第4章 不思議な王国
「で、何の用じゃ。ワシは忙しいんじゃ。」
アルフレッドは無理やりに話を戻した。
――よくわからない実験ばかりしているのに何が忙しいのだろうか。
「俺たち、図書館で一冊の本を読んだんだ。そこに書いてあることがどうにも不思議で、何か知らないかと思って。」
「本じゃと?」
「はい!これだよ!」
隣に立つグリルが、脇に抱えた本をアルフレッドの前にある机に置いて差し出した。
「ほう、かなり古いようじゃな。まて、これは………。いや、何でもない。それで、この本がどうしたというのじゃ。」
「ここを見て。この街のことが書いてあるんだ。」
そうして、俺たちがこの前読んだこの本のことをアルフレッドに話して聞かせた。この本が、図書館の隅にある本棚の目立たない場所に、背表紙を奥にして置いてあったこと。二人でこの本を読んだこと。魔法の勉強を少ししたこと。本に書いてある大使館の痕跡を見つけたこと。そして、書いてあることが事実なら、この街に何が起きたのかを調べたいと思っていること。この本を見つけてから、ここに来るまでの話を、できる限り全部。
「ふむ、それでこの街に何が起きたかを知りたくてワシのところに来たというわけじゃな?」
「うん、何か知らない?」
「………。」
アルフレッドは俺たちの話を聞き終えると、考え込むようにして黙り込んでしまった。何か心当たりでもあるのだろうか。
やはり、アルフレッドは周りの大人が言うような話の通じない人間ではない。それどころか、俺たちの話を馬鹿々々しいと聞き流すでもなく真剣に聞いてくれている。エルミナの話を聞いた時には、心優しい変人と思っていたが、それも改めるべきだろうか。普段の行動と今の様子がちぐはぐで同一人物とは思えないほどである。
しばらくの間、アルフレッドは思案気な顔をしていた。俺とグリルが答えが返ってくるのをじっと待っていると、アルフレッドがおもむろに口を開いた。
「気になることが、いくつかある。」
「気になること?」
「うむ。まず、この本だが、図書館で見つけたといったな。あそこのばばぁはこの本のことを知っているのか?」
「知らない、と思う……。これを見つけた時、貸し出しの手続きを忘れいてたし、そのあとはずっとこっそり持っていたから。」
グリルが答える。
「まずそこだ。あの司書が、図書館の本のことを知らないなんて考えられない。奴は子供のころからあそこに入り浸っておったからのう。」
あのおばあさん、そんなにあそこが好きなのか。うんちくを垂れるのが好きなのかと思っていたが、本当にあの図書館が好きなようだ。
「あのおばあさんと知り合いだったの?」
「幼馴染じゃ。そんなことはどうでもよい。それよりもじゃ。お前たち、その本のこと、この先も調べたいのなら誰にも言うでないぞ。間違いなく掟が絡んでくるからのう。」
よかった。俺の考えは会っていたようだ。いや、この場合、よくなかったのか。掟が絡むなんて。俺とグリルは顔を見合わせて、アルフレッドにコクコクと頷いた。
「それに、最初は気のせいかと思ったが、やはりその本自体も何かおかしいようじゃ。この本は見た目よりも古くない。」
「そんな。こんなにボロボロなのに?」
「表紙の擦れや、紙の劣化が不自然すぎるのじゃ。変色もあまりしておらん。どうやったかは知らんが擬装されておるのかもしれん。」
擬装?なんのために。書いた人が、掟を破ったのをバレないようにしたかったとか?でも、栄えているこの街を見たことがある人なんているのだろうか。アルフレッドや司書のおばあさんも生きているうちにそんな時期はなかったはずだ。グリルも驚いた顔で本とアルフレッドを交互に見ている。そんな俺たちの反応を見て、アルフレッドが話を続けた。
「それに、この本に書いてあることが本当だとすると、ワシの仮説も正しかったということになる。」
「仮説?」
「まあ、お前たちの感じた疑問と似たものを、ワシも感じていたということじゃ。ワシも、この国はかつて、世界でも有数の先進国だったのではと考えていたんじゃ。この街にはその痕跡がいくつもあるからのう。」
「いくつも?僕たち、この本に書いてある大使館の痕跡っぽいものは見つけたんだ。場所も本に書いているのと同じところだし。でも、魔方陣とかは見つからなかったよ。そんなのどこにあるの?」
俺よりも先にグリルが反応した。
「そこら中にじゃ。だが、街のもんは誰も気づいておらんじゃろうのう。お前たちもこの本があったから気付いたのじゃろ?」
「そんな、どうして。」
思わず、そんな声が出る。アルフレッドの言うことが本当なら、やはりこの国は、自ら衰退の道を選んだというのだろうか。
「何故かはわからぬ。今までのワシの研究でわかっているのは、この国が長い時をかけて衰退して来たということと、この国が魔力不足だということくらいじゃ。これについても原因はわかっておらんがな。」
「魔力不足?」
「そうじゃ。まず、お前たちの疑問に一つ答えてやろう。」
そう言うと、アルフレッドはにやりと笑って続ける。
「空間に満ちる魔力は、存在する。」
「本当に!?」
グリルが身を乗り出して驚いている。もちろん俺も驚いた。でも、隣で自分よりも大げさに反応するやつがいると、逆に落ち着いてしまうのだ。まあそれもいつものことなのだが。
「ああ。じゃが、この国にはそれがほとんど存在しないのじゃ。」
「どういうこと?この国にだけないの?」
「ないのではない。少ないのじゃ。他国に比べると著しくな。」
グリルがきょとんとしている。何が違うのとでも言いたそうだ。俺も不思議に思ったことをぶつけてみる。
「でも、なんでアルフレッドさんはそんなことが分かるの?」
「空間に満ちる魔力のことは、他国に行ったことがある者なら知っている者もおるじゃろう。別に隠されておるわけではない。」
アルフレッドはそういうが、そうではない。伝わっていないのか?それとも……。
「いや、そうじゃなくて、どうやって他国より少ないって調べたのかなと思って。」
「ほう。それを聞くか。いいのか?」
やっぱり。この人、噂通り国に隠れて魔法の研究もしているみたいだ。
俺は少し悩む。これを聞いたら、掟を破ったことになるのだろうか。バレなければ問題ないが、大丈夫だろうか。この年で犯罪者なんてごめんだ。そう考えていたら、やっぱりというべきか、グリルが元気よく返事をした。
「もちろん!聞きます!」
「よく言った!聞かせてやろう。ちょっと待っとれ。」
そう言うとアルフレッドは帰って来た時に腰かけた椅子から立ち上がり、二階へと消えていく。俺は、呆然としながらそれを目で追い、そのあとでグリルに目線を映す。グリルは、鼻息を荒くして目を輝かせている。この考え無しは……。
「……。」
「ん?どうしたの、ジューク。楽しみだね。」
ああ、もうどうにでもなれ。ここまで来たら聞いてやろうではないか。知らなければこの先を調べられないのだ。
そうして、俺はこの謎を解くため、掟を破る覚悟を決めたのだった。
それから半刻ほど、俺たちは同じ場所で待たされている。時刻は十二と半の刻。結構お腹が空いてきた。
「遅いな。」
「うん、僕見て来る。」
そう言ってグリルが立ち上がった時、アルフレッドが箱を二つ抱えて階段から降りてきた。
「待たせたのう。箱の場所が変わっておって探すのに手間取った。」
それを聞いてグリルが目をそらした。こいつのせいだったのか。
「まずこれを見るのじゃ。」
そう言って、アルフレッドが一つの箱から二枚の白い紙を取り出して俺とグリルに一枚ずつ渡す。
「何も書いてないよ。」
俺のも同じだ。
「これは、感魔紙といって、魔力量は測ることができる紙じゃ。魔力量が多い順に、虹、銀、青、紫、赤、橙、黄に色が変わる。お前たちも試してみると良い。」
俺は、グリルと一度視線を交わすと、言われた通り、紙に自分の魔力を流してみた。物に魔力を流すのは初めてだったが、手に魔力を込めると、紙の方が吸い出してくれているようで簡単に流すことができた。
「ジューク、何色になった?」
グリルは手に黄色と橙色の間くらいの色になった紙をもって俺に聞いてくる。
「俺も同じくらいだよ。ほら。」
「二人ともできたようじゃな。ふむ。まあこんなものじゃろう。平均的な子供の魔力じゃ。」
「そうなんだ。」
特別な力とかがなくてちょっとがっかりした。
「エルミナは何色になったの?」
「ほう、そういえばさせたことがなかったのう。どれ、エルミナ。やってみるか?」
「やらない。」
エルミナは、こちらを振り向きもしなかった。まるで興味がないといった様子である。エルミナが何色になるかも気になったが、今はとりあえず話を進めることにした。
「それで、これがどうしたの?」
「まあ、慌てるな。次じゃ。」
そう言うと、アルフレッドはもう一つの箱から、今度は瓶を取り出した。そして、取り出した計五つの瓶を机に上に並べていく。左から、ほとんど白に近い黄色、赤が二つ、橙、紫だ。
「これは?」
「これは、空間感魔紙じゃ。色の順序は同じじゃが、空気中から魔力を吸い込み、勝手に色が変わるようにした、ワシの大発明じゃ。お前たちの前に並べたのはそれを使った同一計測時間、同一時刻の各地の研究結果でのう。今はこれ以上反応させないように、瓶に入れて反応を抑えておる。左から、アトロ、アルメル、フィルシアン、アルメル南の砂漠地帯、そして、グランガルム大山脈のアルメルから登れる最高地点じゃ。これがどういうことかわかるか?」
アルフレッドは楽しそうに、少し興奮した様子でそう話している。確かにすごいと思う。それにアルフレッドの言うことも理解できた。
「うん。アトロだけほとんど色が変わってないね。この国は魔力が少ないんだ。」
「そうじゃ。じゃが、それだけではまだ答えの半分じゃ。」
アルフレッドは大仰に頷いたと思ったら今度は首を横に振りながらそう答えた。
「半分?」
「この紫の紙を見てみい。これはグランガルム大山脈じゃ。ここは人に魔力を消費されておらんのもあるが、もう一つ違いがある。月の光を遮るものが何もないのじゃ。」
「月?」
どうしてここで月が出てくるのだろう。俺は見たことがないので月が夜の空に出る丸い太陽みたいなものだということしか知らないが、この話には何も関係ないような気がする。
「そうじゃ。空間魔力はこの月の光がもたらすものだと、ワシは考えておる。つまり、この街に空間魔力が少ないのは月が出ないからということじゃ。」
「そんな、まさか。」
「そんな、まさか!」
俺とグリルが声をそろえてそう言うと、アルフレッドは自分を落ち着かせるように一つ咳払いをして続ける。
「この月がどうしてこの街だけでないのか。それが分かればこの街の衰退の理由もわかるかもしれんが、この先はワシにも調べられんかった……。さて、ワシの知る話はこれで全部じゃ。あとはこの街の衰退の痕跡を一度お前たちの目で見てみるのが良かろう。」
言い終えると、アルフレッドは満足そうにまたカップのお湯をすすり始めた。
俺は考える。もしも、真実を明らかにして、問題が解決したら。
この国は、この本にあるアトロみたいな豊かな国に、もう一度なれるのだろうか。あの、変な掟はなくなるのだろうか。いろんな魔法の研究が始まって、街が栄え、わくわくするような新しい発見とたくさん出会えるのだろうか。
俺は、探検が好きだ。見たことないもの、聞いたことのない音、嗅いだことのない匂い、食べたことのない味。探検は、そんな未知との遭遇にあふれている。
この国で魔法の研究が始まったら、そんな未知との遭遇は今よりももっと増えるだろう。安全になれば外国にも気軽に行けるようになるかもしれない。
俺は、そんなこの国を見てみたい。この街を、世界を、もっと探検したい。この思いは、きっとグリルも一緒だろう。
そう考えて、俺はアルフレッドに向き直る。
「ありがとう。アルフレッドさんの言う通り、街を見て回ろうと思うよ。な、グリル!」
「うん!そうしよう!」
「うむ。して、そこで物は頼みなのじゃが……」
そこで、アルフレッドの目線がエルミナの方へ向いた。彼女は、俺たちが本の話をしている間も、ずっと出窓に座ってさっきの本を読んでいた。そして、アルフレッドの目線が向いたとき、それに気が付いたのか、また本を閉じてこちらを見た。
「エルミナも連れて行ってはくれんか?」
「え?」
俺とグリルが顔を見合わせて戸惑っていると、エルミナは、眉根を寄せて言った。
「イヤ。」
「ダメじゃ。お前は外に出たほうがいい。親に会いたいのじゃろう?」
「どうせ、この街にはいないわよ。もう一通り探したもの。」
「ダメじゃ。それでなくともお前はもう少し外の物に触れたほうが良い。」
アルフレッドが半ば強引にそう言うと、しぶしぶといった表情でエルミナが頷いた。
「エルミナ、よろしく!」
グリルがそういうと、エルミナはまた眉間にしわを寄せたあと、無表情に戻っていった。
「ええ、グリルと、ジュークだったわね。よろしく。」
そのあと、あらためてアルフレッドに挨拶をし、エルミナと待ち合わせの約束をした俺たちは、アルフレッドの家を後にした。
アルフレッドは最後まで俺たちの話に付き合ってくれた。この研究熱心で、偏見のない白髪の痩せた老人のことを、なんだか信頼できそうだと俺は思う。少なくとも、噂に聞くような頭のおかしい人物ではなかったのだ。
*
ある日、知らない男の子が二人家に来た。
わたしは、いつも通り出窓の淵を背もたれにして、アルフのガラクタの山に隠れて一人で本を読んでいた。そしたら、急に家の扉が開いた。どうせアルフが返ってきたのだろうと思って、気にせず本を読んでいると、聞いたことのない声が耳に入って来た。
「お邪魔しまーす。」
お客さん?でも、この声は、子供かしら。少し本を読むのをやめて、耳を澄ますと、何やら会話をしているのが聞こえた。どうやら、二人いるみたい。
わたしは、箱の山からちょっとだけ顔を出して様子を見た。家に入って来た二人は何やらこの家をいろいろと物色していたみたいだけれど、今金髪の男の子は、足元を見てぼーっとしている。その声は楽し気だったから、思い切って声をかけることにした。
「誰?」
それからは、その男の子たちと話して過ごした。わたしはそんなことより本を読んでいたかったのだけれど、赤茶色の髪の男の子がしきりに声をかけてきて面倒だった。適当に相手をしていたら、私の読んでいた本を回し読みして、感想を言い合おうと言い出した。わたしは、そんなことを一度友達としてみたいと思っていたけれど、私にはその友達がいなかった。だから、ジュークとグリルと名乗った男の子たちが友達とそんなことをしたら楽しいといった時、してみたくなった。わたしはちょっと恥ずかしかったけど、そうすることにした。
それからアルフが帰ってきて、わたしに街に出ろといった。衰退の痕跡?を探すのだとジュークたちは言っていたけれど、わたしには関係ない。父様も母様もきっとこの国にはいない。それなら家で本を読んでいる方がずっといい。そう思ったけれど、アルフは言い出すと聞かない。仕方なく頷くと、グリルと名乗った赤茶色の髪の男の子が近くまで来てよろしくと言ってきた。この子の距離感、ちょっと苦手だなと思ったけど、とりあえず私も二人によろしくと言っておいた。
ずっと本を読んでいてあまり話を聞いていなかったわたしは、二人が帰った後、その日話していたことをアルフに聞いた。どうやらアルフのやっている研究と繋がるようなことをジュークたちはしようとしているらしい。仲間ができたようでうれしかったのか、アルフは年甲斐もなく楽しそうに私に研究のことを話していた。すると、思い出したようにこう言いだした。
「いかん、大事なもんを渡しそびれておった。」
そういうと、白紙の紙のペンを取り出して、何やらカリカリと書き始める。それはすぐに終わって、くるくると巻いてひもで結んだ。そして、それをわたしに渡して言う。
「ここにワシが調べた衰退の痕跡をまとめてある。これをもとにあの二人とこの街を見て来るといい。貴族街は気にするな。今回は親探しは一旦忘れてもいい。」
アルフが言うには、この街のそこかしこに“衰退の痕跡”があるらしい。その言葉を信じたジュークたちが、仕方なくといった感じのわたしを連れてこの街を見て回ることになった。アルフはあの子たちにヒントを渡すつもりだったのだろう。興奮しすぎて忘れていたみたいだけれど。
約束の日が来て、待ち合わせの噴水広場まで出かけた。二人はいつもここで待ち合わせているらしい。わたしの家から遠くなくて助かる。
広場へ向かう道すがら、私はやめておけばよかったと落ち込んでいた。やっぱり、この街の人はわたしをじっと見て来る。ジュークも最初、出窓から降りるわたしをじーっと見てきたし、それが嫌だといった時も何か言いかけていた。まったく、一体なんだというのよ。ヘンなのはアルフでわたしじゃないのに。
広場につくと、二人はすでに集まっていて、きょろきょろとわたしを探している様子だった。わたしは二人のところまで歩み寄って、声をかける。
「おはよう。待たせたかしら。」
「あ、エルミナ。きたね。それじゃあ行こうか。」
グリルが言うと二人は、歩き出そうとする。当てがあるのかしらと思ったけれど、やっぱり先に渡しておこうと思って二人を呼び止めた。
「待って。先にアルフから二人に渡すものがあるの。」
「え、なになに?」
グリルがすぐに反応して駆け寄ってくる。ジュークも一瞬驚いた顔をしてこっちに来た。私は肩にかけたポーチから、この前アルフが書いていた紙を二人に渡した。
「これは?」
ジュークがそう尋ねて来る。
「アルフが衰退の痕跡を見つけた場所の目録だそうよ。」
そういったとたん、二人は目を合わせてお礼を言ってくる。
「ああ、ありがとう。」
あれ?嬉しそうじゃない?何かいけないことをしたのかと不安になったので二人に聞いてみた。
「何か迷惑だったかしら?」
「いや、そうじゃないんだ。ありがたいよ。でも自分たちで見つけたかったなって少し思って。でも、これをもとに新たな発見もあるかもしれないしね!上に書いてあるのから見ていこう!」
ジュークがそう言ってくれた。そのちょっと後ろでグリルもうんうんと頷いている。
それから三か月間、わたしたちはジュークとグリルの休みが来る度、アルフの目録を参考に街の中を見て回った。ちなみにわたしは働いていない。孤児院ならみんなで街の掃除をしたりするみたいだけど、アルフは別に何も言わない。アルフのやっていることも仕事とは言えないので、たまに手伝わされるとき以外はずっと家にいる。
アルフが見つけたという痕跡は結構な数あった。確か五十個くらいだったと思う。中には、本当に衰退の痕跡なのか怪しい物もあったが、確かにおかしなものも見つかった。
例えば、街の周囲四か所にはドラゴンの像が置かれていて、翼を広げたその像は背中の部分に球体状のくぼみがあった。何かをはめていたかのような。
次に、街灯。これには古いものと新しい物があって、大門の近くだけ古いものが何本か残っていた。そして、それら全部の同じ場所に丸い模様があって、やすりで磨いたみたいに薄くなっている。わたしたちはそれを魔方陣なんじゃないかと考えた。二人は、街灯の新しさは気にしていなかったらしく、新しいほうだけを見て魔方陣はないと思い込んでいたらしい。他の場所にもそういう思い込みがあったのかもしれない。
あとは、綺麗な彫刻。痕跡のほとんどはこれが占めていたと思う。これは街のいろんなところにあった。一見いつも見ている街並みと変わらないと思ったけれど、アルフに言わせればこれも衰退の痕跡なのだそうだ。目録には古さに注目と注意書きがあった。その通り注意深く見ていると、周りの物よりも古いということが分かった。それに、中には不自然に彫刻が途切れているものもあった。
衰退の痕跡はアルフの言っていた通りたくさん見つかった。最初はあまり気乗りしなかったけれど、実際に出かけてみるとジュークたちと街を歩くのは楽しかった。二人は私の知らないことをたくさん知っていたし、仲間と協力して何かをするということも面白いと思った。それに綺麗な彫刻がたくさん見れたのもわたしとしてはよかったと思う。
最後に痕跡探しをしたとき、ジュークが私たちに向かって言った。
「アルフレッドさんの言ったとおりだったね。見方を変えれば、変に思えるものがたくさんある。」
この三か月で、わたしたちはアルフの言う“衰退の痕跡”をいくつも見つけた。
そしてそれは、街の中でも極めて古いものに集中していた。
しかし、そのどれもが普通に生活を送る上では気にも留めないような些細なものばかりだった。
「目録は全部見まわったわね?」
「うん。でも、おかしいなっていうだけで、何かが分かったわけじゃないよな。」
わたしもそう思っていたのでジュークの言葉に頷くとグリルも同意の言葉を返してくる。
「そう、それなんだよ!でももう街の中は見るところはないよ?」
そこで、私たちは三人そろって考え込んでしまった。しばらくの沈黙が流れた時、誰も何も言わない中、わたしだけがあることに思い至りそれを言う。
「そうね、街の中にはね。でも、街の外にはあるんじゃない?」
「どういう意味?」
「王家の塔よ。」
掟で王家の塔には近づけない。街から出てすぐ、西の森の中にある王家の塔は、王宮の兵士が周りを巡回しているらしく、調べることはかなり難しいと思う。だけど、 グリルの表情は嬉しそうだった。
「え!?王家の塔は掟で近づけないよ!?」
言っていることと表情がまるで違う。本心が駄々洩れで、わかりやすい子だなと思った。
「そうね。でも、この国の秘密を解き明かそうとしているのだから、あの塔は調べるべきじゃないかしら?隠そうとしているのはきっと王族よ?」
わたしは、わくわくしていた。この二人と過ごした三か月が、物語に出て来る賢者の謎解きのようで気が大きくなっていたのかもしれない。もともと、ちょっとはいたずら好きだと自覚していたけれど、わたしは掟を無視した無謀な提案をしてしまった。
しかし、二人の反応はわたしの予想と違って肯定的だった。
「俺も、エルミナのいう通りだと思う。この先を知ろうと思ったら、あとはあの塔くらいしか調べるところがないよ。それにグリル、あの辺はまだ探検に行ってなかっただろ?行ってみたくないか?」
「行きたい!行きたいに決まっているよ!」
嬉しそうにグリルが答えた。
「よし、でもその前に、もう一度アルフレッドさんのところに行かないか?」
「そうね。アルフにもわたしたちが見たものを伝えておきましょう。きっと、すべて知っているのでしょうけれど。」
「わかった。じゃあ、アルフレッドさんのところに行こう。」
こうして、わたしたち三人の次の目標は、街の外周のすぐ外にある王家の塔に上ることとなった。
*
数日後、俺とグリルは、またアルフレッドの家に行った。最近、いつもはいないエルミナと出歩いていることが多いから親に怪しまれていないか心配だ。
「アルフレッドさん、こんにちは。」
「ああ、よく来た。痕跡は見て回れたか?」
アルフレッドは不愛想で気難しいが、しっかりこちらの話を聞いてくれる。俺たちは、街で見たものを覚えている限りすべて伝えた。そして、それでは謎が解けないということも。
「うむ、そうじゃな。それで、お前たちは今後どうするのじゃ?」
「王家の塔に、上ろうと思います。」
「ふっ。あの塔に、上る、か。」
「どうしたんですか?」
「いやな、ワシもその考えには、お前たちが生まれるよりも何年も前に至ったのじゃ。じゃが、あの塔の扉は、何をしても開かなかった。だから儂は、王家の塔以外のところから何かわからないか、この数十年、研究を続けてきたのじゃ。」
「そんな・・・。」
グリルは、肩を落としている。エルミナは、無表情のままだ。俺はというと、たとえ扉があかなくても王家の塔には行こうと思っていた。確かに中に入れないのは残念だが、それでもきっと、街の中にはないヒントが何かある気がしていた。
「決めるのはお前たちじゃ。儂と同じように王家の塔の扉に挑むのもよし。この違和感をそのままどこかに放り投げてしまうもよしじゃ。ただ、あの塔を調べるのは骨じゃぞ。」
「アルフレッドさん。俺は、あの塔に行ってみたい。自分の目で見てみたいんだ。俺は探検が好きだから。この街に何が起きたのか。それを知りたい。そしたら、この国のみんなが貧しい生活をしなくてもよくなるかもしれない。グリルは?」
「僕も見てみたい。やる前に諦めるのは嫌だ。」
「うむ。それもよかろう。じゃが、よいのか?掟を確実に破ることになるぞ?もう言い逃れはできなくなる。」
気付けば俺たちは、アルフレッドに決意を伝えていた。
掟を破ることになる。そう言われたが、不思議と罪悪感はない。これから犯罪者になるというのに。しかし、この国が何かを隠しているのは確かだ。その秘密の最後のカギはあの塔にあるような気がしていた。扉が開かないことも含めて、見ておきたいと思ったのである。
「うん。それでもいい。」
「エルミナ。お前はどうするのじゃ?」
アルフレッドに促され、いつもの場所で本を読んでいたエルミナがこちらに顔を出した。
「行くわ。ここまで一緒に街を見て、わたしも気になるもの。どうせ見つかっても、わたしはこの国で生まれたかもわからないし、戸籍もないし、逃げ切れれば捕まらないわ。」
エルミナも来てくれるらしい。なんだか怖いことを言っていたが、エルミナがそういうことを言う時は、照れ隠しなのだということは、この三か月で分かったことの一つだ。
「そうか。ならばわしは止めぬ。」
アルフレッドは満足そうにそう言った。
「よろしくな。エルミナ。」
こうして、俺たち三人は覚悟を決めたのだった。
そのあと、三人で少し話し合い、実際に塔に行く前に作戦会議をしようということになった。その日程を決め、俺とグリルはそれぞれの家へ帰ったのだった。
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