月の出ない街

天手ウス

第1章 街の掟

 何もかも、失われた街がある。

 大陸の東の辺境にあるアトロ王国は、海と山脈に囲まれた場所にある。西側にはグランガルム大山脈がそびえ、北と東には海が広がっている。海岸は入り組んだ崖のせいで着岸できず、そして、山脈は標高が高く、簡単には越えられない。そうなると、この国唯一の街であるアトリアへの入り口は、山脈を迂回した南側だけなのである。しかし、このルートも、険しい荒野と凶暴な動物のせいで通るものの8割は引き返すこととなる。

 この街に辿り着けるのは狩人を雇うことのできる貴族か、安全なルートを秘匿している商人くらいのものなのだ。

 そのため、他国から訪れる者にとっては、もはや辺境というよりも、秘境という方がしっくりくるほどである。

 この厳しい環境のせいで、この国ではすべてが不足している。

 牧草すらろくに育たず、家畜の飼育もままならない。国民の主食である小麦も、その自給率は3割以下なのである。一昔前には、農地改革も計画されたが、作物が十分に育つだけの栄養がなく、作物を植えても、芽が出なかったり、すぐに枯れてしまったりと、散々なありさまだった。街まで辿り着ける商人も少ない中、足りない分は輸入に頼るほかないのだった。

 さらには、現代では国家の運営に必須とされている、魔法インフラの整備もこの国では行われていない。それどころか、魔法の研究すらこの国では禁止事項なのである。他の街では三百年近く前から主流になっている魔法式の街灯も、この街には存在しない。

 王族は、国民に対して、魔法研究ができないのは財政難が理由だとしている。

 そして、国民たちが生活に使う魔法もまた、必要最低限のものだけなのだ。火起こしに使う火魔法、毎朝の洗顔や、水浴びに使う水魔法。生活に必須の魔法など、せいぜい、この程度なのだ。あとは、風魔法が使えれば多少は便利というところだろう。この程度の魔法であれば、五歳にもなれば誰でも使えるようになる。

 そんな国でも、国民たちは幸せそうに暮らしている。この貧しい国は、他国で権力争いに敗れた貴族の亡命先になることで、世界中の貴族との繋がりを得て、なんとか国民を養っているのだった。

 貴族の亡命には厳しい審査があり、そのうえで、名前を変えてアトロの貴族となる。そして、国に害をなしたものは、立場にかかわらず厳しく処罰をうけ、その者は追放される。そのため、この国に残る貴族は皆、国民にとても慕われているのである。

 過去には、亡命した貴族の元いた国が、アトロを攻めようとすることもあった。それを、名前を変えて復権できないようにすることでなんとか回避してきたのである。

 それだけで見逃された背景には、他国にとって、この国を攻め落として得られる利益よりも、攻めるのにかかる費用のほうが高いことがあった。

 価値がないことが功を奏したのだか、所詮は負け組の集まり。先進技術が入ってくることはなく、優秀な人材が集まるわけでもない。どの国にも相手にされていないのである。

 しかし、こんな国でも星空だけは見応えがある。街のどこにいても、夜に上を見上げれば一面の星空が毎晩のように見られる。それは、この国には、全世界で当たり前に見られる夜の光源が存在しないからだった。

 ここでは、月が出ないのである。

 世界で最も星がきれいに見えるこの街は、様々なものが不足していて、夜の月すらも欠けている。

 いつしか、そんな情報ばかりが先走り、この街はこう呼ばれるようになった。

 月のでない街と。


   *


 「ジューク!いつまで寝ているの!」

俺は、母さんの呼ぶ声に目を覚まし、勢いよくガバッと起き上がった。

 「母さん、おはよう。今何時?」

 「7と半の刻よ。休みだからといって怠けていてはいけません。」

 「わかってるよ…もう。」

大人たちが起きて働き出す時間が朝の6の刻だ。普段であれば、夕方の4の刻まで働いて、そこから5の刻までには家に帰り夕飯の支度をする。そして夜の10の刻までには翌日に備えて大体が眠りにつく。しかし、今日は休みなのだ。いつものように、子どもの俺たちが大人の手伝いに駆り出されることはない。少しくらいゆっくり寝ていたっていいじゃないか。

 俺は、髪が伸びてぼさぼさになった頭を掻きながら、洗面台の前に立つ。いつものように水魔法で目の前の洗面器に水をため、顔を洗って眠気を覚ます。目が覚めたところで、鏡に映る自分の金髪を確認し、手を濡らして手櫛で寝癖を直そうとするが、頑固な俺の寝癖はどう頑張ってもそっぽを向いてしまう。

 朝食を作り終えて食卓で俺を待っていた母さんと一緒に食事を取る。その最中、俺は、今日の約束を思い出して急いで朝食を掻き込み、家を出る支度をした。

 衣装箱から適当に服を見繕って着替える。今年で12歳になるが、まだギリギリ成長期は来ていないので、最近、近所のおばちゃんから息子が着れなくなったからと貰った、大き目の服はまだぶかぶかだ。ベルトに10歳の誕生日にもらった懐中時計をひっかけ、寝癖を隠すために一応帽子をかぶり、鞄の中身を確かめる。ナイフ、ロープ、布の切れ端、採取したものを入れる蓋つきの空き缶、虫眼鏡、手袋、あとはおやつにこっそり集めておいた木の実。これだけあれば大丈夫だろう。よし、出発だ。

 「探検してくる!」

ちょっと詰め込みすぎたかなと思いながら、大きくなった鞄を斜めにかけて家を飛び出した。

 「掟は破るんじゃないわよ!」

そう言う母さんの声を背中で聞きながら。

 朝食の時に思い出した約束は、幼馴染のグリルとの探検の約束だった。

 俺たち子どもは、10歳になると、親の仕事の手伝いをすることになっている。2日働くと、2日休みをもらえるのだが、休みとはいっても、親が留守のうちに言いつけられた家事をしなければならない。俺は2日の休みのうち、片方は目一杯家事をこなし、もう片方は自由にすることにしていた。父さんも、母さんもそれで何も言わないのだから問題ないのだろう。そのうえ、今日は大人たちも休みだから、家の仕事は気にしなくていいのだった。そうして、俺は、2日おきに来る2日の休みのどちらかに、決まってグリルと探検をしているのだ。

 急いで支度をしたから、逆に早く着きそうだが問題ない。グリルはせっかちなので、どうせ約束の時間よりは早く付くだろう。そしたら、探検に使える時間が増えていいじゃないか。

 俺にとって探検は、未知との遭遇だ。別に、何か特別なお宝を探しているわけではないし、ごく稀に街に来る吟遊詩人が歌うように、危険を冒してまで何かを目指しているわけでもない。ただ、自分にとって新しい何かを見つけて、それについて、グリルとあれこれ想像を膨らませるだけでいい。そうすることで、自分たちだけが世界の隠された秘密に気づいたような気分になるのである。実際のところがどうかなんてどうでもよかった。

 この前も、見つけた物を何かの化石だとグリルと騒いで家に持ち帰った。そしてそれを父さんに見せると、これ、ただの石ころだぞと言われた。見せなければよかったと思った。父さんに見せるまで、それは何かの化石だったのだ。それなのに、見せた瞬間、ただの石ころになってしまった。次の日、俺はグリルに話してその化石だったものを捨てることにしたのだった。

 今まで、この街の中にも、街の周りにも、知らないものがたくさんあった。たぶん、まだまだいっぱいあると思う。俺たちはそういう未知と出会うために、今日も探検するのだ。

 今日の待ち合わせは、街の真ん中にある噴水広場だ。そこに向かう道中、俺は先ほど出際に母さんに言われた忠告を思い出していた。

 「また掟か。大人はそればっかりだ。」

 掟とは、殺人や略奪などを禁じるような項目もあるが、基本的には、この街の古い慣習を、その時々の国王が明文化していったものらしい。俺たち子どもが親についていって仕事の手伝いをするのも掟なのだそうだ。他にも、大人の働く時間を定めた掟や、王宮に赴く際の作法を定めた掟、毎年国に納める税金を決める掟などもあり、その内容は本当に多岐にわたる。全部を覚えるなんて誰にもできないだろう。でも、大抵はそれぞれに専門家のような人がいて、何かをするときは、掟で決められていてしてはいけないことを教えてくれるのである。

 しかし、母さんが言う掟とは、そんな専門的なものではなく、アトロ国民なら誰もが知っているし、旅人には真っ先に知らされる街の“四つの掟”である。これを破ったものは王宮の兵士に捕らえられ、罰を与えられるらしい。

 その四つというのは、確かこんな感じだった。

 《夜に街の外に出てはいけない》

 《この街のことを書き残してはいけない》

 《王家の塔に近づいてはいけない》

 《魔法技術の開発をしてはいけない》

なぜこんなものがあるのかも謎である。

 夜に街の外に出てはいけないという掟は、夜の六の刻から、翌朝の6の刻までの12刻の間は旅人も含めて街の中に入らなければならず、新たな入国もできないという掟だ。夜、街の外は盗賊がいたり、飢えて凶暴化した動物が出たりで危険だからなのかもしれない。それはまだわかる。でも、あとの3つは本当に意味が分からない。この街のことを書き残してはいけないなんて、なんの意味があるのだろうか。どうやら、絵に描くのも、文書を残すのも駄目なようで、以前探検で見つけたものをメモして帰った際はかなり怒られた。

 ほかの2つについてもそうだ。もし掟で禁止されていなければ、王家の塔を見に行こうとも思っただろうし、もっと魔法を勉強して魔法でできることを探しただろうと思う。

 しかし、王家の塔は、入るだけでなく近づくことすら許されていない。その名の通り、王族が新しい王の即位の時に儀式で使うだけで、平民である俺たちの生活に全くかかわらないのだが、隠されていると思うと無性に見に行きたくなる。街から出てすぐの西の森の中という訪れやすい場所に、こんなに探検しがいのありそうなものがあると、うっかり掟を破ってしまいそうだ。

 最後の魔法技術の開発だが、これは、魔法の研究自体も含めて禁止らしい。

 前に親の仕事についていったとき、他の街まで旅をしたことがあるという、雇い主のおっちゃんが、ほかの街の魔法技術を見て驚いたそうだ。しかも、その街で使われていた技術はすでに旧型で、近々新たなものに変わると聞いてまた驚いたそうだ。

 他の国では魔法の技術開発がどんどん進んで街が便利になっていっている中、このアトリアの街では全くその様子はない。国を発展させる気がないのだろうか。そう考え、俺がおっちゃんに問いかけると、ガハハと笑いながら答えてくれた。

 「昔の王様の決めたことだからなぁ。俺にはわからんが、この国は貧しくても、本気で苦しんでるやつはそんなにいねぇ。お貴族様方がうまくやってくれてるんだろうよ。」

俺は、その場ではふーんと答えておいたが、あまり納得できなかった。だって、今、こうして他国とこんなに差がついてしまっているのだから、古い掟はさっさとやめて、アトロも魔法の研究をすればいいのにと思ったからである。

 掟なんて、大好きな探検を妨げ、俺から自由を奪うばかりだ。

 多少危ないとはいえ、夜に出歩けないと困るという人もいるだろう。それこそ、旅人や話を聞かせてくれたおっちゃんは困らないのだろうか。それに、夜に探検できないと未知との出会いの機会は半減だ。危ないのはわかるが、どうにかして安全確保してでも、夜の探検もしてみたい。それに、魔法の研究まで禁じているなんて絶対におかしい。ただでさえ貧しいのだから、何か良くなるようにした方がいいのではなかろうか。まったくもって、すべてに納得がいかない。そんなことを考えて俺はうんざりしていた。

 ――掟ってなんだよ。こんなわけのわからない掟、どうしてみんな守っているんだよ。

 おっちゃんもそうだったが、大人たちは疑わないのだ。数10代前の国王が、最初に作ったといわれているこの国の掟。街の発展を妨げるような項目もあるこの掟が、なぜ存在し続けているのか、誰も疑わず、王家の決めたこの不可思議な掟を守り、何もかも不足したこの街で生きている。


 *


 俺は家を出てから、うだうだと掟について考えて、陰鬱な気分になりながら目的地へ向かっていた。

 駄目だ、駄目だ。せっかくこれから楽しいことをしに行くのに、つまらないことで気分を落としたらもったいない。掟のことはどうにもならないのだから、できる範囲で楽しめばいいじゃないか。

 今日の探検は、街を出て南にある草原地帯に行くことになっている。

 草原といっても、まともに草が生えているのは西の森に面した部分のみで、あとはかなりまばらにしか生えていない。その草原のさらに先には荒野が広がっているらしいが、俺はまだ行ったことがない。というか、父さんが行くのを許してくれないのだ。

 今日行くのは荒野の手前。街からは少し離れている場所だ。街近くの草原地帯は前に見たので今日は奥だ。

 そこは、以前、国で農地開拓をしようとした際に使用された土地らしい。当時の名残なのか、木とロープの囲いが部分的に残っていたのだ。遠くてわからなかったが、さらに奥には小屋のようなものもあった。この間、薪を拾いに父さんと出かけたときに、遠くにそれを見つけたのである。

 それをグリルに話すと、目を輝かせて見に行きたいと言ってきた。もちろん、俺もそのつもりだったので、直近の休みである今日、そこに行くことにしたのだった。

街から南に出るには、中央の大通りの端にある、街に1つしかない大門を通らねばならない。それ以外は高い壁で囲まれていて、入ることも出ることもできないのである。街の中を探検する日は、別の場所で待ち合わせることもあるのだが、外へ出る時や行き先が決まっていない時は、一本道で大門まで行ける中央の噴水広場になんとなく集まっている。

 俺の家から待ち合わせ場所までは、歩いて半刻ほどの時間がかかる。広場につながる通りから、枝分かれした路地の奥。街の東側、平民の居住区の中にある、この街ではごくごく一般的な集合住宅の一室が俺の家だ。

 通りを抜け、広場に出ると、前方から俺を呼ぶ少年の声が聞こえた。グリルだ。

グリルは、俺と同い年だが、身長は俺よりも低い。赤茶色の髪は綺麗に整えられていて、俺のボサボサ頭とは違いサラサラだ。何か面白いことを見つけると、少し茶色がかった瞳が本当に光ってるのではないかと思うほど、楽しそうに瞳を輝かせる元気な奴なのだ。そんなグリルが休日で人がいつもよりは多少行き交う噴水広場の真ん中で、大声で俺を呼んでいる。

 「おーい、ジューク!遅いぞ!早く来いよ!」

人目も憚らず大声で呼ばれて、恥ずかしいなと思いながら、俺はグリルの元へ急ぐ。

 「何言ってるんだよ!待ち合わせの時間よりも早いじゃないか。」

 「そうだけど、遅いよ!今日はいつもより遠くへ行くんだ。遅くなると掟の事もあるし、早くいこう!」

 「掟ね……。はいはい、わかったよ。」

自分が勝手に早く来ておいてまったく無茶苦茶だ。

 俺はあきれながら、時間を確かめるためにベルトから外した懐中時計をしまった。そして、さっきまで考えていた掟のことを少し思い出して内心でため息をつく。

 ぼーっとしているとグリルはすぐに俺を置いていくので、さっさと気持ちを切り替えて話を進めた。

 「前にも言ったけど、今日行くところは、昔王様が畑にしようとして失敗したらしいぜ!」

 「うん!ジュークが見つけたっていう小屋でしょ?僕、今日の探検すごく楽しみにしてたんだ!だからほら、早く行こう!」

 そうして、俺たちは大門の方へと歩き出した。

 グリルは、いつも何かと首を突っ込んでは、いらぬ厄介ごとを連れて来る。それが俺にとっては面白いのだが、グリルの両親はよくグリルを叱っている。今日は何をしでかしてくれるのだろうか。楽しみなのだが、ほどほどに危なくないことにしてほしいところではある。

 途中、昼食用に安いパンを2人で1つずつ買うことにした。大通りは、休みの日になるとそれなりに賑わっているので、店を探すのにも少し苦労した

 アトリアの街の人口は決して多くはない。しかし、大人も休みの今日は買い物客が多いのである。しかも、この街でまとめて買い物ができるのはこの大通りだけなのだから、今日は国中から人が集まってきているのだ。

 そう考えると少ないような気もするが、これがこの国、アトロ王国の実情なのかもしれない。こんな貧しい国に大勢人がいたらそれこそ立ち行かないよなと、俺は妙な納得感を得ていた。

 大門には、1人の兵士が門番として常駐している。大門を通るとき、グリルが兵士に向かって元気よく挨拶をすると、その兵士が話しかけてきた。

 「こんにちは!」

 「おお、グリル坊じゃねぇか。今日は休みか?」

 「うん、おじちゃんは今日も仕事なんだね。」

 「おうよ!とはいっても、誰も来やしねぇから暇で暇で。ふぁ~。6の刻までには街に入ってろよ。俺は寝る。」

 「うん!わかった。六の刻までにかえって、おじちゃんがサボってたって父さんに言っておくね!」

 「おい、ばか、やめろ!」

 「ばいばーい。」

兵士とグリルがこんなやり取りを繰り広げていたのを、俺は傍らで見ていた。

 「なぁ、グリル。今の人、お前の知り合いか?」

 「あぁ、うん。僕も知り合いだけど、父さんの部下なんだ。ほら、僕の父さんって兵士長でしょ?だから街の兵士は大体知り合いなんだよね。」

 「そうか。そうだったな。ていうか兵士長だったのか。すっげぇー。騎士になるのか?」

 「なれないよ、たぶん。騎士は貴族がなるものでしょ?」

 「そうなのか。」

 この国では、王族の直属の武力として、10人の騎士が存在する。

 これは、国に属するものではなく、王経一族に使える者たちでいわば私兵に近い。しかし、その実力は、国の兵士の中でも上位に位置しているような強者ばかりなのである。実力のある兵士の中から、血筋や家柄も考慮されたうえで、国王が直接任命するのである。

 兵士の中には騎士を目指す貴族もいるのだが、兵士の間は兵士長の部下になる。そんな事情もあってグリルの父親は貴族にも顔が利くのだった。


 *


 俺とグリルは、門番の兵士との会話を終え、草原地帯をしばらく歩いていた。街を出てから半刻ほど、他愛もない会話をいくつかしながら歩くと、遠くに今日の目的地が見えてきた。

 「あそこだ!グリル、着いたぞ!」

俺が目的地を指さす。すると、石ころを蹴飛ばして遊んでいたグリルが、パッと顔を上げた。

 「おぉ!ほんとだ。かなり古いみたいだけど、まだ柵が残ってる!言ってた通り小屋もあるね。行こう!」

そういってグリルが走り出す。俺もつられてグリルの跡を追いかけて走った。

 息を切らせてたどり着いた今日の目的地には、以前遠巻きに見た通り畑の跡がいくつもあった。

 「思ったよりも広い。」

俺がそうつぶやくと、グリルが楽しそうに同意した。

 「そうだね。とりあえず中に入ってみようよ!何か埋まってるかなぁ?」

さすがに何年も前の畑に何も埋まってないのではないかと思うが、グリルは俺の返事を聞かず中に入って土にナイフを鞘ごと突きさして掘り起こしていた。

 「おい!待てよ!」

いつも通りと言えばそうなのだが、俺は置いてけぼりにされていた。急いでグリルを追いかけて、同じようにナイフを鞘ごと土にさして掘り起こそうとする。

 「かってぇ!なんだこれぇ!?」

 「こっちもだよ。全然掘れない!」

土はカラカラに乾いていて全然掘れなかった。勢いよく突き立てたナイフは全く刺さることなく衝撃を腕に伝えただけだったのだ。俺が当時の農地開拓の担当だったら絶対文句を言っていた。

 「こんなところで畑を作ろうとしてたのか。そりゃ、失敗するよな。他のところじゃダメだったのかな?」

 「んー、他のところはもっと駄目だったとか?」

 「西の森の方なんてよさそうじゃないか?気もいっぱい生えてるし。」

 「そうだね。あーでもあそこはほら、王家の塔が近いじゃない。掟を破る人が出るから遠くにしたんじゃない?」

 「なんだ、また掟かよ。」

 「どうしたの?」

この街のおかしなことは全部掟が絡んでいるのではないか。そう思いながら、俺はまた忌々しい掟の登場にうんざりしながら答えた。

 「ん?いやぁ、この街の掟って、変だよなって思ってさ。」

 「変って?」

なんだ、グリルは感じてなかったのかと、俺は内心少しがっかりしながら答える。

 「だってそうだろ?4つの掟なんてこの国の邪魔にしかなってないぜ?王家の塔に近づけないってのはよくわからないけど……。」

 「あー、確かに魔法の研究はした方がいいよね。他の国の魔法ってもっとすごいみたいだし!」

 「だろ?それに街の事を書き残せないのも、何か大事なこととかを後世に伝えたりできないんじゃないか?商人とか漁師のおっちゃんたちも、6の刻までに帰って来ないといけないせいで外に出るのを諦めたりもしてるんじゃないか?」

 「確かに。夜中にも外に出れたらもう少し魚も獲れるかもしれないね。」

 「そうなんだよ。そしたら、街も少しは豊かになるじゃないか。」

 「ジュークは、そんなことを考えてたのか。すごいな!」

 そんな話をしながら土を掘っていたが、ただ疲れるだけでなかなか掘り進められず、ついにはグリルが音を上げて、先にお昼休憩をとることにしたのだった。

 「この土、硬すぎだよ。腕がもう痛くなってきた。」

 「そうだな。パンを食べたら、先に小屋の方を見てみないか?」

 「そうだね、そうしよう。」

 そう言って俺たちは、互いに硬くて味のしないパンを急いで食べたのだった。

 昼食を終え、俺たちは小屋の周りをぐるぐると回っていた。入り口を探していたのである。ドアは正面にあったのだが、案の定というべきか、鍵がかかっていた。それならばと、小屋の周りを探って中に入れそうな場所を探していたのだった。

 小屋の裏まで回ると、そこにはもう1つ扉があった。入り口と違いなんだか簡素な造りである。蝶番の部分が錆びている。

 「ねえ、ジューク。この扉、外せるんじゃない?」

 「ほんとだ。蝶番が錆びて外れかかってる。でも、まずくないか?」

 「大丈夫だよ。こんなにボロボロなんだし、次に嵐が来たらきっと外れる。」

 「それもそうだな。外して中に入ろう。」

そうして俺たちは、ナイフで蝶番を外して扉をどかして中に入った。

小屋の中は砂ぼこりでいっぱいだった。ちょっとかび臭い。家具も何もなく、家というには小さな小屋の隅には、当時使われていたらしき鍬やシャベルがまとめて置かれていた。

 「なぁ、あれを使えばいいんじゃないか?」

 「本当だ。先にこっちを見てればよかったね。」

グリルが大袈裟にため息を吐いた。

 俺たちは今は使われていないその用具を漁って、ちょうどいい道具を探す。グリルは体の大きさの割に扱いきれないほど大きな鍬を手に取ってニッと笑っている。俺もその近くに転がっている小さめのシャベルを手に取って外に出ることにした。

 〈ブーン〉

その時、上の方から何やら音が聞こえた。

音のした方向へ俺たちは視線を移すと、そこに虫が巣を作っているのを見つけた。

 「ジューク!何あれ!」

 グリルは知らなかったみたいだが、俺はあの虫を知っていた。黄色と黒の模様で俺の親指くらいの大きさの虫。確かハチといったと思う。

 「あれ、ハチじゃないか?」

 「ハチ?何それ?」

 「ええっと、ああやって集まって巣を作る虫で、巣の中で花の蜜を集めて子育てしてるらしいよ。父さんが言ってた。」

 「そうなんだ!」

グリルは興味津々だ。俺も見るのは初めてだったが、とりあえず知っていることをグリルに話す。

 「うん、あの虫が集めた蜜、すごく甘いんだって。どこかの国ではあの虫を使って蜜を集めさせてパンに塗るって聞いたよ。」

 「え!食べれるの?」

 「あぁ、でも、あの虫は凶暴だから刺激するとおそ……」

そこまで言いかけた時、グリルがさっき手に取った鍬で巣を落とそうとザクッとやっていた。

 その瞬間巣は地面へと落ち、中にいた虫たちが一斉にこちらに襲いかかって来た。

 「わーーーーー!!!」

 「何やってんだ!バカーーーー!!」

俺たちは、手に持っていた道具を放り投げて外へ逃げ出す。怒ったハチたちが後を追いかけてくる。

 「あいつら毒があるから刺されたらやばいぞ!」

 「先に言ってよ!」

そう言いながら2人して街の方へ走った。ハチたちは見失うことなくまだ俺たちを追って来ている。

 「まだ来てる!グリル、走れ!」

 「もう走ってるよ!」

それからしばらく、振り向かず走った。2人とも何とか刺されずに済んだようだ。逃げ切ったことを確認して振り返ると、かなり小屋が小さくなっていた。

 「はぁ、はぁ。グリル、お前何やってんだよ。最後まで話を聞けよな。」

 「はぁ、はぁ。だって、食べられるっていうから……。」

 「だからって、考え無しすぎるだろ……。」

俺がそういうと、グリルは一言、ごめんと言ってしょんぼりしてしまった。ちょっと言い過ぎたかなと思ったら、あの蜜、採りに戻ろうかなとか言っている。言い足りなかったようだ。

 懐中時計を確認すると、昼の2の刻だったので、まだ時間はあるが、戻ったらまた襲われるかもしれない。

 「まだ時間はあるけど…、小屋の方に戻るか?きっとまだハチたちは怒ってるだろうし、また襲われるかもしれないけど。」

 「いや、今日はもうやめておこうよ。あそこに行けば道具があることも分かったし、次の休みにまた来よう。」

幸い、荷物はすべて持ったままだったので、何も取りに行かなくてもよかった。俺たちは、次の休みに小屋にあった道具を使って畑を調べることにし、今日はそのまま街の方へ帰ることにした。

 街の大門まで戻ると、さっきの兵士が帽子を顔にかぶせて椅子で寝ていた。俺たちは、それを見ながら通り過ぎ、大通りを通り噴水広場まで戻って来た

 「帰るにはまだ早いし、街の中を探検するか。」

 「そうだね、どこに行く?」

 「んー、そうだな、グリルの家の方にしないか?」

 「そういえば、あの辺はあまり探検してなかったね。そうしよう!」

グリルの家は、噴水広場から西に少しあるいたところにある。そこは、兵士たちが暮らす区域で、そこから北に行くと騎士寮、さらに北には貴族区域となっている。南側には兵士じゃない平民の暮らす区域があるのだが、ヘンジイという変わった老人が暮らしていて、親から行くなと言われている。俺も変な人に絡まれたくはないので行っていない。

 兵士区域を探検したが、大した収穫もなく、気づけば夕方の4と半の刻になっていた。

 「もうこんな時間だ。おれ、そろそろ帰るよ。グリルはどうする?」

 「僕は、ちょっと図書館に寄ってから帰る。外国の物語が届いたんだって。借りて読んでみようと思ってるんだ。」

 「そうか。それ、面白かったら教えてよ。」

 「うん、じゃあ、僕はこっちだから。」

 「あぁ。またな。」

こうして、俺たちの1日は終わった。

 それにしても、グリルは今日もしっかりやらかしてくれた。午前中こそ掟のことで気が滅入ったが、終わってみればなんだかんだ言って楽しかった。俺は、今度から危ないことは先に言うようにしようと、反省しながら家に帰るのだった。

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