第9章 始まりの物語

 王宮の王座の間。国王と王妃、その護衛達の前で跪き、声がかかるのを待つ。窓から見える空まだ暗い。夜明けまではまだ時間があるだろう。月の光に照らされた雲がゆっくりと静かに流れていた。後ろでは、俺の家族、グリルの家族、アルフレッドまでもが俺たちと同様に捕らえられ、兵士に捕まって立っていた。

 「ジューク!あなた何をしたの!」 

母さんがそう叫ぶと、兵士の一人が縄を引きそれを制止した。

――ごめん。母さんもう少し待っていてくれよ。全部話すから。

 その場の皆が落ち着き、あたりが静かになると、俺たちの頭上から威厳のあるよく通った声が聞こえた。 

 「皆、面を上げよ。」

その言葉に全員がその声の主へ視線を移す。

 「余は、ユリウス・ドラモンド・アトロ。アトロ王国国王である。おぬし等が、王家の塔へ近づき、塔を消した子供だな。」

 そう言うと、王様は椅子に座ったまま俺たちを力強く見据えた。王様はまだ若く、俺やグリルの父さんとそんなに年齢は違わなさそうだ。しかし、風格は他の大人とは全然違った。なんというか、大きくて重たい剣のような雰囲気だった。王様の目力に気おされていると、側近の一人が俺たちに回答を急かした。

 「国王陛下がお聞きだ。答えなさい。」

その言葉に代表して俺が答えた。

 「はい、王様。俺の名前はジューク。右にいるのはグリル。左はエルミナです。俺たち罰を決める前に、王様に聞いてほしいお話があるのです。お話をする許しをください。」

俺がそう言うと、兵士が一斉に剣を抜き俺に向かって構えた。しかし、王はそれをよいと一言で制して、何やら考え込むように口元に手を当てていた。そして、小さく声に出した独り言に俺は耳を疑った。

 「この少女があのエルミナなのか。」

 「え?今…。」

 「よかろう。おぬしらの話を聞くことにする。申してみよ。何故あの塔に近づいた。」

俺はすぐに王様に聞き直そうとしたが、それは言い切る前に遮られた。その一瞬、王様は俺たちを見て表情を緩めた気がする。王様は、あの塔についてすでに何か知っているのかもしれない。

 俺は、フリードの建てた塔に近づいた経緯をエルミナとグリルにも手伝ってもらいながら王様に話した。まず初めに、兵士につかまった時没収された、図書館にあった本と、塔から持ってきた本を二冊とも持ってきてもらった。それから、グリルが本を見つけたこと、それを読んで街のことが気になって調べるうちにアルフレッドとエルミナに出会ったこと、街の中を調べつくし、最後に残った場所として塔を調べようとしたこと。何一つ隠さず正直に語った。

 兵士たちや、俺とグリルの両親はそれを驚いた様子で聞いていた。過去のアトロが今とは違う様子だということが信じられないのだろう。父さんや母さんは、もしかしたら俺がそんなことをしていたことに驚いているのかもしれない。しかし、王様と王妃だけは何も言わず俺たちの話を聞いていた。これが王様の風格なのだろうか。それともやっぱり何か知っているのだろうか。王座の間がざわつく中、おうさまが俺にまた問いかけると、すぐに静かになった。

 「あの塔は、何をしても扉を開けることができなかった。王家に代々伝わっているのはこの塔を守るということだ。お前たちは中に入ったのか?」

 「はい。入りました。」

俺がそう答えると、兵士たちや王の側近たちがまたざわつき始めた。そして、その中の一人が声を荒げた。

 「でたらめを言うな。どうして貴様らのような子供が誰も開けられないはずの扉が開けられるのだ。」

 「沈まれ。」

王様がそう言うと、兵士は右手のこぶしを胸に当て、礼をして下がる。王様はもう一度俺たちに視線を向けた。

 「しかし、そなたらがどうして塔に入れたかは気になる。理由は分かるか?」

 「はい。ここにいるエルミナが、塔を建てた人の娘だったからです。」

 「ふむ。あの塔は千年近く前に立ったはずだが…。扉はどうやって開いたのだ。」

 「魔力です。エルミナの魔力に反応して扉が消えたんです。それで、俺たちが中に入るとまた扉は元通りになった。あの塔を建てたフリードと、エリーゼの魔力に反応して開く仕組みになっていたんです。どっちも持っているエルミナにはそれが開けられた。それはこの本の魔方陣に魔力を流してもらえばわかります。」

 「そうか。わかった。」

何がわかったのだろう。しかし、王様はそう言うと、側近を呼び寄せ何やら耳打ちをしていた。そして王様が側近に何かを申し付けると、側近は驚いた顔になり、その後すぐに部屋から足早に立ち去った。王様はそれを見送ると立ち上がり、部屋にいるもの全員に対して告げた。

 「この者たちの行ったことは、国の大事にかかわる。ここには聞かせられぬものも多い。余と王妃、この者らとその家族だけで話がしたい。この者らを余の密談室まで連れて参れ。」

そう言うと、王様は退室する。俺たちは形式ばった挨拶をしてそれを見送った。

 ――一体何なのだろう。

王様が何かを知っているのは間違いなさそうだが、もうなくなってしまった塔のことでそんなに秘密にすることがあるのだろうか。


 *


 王宮の兵士に連れられて、俺たちは密談室の前に立っていた。ただ等の中で起きたことを説明してそのあとは罪人として裁かれるのだと思っていたが、俺たちが見たものの中に王様にとって、なくなっても尚知られてはまずいことがあるのだろうか。

 「密談室で何を話すのかな?」

ヒソヒソ声で話しかけてきたのはグリルだ。俺も不思議に思っていたので、同意の返事をする。

 「なんだろう。でも、今まで秘密にしてきた王家の塔の話だからってだけかもしれない。」

 「いや、違うよ。あそこにいたのはたぶんほとんどが貴族だ。聞かれちゃまずい人を王座の間から追い出す方が早いし、僕たちの家族まで連れて来られるのはよくわからないよ。」

なるほど、兵士たちとは顔見知りのグリルだ。見慣れない人であの場に居合わせるのは貴族くらいだということだろう。それに王様と王妃様、俺たちとその家族だけで話すのは確かに不自然だ。これでますます王様の意図が分からなくなった。

 俺たちの縄を引いていた兵士が密談室の扉をノックした。すると、中から王様の入れという声が返ってくる。兵士に連れられて中に入ると、そこには背の低い大きな縦長のテーブルがあり、それを囲うようにソファがコの字に並べられていた。一番奥の席に二人並んで座る王様と王妃が俺たちに席を勧める。そして兵士が席まで縄を引こうとすると王様がそれを制止した。

 「縄はもうよい。開放してやれ。」

 「へ?」

変な声が出たのはおれの父さんからだったと思う。すぐに口をつぐんでいた。兵士も同じように感じたらしく、しかしそれでは王が危険にさらされるだなんだのと慌てていたが、王様は問題ないとでも言うように同じ命令を繰り返した。そうして俺たちの縄をほどいた後の兵士たちは全員王様によって追い出され、ついに部屋の中には王様の言っていた通り、王様と王妃様、俺たちとその家族だけになった。

 なぜか連れてこられた密談室で、罪人のはずの俺たちは縄までほどかれて王様と同じ目線で座っている。本当によくわからない。俺たちは裁かれるんじゃないのか?連れてこられた俺たち全員が、縄を解かれた安堵感と、次に何を言われるかという緊張で顔を強張らせている。すると、王様が一つ咳払いしておもむろにいった。

 「お前たち……。」

誰かの息をのむ音が聞こえる。

 「いやぁ、よくやってくれた!」

王様は満面の笑みで俺たちを褒めた。今にも立ち上がり、拍手でもしそうな勢いである。塔に入れない王様は、あの塔があり続けた理由は知らないから、あの塔のせいで空間魔力を奪われていたことなど知らないはずだ。それなのに、王様は先ほどまでとはまるで別人のように砕けた様子で俺たちに笑いかけている。俺たちが呆気に取られていると、王様のすぐ横では王妃様がそれでは皆が分かりませんと王様をたしなめていた。

 「おう、そうだったな。ジュークと申したか。それに、エルミナとグリルだったな。お前たちはどこまで知っておるかわからんが、まずはこれを見てほしい。」

王様はそう言って俺達の前にかなり古い一冊の本を差し出した。

 「これは?」

そう問いかけたのはエルミナだ。今までずっと緊張した様子で黙っていた彼女だが、王様たちの雰囲気を見て少し緊張がほぐれたのだろう。

 「む?これは、日記だ。」

 「日記ですか?かなり古そうに見えますが……。」

グリルの父さんが王様にそう問いかける。

 「お前は兵士長だったな。騎士の皆から話は聞いておる。今日までよく仕えてくれた。これからも頼むぞ。」

王様にそう言われたグリルの父さんは、恐縮した様子で右拳を胸に当て軽く頭を下げた。それから、王様はこの古ぼけた日記が何なのか語ってくれた。

 「これはな、私のご先祖様の日記だ。これを代々の王は子に受け継いでいくことになっていた。」

ご先祖の日記ということは、過去の王様の日記ってことだな。王様も俺たちがそれに気づいたことを察して一つ頷いて続きを語る。

 「今から約千年前、私のご先祖様はこの国の王様だった。名前はカストール・アルテリオス・アトロ。その名を聞いたことは……」

そう言って俺たちを見る。家族はきょとんとしていたが、俺たち三人はもちろん知っていたので王様に頷き返す。

 「お前たちは知っているようだな。カストール王は本来、国王の座にはつかない予定だった。しかし、千年くらい前、王家の血筋が絶えかけた。これは国の内政にかかわっている者ならだれもが知っている情報だ。だが、その全容は偽の情報が伝わっている。この国で疫病が蔓延し、多くの人が死に、その中に王族も大勢いたのだとされている。」

 「はい、私も一度お会いした貴族の文官の方からそう伺いました。」

グリルの父さんが王様に送返答している。

 「ああ。だが、本当は違うのだ。この日記は、その時の真実と、カストール王がご逝去なさるまでのすべてがかかれている。起こったことも彼の気持ちも、だ。お前たちはもう、千年前に何が起こったかは知っているのだろう?」

 「父様は、多すぎる魔力と、母親が平民の王子ということで、他の王族に子供のころから母親、ばあ様と一緒に迫害されていました。」

王様の問いに答えたのはエルミナだ。うつむきながら、淡々と言葉を紡いでいく。

 「カストールの叔父様とその母様のシュネル様だけが父様とばあ様を守ってくれた。でも、父様が成人して、母様と結婚して王宮を出て行ってもそれは続いたの。魔力量の多い父様が他の国に流出するのを恐れて、この国に縛り付けようとしていたみたい。でもその策略の中で、母様が毒に掛けられてしまった。ばあ様もつらい迫害に自ら死を選んでいたから、父様が怒り、この国の王族と貴族を皆殺しにした。その時にたくさん火を放ったからこの街もほとんどが焼けてしまったみたい。その後、母様は私を街に逃がして死に、父様もすべてを解決させるために力を使い果たしてしまったわ。」

エルミナはアルフレッドや俺たちの家族にもわかるように説明してくれたが、拳はフリードの話を聞いていた時と同じように固く握られて、膝に押し付けられている。俺はそっとエルミナの拳をその上から握った。反対側でグリルも同じようにしている。エルミナは俺たちを交互に見て頷くと、スッと力を抜いた。

 王様は、エルミナの話を聞き終えると、日記のページをパラパラとめくり俺たちに差し出しながら続きを語った。

 「その通りだ。それはカストール王の日記にも書いてある。その後、フリード様は塔に籠られ、それから出てくることはなかったそうだ。カストール王は、その出来事以降、国の再建に奔走される。まずは焼けてしまった国の再建だ。魔法都市としての機能修復に国民の救助活動、物資の供給。そのほとんどをカストール王が一人で管理していたそうだ。それが落ち着いたころ、カストール王は国民に通達した。国王が疫病で亡くなり、王族も数を減らしたと。そして新たな国王には自分が就いたと。その時…」

 「ちょっと待つんじゃ。」

俺たちが差し出された日記を読みながらその話に耳を傾けていると、アルフレッドが突然話を遮った。王様の話をそんなに雑に遮るなんて、どれだけ怖いもの知らずなのかと思った。俺とグリルの両親も目を見開いていたが、王様はそれを咎めることはなかった。

 「なんだ。お前も話には聞いておるぞ。えらく変わった爺さんがいるってな。」

王様はいたずらな笑みを浮かべながらアルフレッドを見ていたが、アルフレッドは、そんなことはどうでもよさそうに、鼻を鳴らして投げやりに答えた。

 「フン。そんなもんは知らん。王様よ。先に言うべきことがあるんじゃないか?わしはそれを聞くまでは王様の話を聞く気にはなれん。」

 「言うべきこと?」

王様は不思議そうに顎に手を当てている。王妃様は隣で何かに気付いたかと思うとうつむいてしまった。

 「そうじゃ。聞けばエルミナの両親が死んだ原因は、アトロ王家にあるようじゃ。エルミナはこの十二年間、親の顔を知らず、ずっと両親を探して生きてきたのじゃ。見つかったと思ったら、母親はすでに死に、父親との再会はほんの一瞬だけじゃ。これから先、エルミナの家族はもう戻ってこないんじゃ。王様が悪いわけではないじゃろうが、エルミナに対して言うべきことがあるじゃろう。」

アルフレッドは部屋の広さに対して大きすぎる声で王様に迫った。その目には涙を浮かべている。アルフレッドの言う通りだ。俺の中にも何か込み上げて来るものを感じて奥歯を噛みしめた。

 王様は、アルフレッドに迫られたことでようやく気が付いたらしい。

 「なるほど。お前の言う通りだな。」

そう言うとエルミナに向き直り、姿勢を正した。

 「エルミナよ。我が一族の数々の所業、王族を代表して深く謝罪する。日記で読んだだけで、その場を見てきたものでない私に謝罪されようと気は晴れぬだろう。許してくれとは言わぬ。取り返しのつかないことだとは理解しているつもりだ。だからせめて、今後何か要望があったら言ってくれ。国王の名で叶えられる限りのことは叶えよう。王族としてフリード様とエリーゼ様と一緒に王族として迎える用意もある。」

王様の謝罪にアルフレッド以外のその場にいた全員が目を見開いていた。王様が誰かに頭を下げるなんて本来ならあり得ないことなのだ。驚くに決まっている。エルミナも別の意味で驚いて固まっていた。だがすぐに表情は曇り、何やら考え込んでしまった。

 しばらく、密談室には沈黙が流れた。そして、考え込んでいたエルミナがようやくぽつりと小さな声でつぶやいた。

 「わたしは、別に何もいらない。」

うつむいたまま、一度言葉は途切れたが、まだ何か話そうとしているのが分かり、みんなの視線はエルミナに集まっている。そして、また少しの間が開いた後、続きを話した。

 「今まで通り、あの家でアルフと暮らせるならそれでいい。わたしの家族はもうアルフだけだから。でも、父様から受け継いだこの魔力をつかって、魔法の研究は少ししてみたい。」

話し終えるとどこか晴れやかな表情になっていた。あまり表情の変わらないエルミナだが、今はなんだかすっきりとした表情に見えた。

 「よし。わかった。今の家での暮らしは私が保証しよう。成人したら、研究職につくといい。そのための部門も用意しよう。アルフレッドはそれでよいか?」

すると、アルフレッドは涙ぐんだままエルミナを見ていた。

 「お前はそれでいいのか。ワシなんかと一緒にいても、国の者から変な目で見られると気にしていたではないか。」

 「いいの。わたしはアルフと一緒がいい。わたしのもう一人のお父さんだから。」

エルミナがどこか恥ずかしそうにそういうと、アルフレッドはボロボロと泣きながら笑顔でエルミナの頭をなでていた。

 「ワシは……。ワシは、エルミナがそれでいいならもう文句はない。話を遮ってすまんかった。先に進めてくれ。」

涙を拭いてそういうと、王様は微笑ましそうにそれを見て大きく頷いた。

 「うむ。じゃあ続きだが、カストール王は国民に対し、王族のほとんどが疫病で倒れたとし、王の座を急遽継ぐこととなった。その際に皆も知る掟を作ったのだ。」

 「え?どうして?」

俺も同じく疑問に思ったが、実際に声に出したのはグリルだった。その横でグリルの両親が青ざめた顔をしている。王様に対して兵士の息子がこの口の利き方だ。グリルの母さんの怒鳴り声が聞こえた気がした。だが、やはり王様はそんなグリルを咎めることなく、心なしか遠い目をして答えてくれた。

 「アトロと、国民を守るためだ。」

 「どういうこと?」

エルミナが先を促す。

 「ああ。お前たち、人が魔力を一気に使い果たすとどうなるか、知っているか?」

俺たちが三人で顔を見合わせ揃って首を横に振っていると、グリルの父さんが教えてくれた。

 「死ぬんだよ。」

 「そうだ。カストール王は、それと同じことが、この地でも起きると考えたんだ。月が消え、空間魔力が満たされなくなったことに気付き、何とか消費を抑えるようにしようとした。それに、人間も少量だが空間魔力から自分に魔力を取り込んでいる。空間魔力の枯渇が人体にどんな影響を与えるかが分からない以上、変化を緩やかにせざるを得なかった。だからまず、魔法の研究を禁止し、国民が極力魔力を使用しない生活を強いたのだ。」

 「どういうことですか?月?この国は昔から月が出ないんじゃないんですか?」

俺の父さんが王様に質問する。俺の両親とグリルの母さんはこの場ではあまり話についていけていないような気がする。俺は、父さんたちにもわかるように月と空間魔力の関係について話して聞かせた。そして、月がどうして出なくなってしまったのかも、その時一緒に話した。

 「なるほどな。この国に月が出ないのはフリード様のこの国への復讐だったってことか。」

 「うん。それでアトロに月の光が届かなくなって、空間魔力が増えなくなったんだ。だからこの国はだんだん痩せ衰えていくようにされていたんだ。」

 「その通りだ。この国の空間は回復できず、ただ消費されていくだけになってしまっていたのだ。もともと世界一潤沢だった空間魔力もこの千年でほとんど枯渇していた。私はアトロがすべて荒れ地になるのにあと百年もかからないだろうと考えていた。」

 「そうだったんですか。では、他の掟も同じ理由で?」

 「そうだ。空間魔力が失われれば、自然の恵みも減る。すると動物は生存のために狂暴化し、強い者だけが残る。夜は救助が遅れることもあるため、外出自体を禁じたらしい。また、この街の当時の情報が一気に伝わると他国から一気に攻められる可能性もあった。だからカストール王はできる限り国を閉じようとしていたみたいだ。」

 「塔に近づけなくしたのはなぜなのですか?近づくだけで危険だったのでしょうか?」

父さんの矢継ぎ早の質問に丁寧に答えていた王様が、そこで一旦口をつぐんだ。そして、少しの間をおいて日記に視線を落として答えた。

 「いや、それだけは違う。最後の掟だけは、カストール王のフリード様への思いやりだったのだろう。もうそっとしておいてやろうという、兄としてのやさしさだったように思う。これについてだけは詳しくは書かれていなかった。」

 「そうですか。ありがとうございます。」

 父さんは質問を終えると、丁寧にお辞儀をして居住まいを直した。王様はそれを見て頷き、今度はエルミナを見た。その視線は彼女を見定めているようで、また、懐かしんでいるようにも感じた。エルミナに問う。

 「エルミナ。確認だが、お前はエリーゼ様の娘だな?」

 「え?うん。そうだけど。」

 「うむ。よく似ている。その髪、その顔立ち、面影を感じる。」

王様がとんでもないことを言い出した。エリーゼを知っているのか?確かに、塔から運んできたフリードとエリーゼの死体は王様も確認しただろう。でも、今の言い方は、もっと前から知っているような、まるであったことがあるようなものだった。驚きのあまり、エルミナよりも先に俺が王様に聞いてしまった。

 「エリーゼさんを知ってるのですか?」

 「ああ。知っている。会ったのだ。今から十二年前。私がまだ国王になる前だった。ある時、騎士の一人から塔の中から一人の女性が現れたという連絡が入った。騎士の判断で兵士は帰され、すぐに当時の国王だった私の父と私が塔に向かった。」

 それからの話はそこにいた皆が耳を疑うような内容だった。

 「エリーゼ様にお会いした時、父はすぐに跪き、頭を垂れて挨拶をした。国王が国の中であのように誰かに頭を下げることなどない。父の対応は明らかに目上の者に対するそれだった。エリーゼ様は両手でゆりかごを抱えていた。顔色も悪く、ひどく弱っているように見えた。しかしそれを感じさせないようなしっかりとした態度で父と話していた。その時、父に紹介され、その赤子を連れた女性が日記に出てきたエリーゼ様だと知った。最初は信じられなかったが、父の態度を見るに信じるしかないと思ったものだ。」

 「母様と何を話したの?」

 「うむ。エリーゼ様は、塔が建ってからしばらくした後、すべてを話すためカストール様にもあっていたようだ。そこから数十年に一度塔から出てきては、その時の王に会っていたらしい。その時に次期国王とも会い、関係を保ってきたようだ。降りて来る度この街の衰退の痕跡を残すように国王に伝え、街の様子を聞いていたそうだ。だが、今回は違った。彼女にはもう残された時間がなく、これが最後の謁見になると言っていた。そして成せなくなった自らの願いを、連れていた赤子に託したいと。そして、その時の助けになるように、お前たちの持ってきたその本をこの街の図書館に隠すと言っていた。」

そう言って王様が俺の持っていた本を指さした。エルミナも、グリルもそして俺も、王様につられて本に視線を落とした。エルミナは涙ぐみ、グリルは目を輝かせていた。対照的過ぎて少し面白かったが、俺も今はどちらかというとエルミナの気持ちに近い。というか、単純にすごいと思った。塔から逃がしても生きていけるかわからないのに、その先のことまで考えてヒントまで残してくれていたなんて。それだけエルミナのことがフリードの元までたどり着くって信じていたんだ。

 「俺たち、全部、エリーゼさんの手のひらの上だったんだな。」

俺がそう言うと、エルミナは涙を拭いて俺に笑いかけて言った。

 「そうでもないわよ。母様もまさか全然関係ないあなた達がこの本を見つけて、私のところまで持ってくるとは思っていなかったと思うわ。あなた達が知りたがりだったのが良かったのよ。」

また照れ隠しの憎まれ口を言っていたが、グリルがそれにかみついた。

 「ひどいな。それじゃ僕たちが考え無しに掟を破ったみたいじゃないか。」

 「いや、お前は考え無しだったろう?」

そんなことを言い合って俺たちは笑った。

 「さて。」

そう言うと王様は立ち上がり、王座の間で見たような威厳のある態度に変わった。

 「この度の件、おぬし等の犯した罪。それらはすべて、この街の失われた月を取り戻した功をもって不問とする。そして、おぬし等三人には別途褒美を取らせる。望むものがあれば好きに申すが良い。」

俺たちは、慌てて王様の前に跪き、その言葉を聞いた。まさか、処罰を覚悟してきたら褒美をもらえるなんて思っていなかった。すぐには思いつかない。それはグリルも同じだったらしく、目を輝かせたまま悩みこんでいた。エルミナはさっき自分で言っていた通り、王様に向かって首を横に振っている。そんな俺たちを見て、王様はフッとさっきまでの表情に戻り言った。

 「まあ焦らずともよい。お前たち三人には、王宮に自由に出入りすることを許す故、思いついたら私のところに来なさい。」

 そう言って笑う王様に、俺たちもわらってお礼を言うのだった。


  *


 そのあと、俺たちは王様を先頭に王座のままで戻った。そして、王様の口より、すべてが語られ、王座の間の兵士たちは大混乱だった。特に、王様が最後にはなった、これからこの国は魔法大国としての復権を目指す。忙しくなるから覚悟せよという言葉には、側近の貴族までもが困惑していた。だが、塔が消え、月がでていることが証拠だという王様の言葉に、みんな何とか自分を納得させその場は落ち着いたのだった。

 その後、形式的な王様との挨拶があってすぐに解散になった。王宮からでると、空はだんだん白んできていた。もう夜明けだ。すべてが終わったと自覚した途端、強烈な眠気に襲われた。この後、父さんたちからのお説教が待っているのだが、今日はもう勘弁してほしい気分だ。そんなことを考えながら王宮から街へと続く階段を下りていると、後ろから声をかけられた。

 「待ちなさい。」

振り返ると、そこには王様の側近の貴族が三通の手紙をもって立っていた。それを俺とグリル、エルミナの三人にそれぞれ渡すと、今日はゆっくり休んで、明日また王宮に来るようにと言った。

 「その手紙は王宮への招待状だ。王は、君たち三人にはまだ話したいことがあると仰せだ。王宮で待つので中身を確認して時間通りに来なさい。」

 「わかりました?」

間の抜けた返事になってしまったが、三人とも眠気が限界だったのでそのままそれぞれの家に帰ったのだった。

 次の日、呼び出された時間通りに俺たちは王様の前に立っていた。

 「よく来た。早速だが本題に入る。単刀直入に聞くが、お前たち、私のもとで働く気はあるか?」

 「え?」

 「もちろん!」

 「イヤ。」

王様の突然の提案に俺は思わず聞き返してしまったが、グリルとエルミナは即答だった。

 ――うわぁ、エルミナの顔、すっごく嫌そうだ。

グリルは例のごとくといった感じだが、元々兵士になるつもりだったろうから当然か。でも、まだ子供の俺たちにそんなことを言うなんてどういうことだろう。

 「そうか!引き受けてくれるか!ありがとう!」

王様は俺たちの答えを聞くなり嬉しそうにそう言ったが、ちょっと待ってほしい。

 「王様、グリルはまあいいとして、俺とエルミナはまだ引き受けるなんて言ってませんよ。どういうことですか?」

俺がそう言うと、舌打ちが聞こえた。この王様、こんな感じでいいのだろうか。

 「まぁ、とりあえず話を聞け。働くと言ってもおそらくお前たちのやりたいこととそうは変わらんはずだ。」

 「どういうこと?」

エルミナが嫌そうな顔のまま王様に聞いた。エルミナはエルミナでかなり無礼だと思うけど、親戚みたいなものだしいいのだろうか。

 「あぁ。お前たちがフリード様を説得したことでこの街に月と空間魔力が戻った。これからアトロは他国からの干渉を受けながら以前の魔法大国としての地位を取り戻さなければならない。それにはどうしても人が足りないのだ。」

 「だからって、俺たちはまだ子供ですよ?掟で成人までは働けませんよ。」

 「国を揺るがすほど思い切り掟を破ったお前がそれを言うのか?」

俺の言葉に王様はにやりと笑って言い返してきた。

 「それは、その……。」

 「でもまぁ、掟は大切だ。国王だからと言って簡単に捻じ曲げるわけにはいかん。だから、成人するまでは親の仕事を手伝う代わりに、私の仕事を手伝ってくれればよい。ちょうどお前たちは王宮に自由に出入りできるのだ。何も気兼ねする必要はなかろう。」

何となくだが、王様の思惑が読めてきた。最初から仕事を手伝わせるつもりで、出入りの許可を出したのだ。やられた。これだから大人は嫌いだ。でも、王様の下で働けば、まだ見ぬ面白いことにたくさん出会えるかもしれない。そう、探検だ。そう考えると、俺はなんだか引き受けてもいい気がしてきた。

 「わたしはもともと仕事の手伝いなんかほとんどしてないわ。アルフが勝手にやってしまうから。」

エルミナは相変わらず嫌そうだ。

 「まぁ、そう言うな。ではまずエルミナからだ。お前には魔力を貸してほしい。国に新しく魔法の研究機関を作ることになった。そこでの研究に力を貸してほしい。研究所の所長にはアルフレッドを置こうと思っている。」

 「え?アルフを?でも街じゃ、ヘンジイなんて呼ばれて変人扱いされているのよ?」

 「それがどうした。聞けば、お前たちを塔に導いたのはあの者だというではないか。おそらく、この国の秘密に最も近くまで踏み込んだのは奴だろう。それにあの者は魔力量が極端に少ない。釣り合いを取るためにも助手は必要だろう。」

 「それじゃあ、やることは今までとあまり変わらない?」

 「そうだな。だが、規模が大きくなる。国の事業として行うのだ。アルフレッドはこれからかなり忙しくなるだろうな。」

 「……、わかった。やる。」

 「よく言った。礼を言うぞ。」

そうやって、エルミナはいとも簡単に懐柔された。傍から聞いていたらそれはそれでアルフレッドが人質じゃないかとは思ったが、二人ともやりたいことだろうし黙っておいた。

 「それからジューク。お前はこの国の発展に必要な他国の情報を集めてほしい。成人するまでは私のそばでこの国の状況を見てもらう。成人したら各地に旅に出て世界中の技術を集めてもらいたい。」

なんだそれ!すっごく楽しそう。いいように転がされている気しかしないが、ものすごく魅力的な提案だ。

 「まぁ、やります。」

俺は内心を悟られるのが恥ずかしくて、ぶっきらぼうに返事をしたが、王様にはそれをしっかり見抜かれていたように思う。

 「うむ、最後にグリルだが、成人するまでは今まで通り父親について回れ。成人したら私の護衛の職を与えたい。今後、私は平民とも直接話す機会を増やしていくことになるだろう。お前にはその時顔繋ぎ役になってもらいたいのだ。あとはそうだな、街を自由に歩いて、異変があれば兵士や騎士団とも連携をする要のような仕事も任せたい。」

 「わかりました!この街の人たちのために僕の力が役に立つならぜひやりたいです!」

こうして、俺たち三人は王様の直属の配下になることが密かに決定した。

 次の休みの日は、グリルと一緒に久しぶりにアルフレッドとエルミナの家に行った。この間王宮であってからもう二週間近く経っている。みんななんだかんだ時間が取れなくて遅くなってしまったが、俺もグリルもアルフレッドと話しておきたかったのだ。

 「やあ、グリル。久しぶり。あれからどう?」

 「あ、ジューク!久しぶり。いや、大変だったよ。あの日のことかえって父さんたちに伝えたらすごく喜ばれちゃって。ジュークは?」

 「グリルもか。うちもだよ。確かに名誉なことなんだろうけど、実感わかないよ。なんでだろう?」

 「王様があんな感じだからよ。」

アルフレッドの家の前でそんな話をしてドアをノックしようとしていると、後ろから声がかかった。エルミナだ。

 「久しぶりね。何してるの?中に入ったら?」

 「やあ、久しぶり。今ちょうどノックしようとしてたところなんだよ。」

 「そう。アルフも今日は中にいるはずよ。」

 「そっか。じゃあ行こうか。」

 「うん。エルミナはどこに行ってたの?」

 「図書館よ。まだ読んでない本があったから借りに行ってたの。」

そんなことを話しながら三人そろって家の中に入っていった。街で探検してまわっていた時はいつもこんな感じだったのにずいぶん懐かしい気がする。

 「来たか。」

いつものように椅子に腰かけ、カップに注いだお湯をすすっているアルフレッドが俺たちに声をかけた。

 「お邪魔します!」

グリルが無遠慮に家に入っていく。

 「それで、お前たちもあの王様に何かさせられるのか?」

俺たちが床に座るなり、アルフレッドが聞いてきた。その表情にはすでに疲れが見える。相当にこき使われているのだろう。なんだか申し訳ない。

 「うん。正式に動き出すのは成人してからになるけどね。アルフレッドさんも?」

 「そうか、ワシはもう動き出しておる。あの王様人使いが荒すぎるんじゃ。まぁ国の金で好きなことができるのだから文句は言えんがな。それと、アルフで良いぞ。」

 「え、良いの?」

 「ああ。お前たちとの付き合いもなんだかんだ長いしな。エルミナとも仲良くなってくれた。これからもよろしく頼む。」

 「うん!ありがとう。アルフ!」

 「アルフ、ありがとう。僕たちこそよろしく!」

なんだかアルフレッドに認められた気がしてうれしかった。変な発明ばかりしている人に認められて何が嬉しいのか自分でもわからなかったが、とにかく嬉しかった。

 「アルフがもう働いてるってことは、エルミナも?」

 「そうね。わたしも手伝って入るわ。でもあなた達と同じで正式には成人してからだからアルフほどではないわね。」

 「まあ、ワシの話はいいんじゃ。ジュークよ。今日は何か話したいことがあるのじゃろう?塔でのことはもうほとんど聞いたが他にも何かあるのか?」

そうだった。今日はアルフレッドと、エルミナに確認しておきたいことがあって来たんだ。エルミナにとっては嬉しいことかもしれない。

 「そうなんだ。アルフ。この家って台所ってある?」

 「あるぞ?研究道具と発明品の箱に隠れているがのう。なんじゃ。料理でもするのか?」

 「いや違うんだ。ちょっと確認したいことがあって。台所、広い?」

 「ああ、そうじゃな。前に住んでたもんが料理好きじゃったのじゃろう。結構しっかりしておるわ。」

やっぱり。もしかしたら仮説は会ってるかもしれない。

 「そっか。」

 「なんじゃ。もったいぶってないでさっさと言え。」

 「ああ、ごめん。エルミナ、アルフ、この家、フリードさんとエリーゼさんが暮らしたっていう家なんじゃないかな?」

フリードの言っていた場所と一致するし、各所に施された繊細で綺麗な彫刻やステンドグラスの大きな窓はいかにも貴族らしい。カストールが建ててフリードに贈ったものでも違和感はない。

 「なんじゃと。本当か?」

 「いや、証拠はないんだ。でもフリードと話した時に言っていた場所と一致したり、所々高級感があったりでそうでもおかしくないと思ったんだ。」

 「いえ、しかしこの街は千年前に焼けたのじゃろう?残っておるはずがない。」

 「いや、それはないと思う。」

 「うん、そうだね。」

そこで俺の話にグリルが割り込んできた。

 「だって、フリードさんならこの家だけは絶対に焼かないと思うし、ここだけを守るなんて簡単にやっちゃいそうだよ。」

 「なるほどのう。」

 「この家で……。父様と母様が…。」

気付けば、エルミナが目を輝かせながら俺を見ていた。だから俺もエルミナに笑いかけながら言った。

 「うん。きっとそうだよ。そこにエルミナもいたんだ。だからきっとこれからも二人が見守ってくれるよ。」

 「そうね。ありがとう、ジューク、グリル、私を父様と母様に会わせてくれて。本当にありがとう。」

そう言ってエルミナは今までで最高の笑顔で笑った。

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