第2章 少年たちの疑問

 ジュークと別れてから、僕はその足で図書館へ向かった。外国の物語が届いたという噂を聞きつけたのだ。でも、僕はちっとも気分が上がらない。だって、昼のうちにもう誰かが借りていっているだろうから。今日の朝、家を出る直前にお母さんがこの噂を聞いたって話していた。それを聞いて僕はすごく心が躍った。でも同時に、今日の探検の約束を思い出したのだ。ジュークには悪いけど、待ち合わせ場所に行く前に図書館に寄って行こうかとも思ったのだけど、今日探検に行く場所と、外国の物語では比べようもなかった。遅刻して本を借りるよりも、約束の時間よりも早くついて長い時間探検できる方を選んだのだ。僕にとって、ジュークとの探検はそれくらい楽しいものなのだ。

 図書館の扉を開けると、まだちらほらお客さんがいた。普段は全然人がいないのに、新しい物語が届いた日だけは人が来るのだ。僕はよくここに来るから、なんだか少し面白くない。そんなことを考えて司書のおばあさんに声をかける。

 「ねぇ、おばあさん、外国の物語ってもう借りられちゃった?」

 「おぉ、グリルかい。そうだねぇ、もう借りられちゃったよ。」

おばあさんはそう言って貸出用の帳簿を指さした。

 「そっかぁ。残念。」

 「ホホホ。そのうち返ってくるよ。またおいで。」

 「はぁい。またね。」

そういっておばあさんとは別れた。

 そのあと、僕はせっかく来たのだしと思って何か本を借りていくことにした。

 図書館の中をぐるぐると歩き回っていると、今までは何も入っていなかったはずの、埃がたまった本棚の隅に、1冊の本が背表紙を奥に向けて立てかけられていた。誰かが読んで適当に返したのかなと思って、その本を手に取る。元の場所に戻そうと思ったのだ。しかし、その本のタイトルを見たとき、僕は驚いた。なぜなら、そこにはこの国の名前が書かれていたのだから。

 僕は慌ててその本を開いた。目次から、この国のことが書かれているページを探す。そして中を読んでみると、やっぱりこの国の名前が何度も出てきていたのだ。だけど、何かがおかしかった。そこに書いてあるこの国と、僕が知っているこの国は全然違うのだ。不思議だ。

 ――これは、ものすごく面白そうな予感がするぞ。

 他のページも読んでみたけど、やっぱり変だ。よし、これはジュークにも見せてやろう。きっと驚くぞ。

 ジュークは、僕のことを考え無しだとか、探検バカだとか言ってくることがあるけど、僕からしたらジュークもあまり変わらないと思う。彼も、不思議なことを見つけると自分の目で確かめようとするし、ちょっとくらいなら無茶もする。親同士で話している時も、ジュークのお母さんがそんなことを話していたし、ジュークが怒られているところも見たことがある。ただ、ジュークは僕よりも頭がいいから、僕みたいに何でもすぐにやってみたりはしないみたいだけど。

 今日だって、ジュークは掟のことで怒っているみたいだった。僕はそんなこと考えたこともなかったから、素直にすごいと思う。言われてみれば変だし、この国がもっと豊かになったらいいなとは僕も思う。

 そんなジュークがこの本を見たら、どんな反応をするだろう。楽しみだ。そんなことを考えながらパラパラとページを捲っていたら、もう五の刻になっていた。やばい、夕飯に遅れちゃうと思って急いで図書館を出て家に帰った。急いでいたから貸し出しの手続きを忘れていたのを家についてから思い出した。おばあさんも寝ていたんだろう。起きていたら、手続きのために声をかけてくれるから。

 家に帰って自分の部屋に入る。僕のお父さんは兵士長だから、他の平民よりは大きな家に住んでいる。ジュークは、僕に自分の部屋があるのが羨ましいという。その羨ましそうな眼差しにちょっと得意になりそうになるけれど、それは良くないことだと思う。お父さんはいつもこう言っているのだ。

 「いいか?グリル。俺たちが、他の平民よりも大きな家に住んで、貴族様とも懇意にさせていただいていることを当たり前だと思ってはダメだぞ。俺たちは、他の平民に威張るために大きな家を与えられているんじゃないんだ。この国の民を国王陛下の手となって守るために、その誇りと責任を自覚するために、この家を与えられているんだ。だから、力は威張るためじゃなく、弱いものを守るために使いなさい。」

 かっこいいと思った。この国のために全力で働いているぼくのお父さんがいれば、この国は安全だ。だから僕もそれに倣おうと思うのだ。

 その夜、僕は、今日見つけた本を読もうとしてやめた。鞄に入れたまま、次の探検の日を待つことにしたのだ。僕だけが先に全部読んでしまったらつまらない。こういうのは2人で見るから楽しいんだと思う。


  *


 草原の小屋へ探検に行ってから十日ほど経った。

 あれからグリルとは予定が合わず、探検に行けていなかったが、今日、ようやくあの小屋へもう一度探検に行ける日が来たのだ。俺は、親の手伝いがある日と同じ時間に起きてすでに身支度を済ませていた。この日を楽しみにしていたのである。

 そろそろ家を出ようかと思っていたところにドアをノックする音が聞こえた。手に持っていた荷物を一度おろして、返事をしながらドアを開けに行った。

 「はーい!」

ドアを開けると、そこにはグリルが立っていた。

 「やあ、おはよう!」

 「え、グリル?どうしたんだよ、うちまで来て。今日も噴水広場で待ち合わせだろ?」

グリルは、自分の家から半刻以上かかる俺の家まで、待ち合わせ場所の噴水広場を通り越して来たのだ。その右の脇には大きくて古そうな本を抱えている。この前借りると言っていた本だろうか。

 「うん。でも待ちきれなくてさ。さぁ、ジューク、行くよ!早く早く!」

 「え?わ、わかった。待ってて、荷物取ってくる。」

 グリルに急かされるまま、俺は慌てて家を出た。俺も楽しみだったけど、グリルも相当楽しみだったみたいだ。またハチに襲われなきゃいいけど。俺は、そんなことを考えながらそそくさと歩くグリルの後ろをついていくのだった。

 俺の家から街の外に出るには、二通りの道がある。一つは、噴水広場につながる通りの途中で横道に入って大通りに出る方法。もう一つは、家周辺の狭い路地をくぐり抜けて直接大門の近くまで出る方法である。グリルは前者を選んだようだ。噴水広場に続く道を歩いていると、大通りにつながる横道が見えてきた。しかし、グリルはそれを通り過ぎる。おかしいなと思って、そそくさと歩く背中に呼びかけた。

 「グリル、大通りならこっちだぞ?」

 「え?あぁ、うん。いいから、いいから。ついてきて。」

それだけ言うと、グリルはまた歩き始めてしまった。

 「お、おい!待ってよ。」

 「遅いよ!早く!」

いつも俺を置いてさっさと歩いていくグリルだが、今日はなんだかいつもとは違う。何というか、わざともったいつけている感じだ。何かあるのだろうかと思い、もう一度グリルに呼び掛けた。

 「なぁ、どこに行くんだよ。今日はまたあの小屋に行くんだろ?」

 「もう、うるさいなぁ。ジュークは。小屋にもいくよ。でもその前に、見せたいものがあるんだ!」

弾むようにグリルは言った。俺は、内心少しわくわくしていたが、もったいつけられているのが癪だったので、わざと呆れたような顔を作って話を進めた。

 「見せたいもの?」

 「この本さ。」

 「ああ、かなり古そうだね。何なの?それ。」

グリルが周りを気にして耳打ちしてくる。

 「この街のことが書いてあるんだ。」

 「え?」

あまりの驚きに、俺は、それ以降言葉が続かなかった。

 この街のことが書かれた本。それはつまり、あの忌々しい掟ができるより前に書かれたものということだ。

 今の大人たちが子供のころには、すでに大昔に決められていたらしいし、これは相当古いものだろう。俺は、もうわくわくが隠せなくなっていた。なので、走ってグリルを追い越して振り向く。

 「何やってんだ!早くいくぞ!」

グリルが駆け寄ってきて、俺たちは新たな目的地へと歩き出した。

 この国には、大きな建物が三つある。一つは王宮。二つ目は街から出てすぐ、西の森の中にある王家の塔。そして、三つ目がこの国立図書館である。この図書館には極稀に外国で流行った物語が届くことがある。そういった珍しい本が届いた日だけ、この図書館は賑わうのだ。他にも大工が使うような木材の図鑑や、算術の教則本なんかも置いているらしい。グリルはたまにここに来ているみたいだが、俺は家から遠いのもあってあまり来ない。大人3人が手を広げても収まる間口の広い兵士の家が、10個は入りそうな横幅に、それに見合うだけの奥行。怪物が出入りできそうな扉。この街の中では不自然な、王宮の次に大きな建物。その大きさの前にため息が出そうになる。

 本のことをもったいつけていたグリルは、あの後すぐにこの図書館に向かうと教えてくれた。当初の待ち合わせ場所である噴水広場を抜けてグリルの家の方へ歩く。そして、兵士区域と通りを挟んで向かいにあるアトロ王国国立図書館までやって来たのだった。

 「なぁ、なんでここなんだ?」

 「え?どうして?」

ふと、気になってグリルに聞いてみたが聞き返されてしまった。

 「いや、もう借りた本ならここで読まなくてもいいだろ?なのになんでここまで来たのかなって思って。」

 「あ……。ええっと。人が少ない方がいいと思って。ここならあのおばあさんも寝ているし。この前届いた物語は借りられててしばらくは誰も来ないだろうからさ。」

今、あって言ったよな。絶対考えてなかっただろ。そう思ったが、その後に取り繕うように出た言葉は確かにその通りだったのでまあいいだろう。

 「そうだな、じゃあ中に入ろうか。」

 受付には、一人の腰の曲がった小柄な老女の司書がいるだけで他の職員は誰もいない。この司書が、たまに訪れる客に、嬉しそうにこの国立図書館の自慢や昔話をするのは、この街では有名だった。そして、それ以外の時間は、図書館の本を勝手に読むか、居眠りしているかであることも。

 国立図書館とはいっても、本の数は多くなく、せいぜい数百冊程度だ。壁際にずらりと並んだ本棚には、ほとんど何も入っておらず埃がたまっている。

 天井の窓から日光が差し込んで、三階分が吹き抜けになった中央のスペースにおいてある机を照らしていた。これだけ日が差し込むと、本が日光で変色してしまいそうだけど、司書のおばあさんによると、どの角度からも本棚には差し込まないようになっているそうだ。

 それにしても、明らかに建物の造りと蔵書数が釣り合っていない。

 「ここの本って、これで全部なんですか?」

 「ええ、わたしがここの司書になった時にはほとんどの本はなくなっておったのう。」

 「どこに行ったんだろう……。」

 「何百年も前に焼けたと聞いておるがのう。」

司書のおばあさんと受付でそんな話をしていると、中からグリルが図書館には似合わない大声で呼びかけてきた。

 「おーい、ジューク!こっちだ!」

 「うるさいよ。ここ、図書館だぞ。」

 「誰もいないし、いいんじゃね?」

確かに、昼間だというのに、他の客がいる様子はない。司書のおばあさんもホホホと笑っているだけである。

 「まあいいか。ありがとう、おばあさん。」

 諸々の話を聞かせてくれた司書に、一言礼を言い、俺は、未だにこちらに手招きしながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねているグリルのほうへ向かった。そして、グリルに引き連れられ、陽の当たる中央の机に広げられた本を一緒に覗き込んだ。

 その本は、最初の印象通りかなり古いようで、紙が所々脆くなっている。本のタイトルは…。

 『世界冒険日記(下)アルメル~アトロ』

冒険日記か。確かにタイトルにもこの街のことが書かれている。

 それにしても、こんなボロボロの本を、グリルがよく破かずに持っていられたものだ。そんなことを考えながら、一緒に本をペラペラとめくっていると、グリルが本の一行を指さした。

 「見て!ここ!」

 そこには、この国の名前であるアトロ王国と記されている。しかし、そこで紹介されているこの国の様子は、今のこの国からは考えられないほど人や物であふれ、発展している様子だった。

 『アトロ王国。アルメル共和国からこの国に訪れるには、グランガルム大山脈を越えるか、迂回しなければならない。しかし、山脈を越えるにはかなりの日数がかかる上に危険も多い。なので、大抵は安全な迂回ルートを通るのだ。私もまた、例に違わずその道を通ってアトロに入った。

 迂回ルートを抜けると、簡易的な関所があり、入国の理由を問われる。その関所を越えたところからがアトロ王国の領土だ。そこから見渡せる景色は、広大で豊かな草原。そこには、緩やかな丘がいくつかあり、その向こうにはアトロ王宮が小さく見えるのである。

 街の入り口に到着すると、大門がある。そこで入国の手続きを行い、正式に入国となり街に入るのだ。

 街の建物には、平民街にも拘らず上質な細工が施されていて高級感があり、こうした装飾が街の各所に施されていたことには、いろんな国を旅してきた私でも驚いた。そして、それ以上に驚いたのは、この国の魔法技術の高さだ。

 ほかのどの国とも隣接しない、辺境にあるこの国は、他国にはないほど魔法技術に長けた王国だったのだ。

 街の酒場で聞いた話によると、王家一族の指導の下、国唯一の街、アトリアの住民は、建築、料理、文書の伝達、歴史的遺物の保存など、様々なものに魔法を用いているのである。私には難しいことはわからないが、人固有の魔力に頼るのではなく、空間に満ちる魔力を利用して魔方陣を起動させる技術が使われているらしい。特に最近では、魔法式の街灯の開発も進められており、もうすぐ実用化されるそうだ。

 その技術を学ぶため、各国から研究員たちが派遣されている。

 彼らは、街中央の広場の東側にある大きな大使館に滞在し、国立図書館近くにある研究施設で、アトロの魔法技術を学んでいるのだそうだ。そうした国内外の人々で、街もとても賑わっているのである。』

 ――でたらめだ。

 それは、俺がこの本を読んで、最初に抱いた感想だった。

 この国では魔法の研究は掟で禁止されているし、国の中で魔法を使われているところなんて、ほとんどない。

 魔法は、料理の火起こしの火種に使うぐらいで、国営の施設では全く見かけない。まして、魔法式の街灯なんて、他国のほとんどには普及しているのに、この国では夕方になると、いまだに点灯夫が街灯に火をつけて回っているのである。

 仮に、この本が、掟ができるより前の物だったとしても、ここまで生活が変わるなんて思えない。というか、空間に満ちる魔力ってなんだ?それに魔法陣も。どっちも聞いたことないぞ。

 「これ本当にこの国のことなのかな?」

自分でも気づかないうちに、そんなことを呟いていたらしい。その声に、グリルが目を輝かせながら答える。

 「そう思うだろ?不思議だよな。もしかしたら、これが本当のこの国だったりして!?」

そんなわけがないと思った。

 「まさか…。違い過ぎるよ。」

 「でも、アトロって書いてあるし…。」

 「これ、物語なんじゃないか?冒険譚の一部だとしたら、空想でこの国を豊かにしていても不思議じゃない。」

 「それ、ちょっと無理がない?僕もまだ全部は読んでないけど……。」

 「だって、この国の外に豊かな草原なんてないぜ?枯れた草原もどきと、その奥には荒野しかないじゃないか。それに、荒野の向こうに関所なんてあるのか?」

 「たぶん、だんだん枯れてきたんだよ。この本、かなり古いみたいだし、当時はそうじゃなかったんだよ。関所は…、確かにないはずだけど……。」

 「う。で、でも、魔法は?この本にはアトロは魔法技術が高いって書いてあるけど、俺たちの街で魔法が使われている場所なんてどこにもないだろ?」

 「確かに…。」

うん。これは冒険譚だ。ただの物語に違いない。

 この国では魔法は研究すら禁止されていて、新しい技術の開発なんてできないのだ。それに、元々あった技術や設備までなくなるのはおかしいじゃないか。

 俺は、今思ったことをそのままグリルに伝えてみる。

 「なぁ、本当のこの国が、こんなに豊かなんだとしたら、どうして今はこんなに貧しいんだ?王様はこの国のことを本気で考えていそうだけど……。この本と今とを比べたら、魔法は基礎研究すらできないし、ここに書いてあるような設備もないし…。」

 「それだよ、ジューク。きっとそこに何か秘密があるんだよ。」

 「秘密?」

 「うん、僕たちの知らない何かがあって、魔法の研究をやめちゃったから、技術もなくなって、いらなくなった設備もなくなった。そうやってだんだん貧しくなったんじゃないかなって。」

 「そんな……。」

 反論したかった。が、できなかった。

 「それにさ……。」

グリルがこちらの様子を伺いながら話す。

 「それに、そんなに国民を思うなら、魔法の研究を禁止する掟なんかやめちゃえばいいんだよ。」

 「……。」

 グリルの言う通りだ。しかし、この本に書いてあることが本当なのだとしたら、アトロ王国は、国を挙げて衰退の道を選んでいるということになる。そんなことはあってはならない。

 俺は、この国の掟はおかしいと思う。でも、この国の王様はとてもいい人だと思うのだ。前におっちゃんも言っていたが、この国では、最低限暮らしていくのに必要な衣食住はある程度国が保証してくれている。確かに貧しいが、それは貴族や王族も同じことで、必要以上に飾り立てたり、贅沢をしたりしているようには全く見えない。

そこまで国民のことを慮るのであれば、グリルの言う通り、国の発展を妨げる掟など、さっさとやめてしまえばいいのである。

 そう考えて、俺はグリルに同意の意を示す。

 「そうだな。俺も、おかしい気がしてきた。」

 「そうでしょ?ねぇ、ジューク。この本が書かれてから今までに何が起きたのかな?」

 「グリル、お前……。嬉しそうだな。でも、これ、たぶん掟を破ることになるぞ……。」

この本が書かれてから今までに何が起きたのか。それを調べるということはつまり、この街の歴史を調べるということだ。掟では、この街のことは書き残してはいけないということになっている。いつからある掟なのか、正確なところはわからない。だが、そんな掟がある以上、この街のことが書かれているものなど、持っているだけでも色々と面倒なことにはなるだろう。それに、魔法の勉強もある程度は必要になるし、どこまで踏み込めばいいのかもわからない。いろいろとスレスレになるか、思い切り掟を破るかのどちらかのはずだ。

 「うーん。でも、ジュークは気にならないの?もしこの本が本当だったら、この国はもっと豊かになれたかもしれなかったんだよ?」

 「う、うぅ。気になる……。」

俺が頭を抱えていると、グリルがニヤっとしながら顔を近づけてくる。こいつ、やる気だ。この先を言わせてはいけない。そう、俺の頭の中で誰かが必死に警告の鐘を鳴らしているが、俺自身は何もできない。

 「ジューク、これ、僕達で調べてみようよ。」

 「いや、捕まるんじゃ……。」

 「まぁ、大丈夫じゃない?掟は書き残すなで、調べるなではないし。」

 「……。」

言葉を失った。書き残させない以上知られたくないのだから大丈夫なはずがない。俺は、忘れていた。グリルは基本的に何も考えていない奴だった。そのせいでよくトラブルを連れて来るのはおもしろいのだが、今回は飛び切り大きなものを連れて来ているような気がする。

 「俺がやらないって言ってもどうせやるんだろ?」

 「流石、ジューク!わかってるね!」

 「はぁ、わかったよ。色々心配だけど、こんな不思議ほっとけないよ。」

 俺たちは、このぼろぼろの本がもたらした謎を、二人でこっそりと調べることにした。グリルは一度興味が湧くと自分の目で見ないと気が済まないタチなのだ。それは俺も大して変わらないのだが、放っておいたらどんなことをしでかすか分からないので、お目付役は必要だろうと思い、一緒に調べることにしたのである。


  *


 それから、しばらく俺たちは図書館でグリルの持って来た本を読んでいた。

 「これ、物語じゃなさそうだよ。」

グリルがそう言いながら俺に本を見せてくる。実のところ、そんなことはわかっていた。何年前の本かはわからないけど、この国が豊かだったなんて、今の状況からは想像もつかないし、何だか認められなくて、苦し紛れに作り話ということにしたのだった。

 「うん、そうだな。」

 それにしても、この本のことを調べると言ってもどうすればいいんだ?この本に書いてあって、今は無くなってるものを確かめることはできるだろう。しかし、魔法の技術の痕跡など、俺たちにわかるわけがない。魔法陣も空間に満ちる魔力も聞いたことがないのだし、探すにしてもどんなものかが分からないと探しようがないのだ。そう思ってグリルに話を振る。

 「なぁ、グリル。調べるったって、何をどう調べるんだ?」

 「んー、そうだよね。ひとまず、魔法を少し勉強しない?街のみんなや兵士が使っている魔法くらいなら勉強しても問題ないだろうし!」

 「まぁ、それしかないよな。そうしよう。それで、どうやって勉強する?」

 「ジューク、ここ、図書館だよ?探してくればいいじゃない。魔法の参考書。」

 「あ、そうだな!俺、探してくる!」

俺はそう言い、席を立って他の本を探しに行くことにした。後ろでグリルが、こうなると思って図書館にしたのさと、誇らしそうにしているが、そんなわけがないので放置した。

 それから、例の小屋の探検はそっちのけで、その日はずっと図書館で魔法の勉強をした。

 図書館を歩き回って魔法の本を探す。外から見た時の大きさ通りの広さを、ひたすらに歩き回って見つけたのは、たったの二冊だった。それぞれ、魔法の基本が書かれたものと、国の兵士の魔法部隊が使う専門書だった。俺たちはそれを回し読みする。

 早速、一冊目から読んでいく。まずは魔法の基本についてだ。魔法には、属性がある。火、水、風、地の四つ。ここまでは俺も知っていたし、見たことも使ったこともあった。それに加えて、光と闇があるらしい。光魔法は単純に光を生み出したり、多少のかすり傷なら治癒魔法で治療したりもできるようだ。闇魔法については詳しいことは書かれていなかったが、幻影魔法などがこれにあたるらしい。あとは詠唱の呪文が書かれている程度だった。

 続いて、魔法部隊の専門書に目を通す。こちらは難しくてわからない部分も多かったが、魔法には、詠唱の他に魔法陣があるということが書かれていた。どんな魔法でも、魔法陣にしてしまえば魔力を流すだけで発動できるらしい。俺たちの生活では使われていないので馴染みがないが、これだけでも便利なものだということがわかった。

 二人ともどちらの本も目を通したところで、グリルが声をかけて来た。

 「魔法陣、あったね。」

 「うん、グリルは知らなかったのか?兵士の仕事を手伝っているんだろ?」

 「知らなかった。手伝っているって言っても、国を守るための大事な仕事だから僕がさせてもらえることなんて限られているんだよ。」

 「そうだったんだ。魔法陣、便利そうだよな。街のどこかでは使われているのかな?空間に満ちる魔力については何も書いてなかったな。」

 「そうだね。魔法陣はまた探してみようよ。もう一つは、大人に聞いてみないとわからないだろうね。」

 「あぁ、とりあえず次は魔法陣探しだな。」

 気づけば、もうすぐ夕方の五の刻になるところだった。俺たちは次の探検を魔法陣探しと決め、今日は解散することにした。

 この前、グリルはこの本を、貸出手続きをせずに持ち出していたらしい。俺と別れたあと、その足でここへ来ると、この本を見つけて驚いたのだと。そして、この本を夢中になって読んでいるうちに帰る時間になり、貸出手続きを忘れていたそうだ。

 「今日はちゃんと手続きするよ。帳簿に本の名前と僕の名前を書くだけだし。」

 「いや、待って。」

 「え?なんで?」

 「考えてみろよ。こんな本大人が見たら絶対国に知らされちゃうよ。今日もこのまま持って出よう。」

俺は、周りというか司書が寝ていることを確認しつつ、グリルに小声でそう伝える。

 「え、じゃーあのおばあさんもこの本のことは知らないのかな?」

 「たぶんな。」

 図書館を出たところで、俺とグリルはいまだに今日の本のことを話していた。この古い本は誰が書いたのか、いつ書かれたものなのか。そんなことを話していたのだが、結局、何も結論は出なかった。

 「俺たちだけじゃ何もわからないな。」

 「そうだな……。どうしようか?やっぱり大人に見てもらう?父さんとか……。」

 「ダメに決まってるだろ。こんなもの大人に見せたら絶対に没収されるよ。」

確かに、国の兵士長であるグリルの父なら何か知っているかもしれない。だから、そんな父親に見てもらおうと言ったのだろうが、そんなことをするのは藪蛇である。

 「そうだよな。それじゃあ、どうしたら……。あ!」

 そこでグリルは何か思いついたようににやりと笑った。

 「ジューク、僕、いいこと思いついちゃった。」

こういう時、グリルの『いいこと』は全くいいことではないのだが、そんなことを言っても始まらないので言わない。

 「……なんだよ?」

 「そんな顔するなって!あの人に見てもらえばいいんだよ。ヘンジイ!」

 「やだよ!!」

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