第10章 エピローグ

 あの塔の出来事から三年が経過した。俺とグリル、エルミナの三人は今年で十五歳になる。成人だ。

 あの日、国王陛下の頼みを引き受けてから、それぞれ忙しい日々を過ごすことになった。いつかアルフが言っていたが、あの王様は人使いが荒い。この三年、何度もやめてやろうと思った。しかし、陛下に振り回されるのも俺に関してはもう終わる。またいつ始まるかわからないが、とりあえずは終わる。約束した旅立ちの日がもうすぐなのだ。

 「母さん、俺、明日から旅に出ることになったよ。」

 「え?また急ね。王様から言われたの?」

 「そうなんだ。もっと早く言ってほしかったよ。年に数回は返ってくると思う。」

 「そう。じゃあ今日はご馳走にしましょう。」

そう言うと、母さんは忙しそうに台所へ向かった。

 陛下から言われている旅は、この街の失われた魔法技術を、世界各地の古い文献から読み取って国に持ち帰るためのものだ。必要に応じて技術者を連れ帰ってくる必要もある。どこに何があるかわからないから、行先も決まっていないが、まずは山脈を迂回してアルメル共和国に向かおうと思う。一応は隣国だし何か情報が残っているかもしれない。

 その日、俺はこの街での最後の食事を家族で楽しみ、旅の支度をして眠りについた。

 次の日の朝、まだ夜も明けきらないうちに俺は家を出た。出発前に王宮に寄って陛下に会うことになっていたのだ。陛下はいつものように執務室で仕事をしていた。

 この三年間、国王陛下の近くで仕事を手伝っていてそのすごさが分かった。

 陛下は、朝早くから夜遅くまでずっと働いていた。早朝の書類仕事、昼は貴族やアルフとの打ち合わせ、そして夜は各施設の視察など、次から次へと仕事をこなしていた。その甲斐もあってか、あの日から見違えるほど、この国は発展したように思う。外国から取り寄せた魔法式の街灯もようやく使えるようになり、もうすぐ付け替えの工事が各所で始まるだろう。

 「陛下、ただいま参りました。」

 「ああ、ジュークか。これから発つのか?」

 「はい。発つ前に顔を出すようにと陛下が仰せでしたので。」

 「そうだったな。行先は決めたのか?」

 「はい。まずはアルメル共和国へ行くつもりです。」

 「そうか。確かに、最初に向かうならそこが良かろう。かの国は様々な国から人が集まっておる。我が国とは真逆のような国だ。情報を集めるにはちょうど良かろう。」

 「はい。これが初めての旅です。なのでまずは隣国からと考えました。」

 「うむ。いい判断だ。大陸は広い。国の復興は急務ではあるが焦りは禁物だぞ。」

 「ありがとうございます。それでは行ってまいります。まずはアルメルについたら手紙で知らせます。」

俺が執務室から出ようとすると、陛下が何かを思い出し、呼び止めてきた。

 「そうだ。ジューク、これを持って行け。」

そう言って手渡されたのは、鳥の模型だった。ブリキで出来ていて、羽が妙に滑らかに動く。この簡素で無骨な芸術性のあまりない造形には見覚えがある。確か、あれのせいで兵士に追い掛け回される羽目になったんだっけ。

 「これは……?」

 「通信用の魔法具。アルフレッドの研究で作った試作機だ。空間魔力を吸収して、それを動力に登録した魔力の持ち主まで飛んでいく。こいつに文を持たせてここまで届けさせろ。」

 「すごいですね。アルフはやっぱり天才だ。」

 「ああ、本当にあの男には助けられてばかりだ。だが、これにはエルミナのアイディアも詰まっておるのだぞ。」

 「魔力の登録技術だ。エルミナは塔から持ち帰ったエリーゼの魔方陣を基に、魔力による個人の特定をする研究をしておる。この分だと確立されるのも近いだろうな。」

陛下はどこか誇らしげに言った。

 エルミナとアルフは今もあの家で暮らしている。フリードとエリーゼが暮らしていた家で。本当かどうかは分からないが、俺たちの中ではそういうことになっている。

 あれから、塔であったことを度々陛下に聞かれた。そして、話が詳細になる度に陛下はエルミナに対して謝罪を重ねていた。そして、いつの頃からか、陛下はエルミナに王族に復帰してほしいと頼むようになった。申し訳なくてそれくらいさせてくれないと気が済まないと言っていたが、エルミナはやはり嫌そうな顔で拒み続けていた。しかし、去年、結局はエルミナが半分折れる形となり、アルフと一緒に身分上は貴族となった。どうしても王族は嫌だったのと、アルフと正式に家族になれることが決め手となったみたいだ。陛下も一応は満足したようで、丸く収まったのだった。

 「さすが。エルミナですね。相変わらず驚かされます。」

 「そうだろう?」

 「なんで陛下が得意げなんですか!」

陛下の前でエルミナを褒めるとよくこんな感じになる。その様子があまりにも面白くてつい笑ってしまうのだ。

 「む?親戚だからな。娘のようにも思っておる。」

 「娘なら姫がいるでしょう。」

俺がそんな風に茶化すと、いつも陛下は娘は一人でなくてもよかろうと言ってむくれてしまう。

 「それでは、そろそろ出発します。」

 「あー、なんだ、エルミナには会っていかなくていいのか?」

 「え?なんですか?急に。」

 「なに、しばらく会えなくなるだろ?話しておかなくてもよいのかと思ってな。」

そこで、俺は陛下が何を言わんとしているかを察した。顔が急激に熱くなるのを感じ、慌てて否定をした。

 「な、なにを言っているんですか。俺とエルミナはそんなんじゃないよ。」

 「本当か?言葉遣いが戻っているぞ?エルミナはどう思っているのだろうな?」

 「知りませんよ。とにかく、俺はこれで失礼します。」

人の悪い笑みを浮かべる陛下から逃げるように振り返って、俺は執務室を出た。

 王宮から出た後は、そのまま大門に向かって歩いた。大通りではちらほら店が開き始めている。結構長く陛下と話していたようだ。ついでにパンをいくつか買っていった。

 大門につくと、いつものように兵士が出入りの手続きをしていた。今日はグリルはいないらしい。あいつとは昨日、家に帰る前に挨拶をしておいた。陛下の護衛がない時は、他の兵士と同じように国の警備の任についているから、なかなか気軽に会えなくなってしまったが、相変わらず仲はいい。休みが被るとよく食料を買い込んで少し遠出する。そこにエルミナも加わることもたまにだがある。出国の手続きを終えて門を出ると、そこにはエルミナがいた。

 「久しぶりね。今日出発なんでしょ?」

 「久しぶり。そうだよ。昨日急に決まったんだ。言えなくてごめん。」

近頃、エルミナはその美しさに磨きがかかっている。正直仲のいい俺でも緊張してしまうくらいだ。グリルはそんなことなさそうだが、あいつは変わっているからな。あまりあてにならないだろう。

 「いいのよ。陛下から直接聞いたから。」

 「え、いつ?」

 「一昨日。」

 「は?」

あの人はなんで俺より先にエルミナに伝えるのだろうか。今度会ったら、一言文句を言ってやろう。

 「いつ帰ってくるの?」

 「わからないけど、初めての旅だし、アルメルでしばらく過ごしたら、一度帰って来るよ。そこから先はまだわからないけど、長い旅になると思う。」

 「そう。ちょっとあの鳥、貸して。」

 「鳥?ああ、あれか。」

俺はさっき陛下に渡された鳥の模型をエルミナに手渡した。するとエルミナはその鳥に魔法を使い、自分の魔力を登録してから返してくれた。

 「これで、私にも連絡を頂戴。それと、これも持って行って。」

エルミナは少し恥ずかしそうに一冊の本を渡してきた。

 「これは?」

 「私たち三人が初めてあった時のこと、覚えてる?」

 「ああ、覚えてるよ。確かエルミナが出窓で本をよんでて……。あ。」

 「うん。これ、あの時の本なの。魔法で作ったコピーだけど。あの時、三人で回し読みして感想を言いあおうって約束したでしょ?いろいろあって有耶無耶になってしまったけど。」

 「ああ。覚えてる。わかった。読んで感想を手紙で書くよ。」

そういうとエルミナは優しく笑った。本当に心臓に悪い。

 「グリルにも話してあるわ。せっかくだし、三人で連絡しあいましょう。」

 「そうだな。ありがとう、エルミナ。じゃあ俺、行ってくるよ。」

 「行ってらっしゃい。」

そうして俺たちは分かれた。俺は南の国境を目指し歩き出し、振り返るとエルミナは手を振ってくれていた。俺も手を振り返してまた歩き出す。次に振り返った時にはもう姿は消えていた。


  *


 何もかも失われたこの街は、今では夜になると月の光に優しく包みこまれる。動物も住み着かないような不毛な土地だった街周辺は、年々空間魔力が増大して自然環境もかなり良くなってきている。作物の栽培の少しずつできるようになり、食糧自給率の年々上昇している。ここまで急激に自然環境に影響を及ぼすほど、月の恵みに愛された土地は他にないだろう。

 この変化には周辺国も気付いていて、陛下にはこのところ面会の依頼が絶え間なく届いていた。しかし、陛下はその要求にはあまり応じていない。国の復興も外部には漏れないように秘密裏に進められている状況だ。俺たちの前では何気なくしている魔法研究の会話も、国外には絶対に漏らせない情報なのである。だから俺も、国王の勅命で動いていることは隠さなければならない。この急激な環境の変化も、原因不明とし、空間魔力の回復は隠せるだけ隠すらしい。魔力を狙って攻め込まれると今はまだ太刀打ちできないからだ。まあ、アルフの発明した空間感魔紙でもない限りは大掛かりな装置が必要になるから、俺と陛下の間では他国の領土でそんな常識外れのことはさすがにしないだろうということで落ち着いていた。

 そして、国内に対しても大半はまだ伏せられている。、その塔が消えたことや塔とと月の関係など、隠しきれない部分は公表したが、こちらも空間魔力にかかわることは伏せておくことになった。環境変化についても国外に対する対応と同じように対応した。そのため、塔に近づけない掟以外はまだ残ったままで、国の出入りと情報の管理については、むしろ以前よりも厳しくなったくらいだ。それでも、街は以前よりも活気に溢れ、街のおっちゃんやおばちゃんたちは今までよりも楽しそうに働いているように見える。

 今思えば、エルミナと出会って塔に上ったあの三か月間は、間違いなくこの国と、俺の人生を変えた。

 あの二人は、俺にない物を持っている。俺には、グリルのように直感だけで物事に突っ込んでいく度胸はないし、エルミナのようにつらいことを受け入れ、それでも真実にたどり着くために前を向く勇気はきっとない。

 あの本を見つけて持ってきたのはグリルだし、俺を引っ張ってアルフのところへ連れていったのもグリルだった。そして、エルミナがいなければ塔に上ろうとはならなかったかもしれないし、たとえなったとしてもアルフと同じように塔の入り口でどうすることもできなかっただろう。もしかしたら、そのまま罪人として処刑されていたかもしれない。それに、塔の上でフリードの話を聞いている時も、エルミナの力強い眼差しに助けられていたようにも思う。当時の俺にはそれだけ聞くのもつらい話だった。俺よりもつらいはずのエルミナの前で俺が音を上げるわけにはいかなかった。

 だから、きっと今の俺があるのはあの二人のおかげなんだと思う。

 もともと探検は好きだった。怖がりなくせに未知との遭遇に溢れている探検は大好きだった。知らないものを見つけるたびに、様々な想像を膨らませるのが好きだった。それが実際はどうかなんてどうでもよかった。でも今は、少し違う。俺の見つけるもので、俺の探検で、誰かの力になりたいと思うようになった。

 そして、今、俺は新たな探検に出発した。アトロ王国の国王陛下の勅命を受け、かつてアトリアの街で繁栄の礎となっていた失われた魔法技術を集める旅へ。他国の魔法技術はどんなものだろう。きっとそれもすごいものに違いない。だが、アトリアの失われた技術はきっとそれ以上だ。そして、この旅が今後のアトリアを発展させるものになるのだ。アトリアの発展はきっと世界中の国の力にもなれるだろう。

 俺は、以前アルフと話した時のことを思い出す。そして、あの時思い描いた未来に近づいていることを感じて少しうれしくなった。

 これから先、想像以上の未知と遭遇することが何度もあるだろう。見たことないもの、聞いたことのない音、嗅いだことのない匂い、食べたことのない味、世界中の人々、そして、初めて見る魔法技術の数々。厳しい環境に身を投じることや、辛いこともあるだろう。でもそんなときは、二人のことを思い出そう。この世界はまだまだ未知に溢れている。そんなものと少しでも多く出会いたい。

 そして、次に街に戻った時には、お礼代わりに俺の探検の話を沢山話してやろう。俺の人生を変えてくれた二人の最高の友達に。

 俺の心は今までにないくらい高鳴っていた。

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月の出ない街 天手ウス @amade_us

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