凍える影

kou

凍える影

 大学を卒業し、無事就職が決まった澤田まさるは、待望の一人暮らしのスタートを切るため、すぐに賃貸アパートを探し始めたのだった。

「こちらがお値打ち物件でございます」

 不動産業者から紹介された古びたアパートを前に、勝は軽い気持ちで契約を済ませた。家賃は抑え目だった。

 両親から就職祝い金を貰えたが、出費は最小限に抑えたかった。

 しかし、アパートへ足を踏み入れた勝を待ち受けていたのは恐怖の日々だった。

 始めは、ささいな出来事だった。

 夜中になると、カタカタと物音が聞こえた。

 最初こそ気にも止めなかったが、徐々にその音は大きくなり、誰かが壁を叩いているようにさえ聞こえてくる程だった。

 隣は空室であるにも関わらずにだ。

 それだけではなかった。

 勝が部屋で過ごしていると、急に部屋の気温が急激に下がり始める。雪が降る真冬の夜の様に冷たい息が白く立ち上り、部屋全体が凍える程の寒さに包まれた。たまりかねて部屋のエアコンを30℃以上に設定するが、結局カゼを引いてしまい寝込むことになる。

 布団に潜り込んだ勝は寝付けないでいた。すると窓を締め切っているにも関わらずカーテンが揺れ、その向こうを黒い人影が張り付いているのだ。

 カーテン越しだが目元は爛と光り、ガラスを爪で引っ掻く。

 勝は悲鳴も上げられず、そのまま夜が明けるのを待つしかなかった。

 夢を見ていたんだと思い込むものの、翌朝窓ガラスを確認するとそこには確かにガラスを引っ掻いた痕が残っていた。

「これは何なんだ……」

 勝は呟くように言葉を吐き、不動産業者に状況を問い質した。

 しかし、業者は頑なに口を割ろうとしない。

 やむなく勝はネット上の書き込みを探ってみたところ、数年前このアパートの部屋で若い女性が自殺していたことが分かった。

「とりあえずで決めたアパートが、事故物件だったなんて」

 勝は背筋が寒くなると同時に、背後に迫る黒い影を感じ取る。

 重さが無いにも関わらず、影は確実に重さを増していた。

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