人間嫌いっていうか、『人間でいるのが苦手』と言いかえたほうが良いんじゃないか。

 それから、実際僕は人間に興味がないわけじゃない。ただ、臆病なだけだ。

 そんなことを考えてるうちに昼休憩が終わった。


 あの日以来、彼女から逃げるのをやめた。

 なにかを期待してたわけじゃない。警戒する必要がなくなったってだけ。




6.


「マリ、お菓子食べる?」

「いらない」

「それならいいや。お腹がすいたならいつでも言って」

「わかった」


「マリ、困ってることはある?」

「ない」

「それならいいや。いつでも相談して」

「わかった」


「マリ、欲しいものはある?」

「なぜ?」

「気になっただけさ。僕にできることがあれば言って」

「そう」


「マリ、誕生日はいつなんだい?」

「なぜ?」

「気になっただけさ。別に、教えたくないならいいから」

「……そう」




7.

 マリが来て三年目。

 彼女はまだ生きている。それだけでうれしい。


 出張の仕事の後、マリは病院にしばらく入院した。

 彼女の退院日、サプライズのケーキを用意して、彼女がデスクに来るのを待っていた。


「今、いい?」


 いつもの呼びかけだ。


「退院おめでとう!」


 僕はケーキの箱を開けた。

 でも、彼女は。


「………」


 何も言わず、立ち去ってしまった。





「ごめん、マリ、ケーキ嫌いだったのかな」

「別に」

「サプライズがダメだった? それで怒ってる?」

「怒ってない」

「本当にごめん! すまない! 謝るから、僕は本当に嫌な奴で」

「子宮を切除した」


 彼女は言った。


「そ、そう、大変だったね。病気だったの?」

「違う。必要ないから取った」

「僕が、僕がキモイこと言ったから?」

「関係ない。以前から、取ってしまおうと思っていた」


 ショックを受けてる僕とは正反対に、彼女は淡々と続ける。


「顔も整形する。だから、ダルクが、緊張する必要はなくなる」

「やめてくれ!」


 僕は彼女の肩を掴んだ。

 こんな子供に、キレるなんてみっともないけど。

 言わなくちゃならなかった。臆病な彼女に。


「自分を傷つけないでくれ……!」


 僕は言った。

 彼女はただ、


「ごめん」


 謝っただけだった。




8.

「今、いいか」


 マリ、今は叡二えいじの彼女が僕に話しかけた。

 あれから乳腺葉も取って、顔を映画俳優みたいに整形して、名前まで変えて、彼女は生きている。

 そうすることが彼女の最善だったんだ。と、思うようにしている。


「ターゲットの資料だろ。今送るよ」


 僕は菓子パンをかじりながら資料情報を送信した。

 叡二はにこりともせずに、


「ありがとう」


 実働隊の個人名を覚えてたって意味はない。

 だけど、そう、彼女が生きてさえいればいいんだ。





  了

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